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136.謁見は再会で

 兵士たちが練兵場で待っていた。

 将校たちだけが、宮殿に上がってきていた。

 ゼブラ公国への侵略で活躍した英雄たち。そしてその英雄に、最後まで抗った将校たち。また、その上司。皆が、宮殿に上がって、跪いていた。


 英雄たちの上で、高価な服に身を包み、贅を凝らした椅子に座ってふんぞり返る男が一人。……俺、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。ペガシャール帝国皇帝だ。

(すんごい緊張するんだけど。)

(慣れてよ。これからこんなのばかりだよ?)

(せめて俺が何かやってたなら、当事者としてかける言葉の一つもあるんだが)

(命令したじゃないか。ゼブラ公国を自領に加えろって。だから、これは君が当事者でしかない問題だよ。)

(直接侵略軍として動いたわけじゃないから……。)

(そんなので本気で王やっていけるのかい……?)

ディアに愚痴をこぼす。王と王像は心で会話ができるのが、今になってはありがたい。緊張しきってガタガタでも、話し相手一人いるだけで少しは落ち着くというものだ。


 エルフィが視界に映る。まだ彼女は『王妃』ではないため、正式な謁見の場で俺の隣に座ることがない。が、家臣団の列の筆頭に、エドラ=ケンタウロス公と並んで立っている。

 その彼女が俺を見る目は、面白がっている人のそれだ。ディアとの会話がどこまで推測されているのか。……すべてな気がする。

「ゼブラ公国へ出兵した軍のものよ。よくぞ帰って来た。将校、兵卒、皆の顔を再び見れることが出来て、大変うれしく思っている。」

嘘だ。将校は確かに再会できてうれしいが、まさか兵卒一人一人の顔を覚えているわけでもなし。嬉しいかと言われればかなり怪しかった。


 だが、帰ってきてくれたことは素直に喜ばしい。ペガシャール帝国はあと半年近く開墾期間だ。今のうちにこっちで生活基盤を作ってくれるのが望ましかった。

「貴君らの働きは、ペガシャール帝国史において初の侵略戦争として歴史に名を刻み、今後長きにわたって栄光と共に語られることになるだろう。素晴らしい戦果を挙げてくれたこと、感謝する。」

恩賞がどれほど与えるのかは、各将校から提出される報告書を読むまでは決められない。だから、まずは言葉と、そしてわずかな休日で茶を濁す。

「諸君らに必要なのはまず休みだろう。本日より三日間、諸君らは休みである。寝所は既に手配済みだ。各々、まず三日間の生活費を受け取り、疲れを癒せ。四日後、褒章授与の式を行う。」

残念なことに、上の将校にはその休暇が与えられることはない。コーネリウスやペディアを始めとした『像』たちには、今後のことを話し合う時間をもらわなければならない。


 ……あと、ついでに。この四ヵ月で増えた諸将の紹介も、だ。

(侵略に一ヵ月半、帰還に一ヵ月半くらいを考えていたのだが……机上の空論であったか?)

心の中で呟く。そして、この謁見に出てきている、ゼブラ公国の代表の方へと目を移し……驚いた。

 なぜ、グリッチがここにいる?『王像』に選ばれる直前あたりからめっきり話を聞かなくなった男。叶うなら『ペガサスの連隊長像』四人のうち一人として迎えたかった男が、なぜゼブラ公国の代表者にいるのか。

(あれなら……あぁ、時間がかかるのも納得だ。)

並の敵ではない。敵がグリッチだとわかっていたら、俺だってデファールかマリアを向かわせていた。そうしなければ、絶対に勝つとは断言できなかっただろう。


 むしろ被害が思ったより少なくて、少し安堵しているほどだ。

「ゼブラ公国の代表殿は、どの方かな?」

三名。女性は除くとして、明らかに高位に位する人の座に座る二名。片方がグリッチで、もう片方はどこかグリッチと面影が被る男。

「敗戦国の旧公王が、神に選ばれし王にご挨拶申し上げます。」

声を上げたのは、グリッチではない方だった。公王が直々に出向いてきたのか、という驚き。負けたのだから、おかしな話ではないという納得。どちらにせよ、この男がゼブラ公王。

「許す。面を上げよ。」

顔が上がる。歴戦の強者という感覚が、どこともなく伝わってくる。


 武術の達人ではないだろう。彼はあくまで、政治家だろう。

 だが、優れた政治家だった。少なくとも、為政経験半年に満たないこの若造と比べれば、比較にならない為政者だろう。

「よくぞ参られた。ペガシャール帝国初代皇帝、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアである。新たな我が配下となる者よ、名を名乗つ栄誉を許す。」

「ゼブラ公国第三代公王、現ペガシャール帝国侯爵。ギデオン=アデュール=ゼブラと申します、陛下。この度、敗北した我が国に寛大な処置を下さったこと、心より感謝を。」

「構わぬ。再び剣と王冠を持つ天馬の旗の下に集ったのだ。我が旗の下にある限り、貴殿らは我が友である。友に苦痛を与えられるものか。」

どこまでも形式的な会話だと思う。だが、こうしてゼブラへの恩情と、これ以上の搾取はないという王の口からの宣言が、他でもないゼブラ候への立場の保証となる。


 舐められるわけにはいかない。万が一敵対すれば、次はないという脅迫が必要だ。

 裏切られるわけにはいかない。今の帝国において、彼らの食糧援助と軍の供給は必要不可欠だ。

 勝手を許すわけにはいかない。俺の望まないところで貴族が暴走しないよう、王からの保証という枷を、見える形で、帝国所属の貴族たちにかけなければならない。


「ありがたき幸せ。このギデオン、ゼブラ候領を代表し、アシャト陛下とペガシャール帝国に傅きましょう。あなた方が我々を滅ぼそうとしない限り、我々はどこまでもあなたの配下であります。」

「うむ。これからも、よろしく頼む。」

ゼブラ候。彼はここで再び顔を下げた。ペガシャール帝国で、王が彼らを仲間と認めた。それを、侯爵も喜んで受け入れた。

 これで貴族たちは、陰口はさておき表立って、ゼブラ候を攻撃できない。


 だから、次に話しかけるのは、彼だ。

「久しぶりだな、グリッチ。」




 何をしている、というのが私の感想だった。

 ここで止めれば、彼は無欠の王だった。この王なら、確かに『王像』に選ばれるだろうと納得できた。

 緊張していても堂々と話した。形だけの会話であれ、心から話しているように表面上は見せていた。その演技力は、流石の一言に尽きた。

 あぁ、彼は確かに先ほどまで、経験が浅いだけの『王』だった。なのに、どういうことだ、これは。

「……お久しぶりです、アシャトさん……いや、陛下。」

「お前に再会できる日を心待ちにしていた。ともに行動したあの日から、『王』になったら『連隊長』に任命したいとずっとずっと思っていた。」

今よりはるかに昔から、こうなった日の為に用意してきたという言葉。今でなければ、これほど頼もしく思えるセリフもなかったと思う。しかし、今は……今この瞬間に、敗戦の将に対してかけるセリフではないだろう。


 彼は王だ。王だから、その言葉を途中で遮るわけにもいかない。それをすれば、不敬に当たる。……それが出来る立場ならいい。少なくとも、敗戦国の代表としてこの場に訪れている私とグリッチには、その権限がない。

 ちらりと、周辺に立つ諸将を見た。陛下の臣下一同の最前列に立つ男は、無表情を貫いている。額を見れば、少しばかり眉が寄っているのを見るに……不満はあるが、言えないのか。

 臣下筆頭が、言えない?しかもあれは、公爵が着るような衣装だ。その身分からして、王にものを言うのに最もふさわしい男だろうに。


 隣に立つ女性は、面白いものを見るかのように王を見ていた。……あれは、王を見ているのではない。あれは、アシャトという個人を見ている。あり得ない。

「神定遊戯の王だぞ。そこのどこに個人が必要だ。」

『王像』である。神の権威を行使できる。『王像の王』に必要なのは、それだけで十分だろうに。仮にも公爵の娘が、何という醜態を、と思う。


 だが、グリッチは、違うようだった。

「ありがとうございます、陛下。」

嬉しそうな声。弟は、王に、王以外を見ているように感じられた。

「後で話そう。」

「はい!!」

これが示すのは、グリッチ=アデュール=ゼブラという人物がアシャトという国王個人と仲がいいということ。下手にゼブラ侯爵に声をかけたら、王自身の不興を買う?

 いいや、そこまで狙って話しているようには、残念ながら見えなかった。彼はあくまで、個人としてグリッチと話しているように見えた。


「あぁ、なるほど。……勝てないわけだ。」

なんとなく。なんとなく、グリッチが彼のことを認める理由が分かった気がした。

 その言葉。その抑揚。その視線。その全てが、グリッチへの親愛を見せているからこそ、わかった。


 アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアという個人の本質は、『王』ではない。

 彼の後ろに控える男の、私でも感じられるほどの絶対を誇る『武』でもない。

 彼の隣に立つ、宰相服を着た男の持つ『政』でもなければ反対隣に立つ元帥が見せる『指揮』でもない。まして、なぜそこにいるかわからないような幼い少女から感じられる、圧倒的な『智』でも『美』でもない。


 彼の本質は、『人』だ。

 感じられる諦念。そして、不屈。野心、嫉妬、羨望、傲慢、悲哀、歓喜、友情、恋慕。多くの感情が読み取れるその瞳が表すのは、アシャトという人物の、どこまでもあふれ出る人間らしさ。

 誰よりも、何よりも、人間らしい王。


 『神定遊戯』という状況下にあっては、あまりにも異質。だが、その異質さこそが、『帝国』を名乗らせるに至る覚悟を導いたのだろう。

 ペガシャール帝国、初代皇帝。その言葉の意味を、心の底から理解した瞬間だった。


凄く雑な言い方ですけど。1500年間にわたって、十回をはるかに凌駕する回数行われた『神定遊戯』において未だ一度も六国がどこかに併呑されたことがない、という事実が人と神の関係性を示しています。

言うまでもないことですが、選択肢は神にではなく人にあります。それが意味することは……まあ、ちょっと考えればわかるでしょう。明文化するのはかなり先です。

あえてヒントを言うなら、依存症の人がなぜ依存症から抜け出せないか、そして一度抜け出してもリラプスすることがあるのかを考えることです。……依存症の時点で答えでしょうかね?

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