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134.優あり欠ある者。彼らの名は傭兵

 コティン=フェナリス子爵軍、総員二万。これが壊滅したとき、レッド派の勢力が受ける被害は甚大だ。


 被害の柱は大きく3つ。1つ目は、数的有利・不利の問題になる。問題というか……誰でもわかる筆頭事がこれであろう。

 敵を千殺すまでの間に、味方が万以上死んだ……。単純な割合の問題だ。これが許される状況下でレッド派が勝ちたいならば、彼らはアダット派の10倍の兵力を用意しなければならない。理不尽と不条理に満ち満ちたこの時代で、それだけの兵力を用意するのは……純粋に国内人員の都合で、不可能である。


 2つ目に、士気の問題。2万もの兵士が蹂躙されるような戦争。2万が壊滅してしまったという事実。それが兵士たちに伝われば一大事だ。

 戦争に勝っている時。拮抗している時。それ以上に、死の予感が身近に感じることになる。そんな状況で怯えるなというのは無茶な話である。その上、怯えている兵士相手に『全力で戦え』など、言うは容易い。しかし実行される可能性は、限りなく低い。……緊張に身を固めた人が全力を出そうとしても空回るのと同様か、それ以上に。兵士たちは戦えることがなくなる。


 3つ目に、信頼の問題。現時点のレッド派の兵士たちは、アダット派と敵対している。だが、いくら無学で無知な兵士たちとは言え、戦争にはそれなりに納得できる理由が必要だ。

 それはレッドへの信頼の為でもあり、彼ら自身の戦いへの納得の為でもある。

 横暴極まる“害王子(がいおうじ)”アダットを弑す。それが、この戦争の価値にして意義、即ち大儀であると、兵士たちは信じている。信じさせられている。

 それが、揺らぐ。

 『護国の槍』が全力を出している。本気の旗まで持ち出して、レッド派は王敵であると言わんばかりに全霊を出してきている。それはつまり。兵士たちが胸に持つ『大義』への信頼を……引いては、レッドへの信頼を揺るがす事態だ。


 ここまでこれば、もう十分だろう。兵的有利を失い、士気が落ち、旗への信頼が揺らいだレッド派は、何もせずとも自滅する。全力を出せない軍隊など、『護国の槍』の……クシュル=バイク=ミデウスの敵ではない。

 もって、一年前後。その程度で、レッド派は勢力ごと霧消するだろう。


 だが、そうなっては困る勢力が、1つ。

「『ペガサスの跳像』よ。」

能力が、発現。彼女に与えられた固有能力“飛具跳躍”、その具現とも取れる空間を繋ぐ小さな揺らぎが、彼女が番える矢の先端に現れる。

「“視力強化”。」

『跳躍兵像』に与えられた固有能力の1つ。多くの『像』たちが身体能力強化を得ている中、『跳躍兵像』に限っては身体強化は与えられない。代わりに、視力の大幅な強化が与えられる。

「“迷いなき誠(エスキニア)”よ。」

名鍛冶師、バーツが鍛え上げた名弓。魔剣魔具の類は、その武器に必ず何かしらの魔術陣が彫られている。エスキニアも、その一つ。


 与えられた能力はシンプルかつ単純。矢の威力の上げるものではない。矢の能力を上げるような代物でもない。しかし弓使いにとって強力無比な効果を与える魔術。“障害透視”。

 山の中、木々に視界が遮られようとも。彼女の瞳は、三キロ以上も離れた敵の指揮官の姿を明確に捉え、その背に空間の揺らぎを発生させる。


 その弓は迷いなく己が王の為に討つべき敵の姿を明確に呼び起こし、その矢の先端は主に忠誠を誓うように真っすぐ照準を定め。


 奇襲部隊隊長、ルーフオの首に、矢が突き立つ。指揮官の突然の退場。決死の乱戦に持ち込んだコティン=フェナリス子爵が、好機とばかりに反撃を開始する。

「もういっちょ!」

奇襲部隊の指揮官。その次席だったらしき男の影を、彼女の矢は射貫いていく。……ついでとばかりに。しかし意図的に、彼女はその射貫く命の中に子爵軍……レッド派の指揮官の命も含めていく。


 彼女の名は、ニーナ。“放蕩疾鹿(ほうとうしっか)”ニーナ=ティピニト。

 第三にして騒乱の火種の勢力、アシャト王を旗印に掲げる、アシャト王の『跳躍兵像』。

 彼女の目的は、戦争を長引かせること。そして、レッド派とアダット派、双方ともに兵力を減らしていくことだ。




 劇的な演出が必要だった。

 レッド派、フェリス=コモドゥス伯が建てた陣からは、アダット軍の奇襲部隊がレッド軍の撤退部隊に攻撃しようとしているのが、見えていた。

 傭兵たちを兵力として数えさせ、信頼を得るためには、それに見合った演出が必要だった。


 予定通り、コティン=フェナリス子爵が死ぬ。殺したのはニーナだ。それを見て、傭兵たちに頷いた。

 傭兵たちを率いているのは、ジェンディー。姓はない、農民の出自の男。学はなく、夢はなく、その日暮らしで満足するような男ではあるが……実のところ、地頭はいい。そして、荒くれ者たちを率いるカリスマもある。

「子爵様の軍を助けろ!賃金分の働きはしろよお前ら!」

振り下ろされた剣は真っすぐにアダット派の兵士の身体をかち割った。その一撃を手始めに、総勢二千の傭兵が子爵軍を助けんと飛び込んでいく。


 傭兵は、強い。

 あぁ、確かに、この時代にあっては一人で生きていくほどの実力はない。そういう意味合いでは、確かに弱い。

 大傭兵団に入って生きていけるほど、彼らに社交性はない。せいぜいが10人程度の小集団で、時に喧嘩をしながらやっていくのが関の山な、心の弱い人間たちだ。


 だが。百戦錬磨と言えるだけの戦闘経験と、10人規模での連携戦に限って言うならば、彼らはとても強い。

 また。いくら食うことすらままならないような状況に陥ったとしても、盗賊にだけはならなかった。なれなかった。それくらいに、己の生に矜持を掲げる愚か者たちが、傭兵であり。

「押し返せ!」

傭兵たちの奮戦は、だからこそ。指揮官を失い、勢いをも失った、兵力差五倍の騎馬隊を相手に、有利に戦を押し進める。

「馬を奪え!剣を奪え!槍を奪え!盾を奪え!敵の手から、戦の手段を奪い取れ!!」

ジェンディーが叫ぶ。暫定的に指揮官を与えられた彼は、元酒場の主人の一人。その立ち位置も相まって、彼の指揮を無視する傭兵たちもいない。


 奇襲部隊は、子爵軍の兵士を三千人ほどは殺せただろう。しかし、逆に奇襲部隊が大きな反撃を受けていた。

 減らされた兵士の数は同数。これ以上はまずい、と奇襲部隊に属する誰かが判断して。

「てった、ぐはっ。」

逃げに入ろうとした、少なくともそういう指示を出そうとした指揮官の首に矢が突き立つ。ニーナが、敵を混乱の坩堝(るつぼ)へ叩き込み続ける。その間に、傭兵たちは手際よく、敵を次々に殺し続けていく。

 ここまでこれば、作業だった。ほんの数分前まで、勝利の予感に胸を躍らせていた兵士たちが、敗北の実感と共に命を落としていく。


 ……それでも、奇襲部隊の練度は凄まじく。動揺を押し殺し、生存を軸に据えた戦いに切り替える兵士が続出した時点で、傭兵たちは攻めきれなくなった。

 傭兵たちに馬術の心得はない。ゼロ、とまでは言わないが。馬を奪ったところで、乗りこなせるわけもない。

 馬上で戦う騎馬隊と、地に足をつけて戦う傭兵団。高低差の違いは、そのまま戦闘での地の利の差に繋がる。


 徐々に徐々に押され始める傭兵たち。しかし、彼らが稼いだ時間は十数分。


 それだけあれば。クシュルの策に気が付いた四名家が、救援に駆け付けるまでの時間としては、十分だった。

「ふぅ。はらはらしたぜ。」

ジェンディーが零す。そのセリフは傭兵たち皆が共有しているもので……しかし、五倍の兵力差相手に、押されている程度で済ませていた傭兵たちの腕は、少なくとも子爵軍には高く売れるだろう。

「全軍、撤退だ!」

子爵軍の指揮官代理が叫ぶ。彼らが下がっていくのに対して、救援に駆け付けた名家の軍と傭兵たちは奇襲部隊に躍りかかる。


 結果論ではあるが。レッド派は、勝ったのだ。




「ご苦労であった。」

報告に来た兵士に、クシュルが一言ねぎらう。その声は淡々としていて、まるで予想外だということを匂わせない。

「予想していたのですか?」

二人になった天幕で、ベネットがクシュルに問いかけた。しかし、クシュルは小さく、しかしはっきりと首を振る。……答えは、否。


「かのアシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアなら。あるいは、エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアなら。何かしら介入の為の『像』は投入しているだろうことは、間違いなかった。」

断言。クシュルの予想の中にあったのは、ニーナの……流石にニーナ個人を特定していたわけではないが、ニーナと同様の、介入の為の人材を投入していたところまでだ。

「しかして。『像』はその存在を隠すこと能わず。出来ても、将数名の死までと割り切った。」

今でこそアダット派とレッド派の戦争になっている。しかし、どちらにせよレッド派はアシャト派を敵視している。


 アシャト派の象徴たる『像』。その力を発揮すれば、殺してくれと、疑ってくれと言うようなもの。派手に動くことが出来ない以上、子爵軍壊滅を防ぐことは出来ても奇襲部隊が反撃されることは予想していなかったという。

「傭兵たちの介入も?」

「是。情報提供者曰く、「奴らはよえぇ。よほどの大義を抱きでもしねぇ限り動かねぇ」と。」

誰がそのセリフを吐いたのか、ベネットには手にとるようにわかるようだった。その時にその男がどんな顔をしていたのか……いやでも頭に浮かび上がってくる。

「その傭兵が、動いたことが予想外だと?」

「是。しかし、彼らが動いた。褒章は定住地の提供であれば、納得は出来るもの也。」

問題は。貴族たちに裏切られ、盗賊たちに住処を追われ、居場所がなくなっていた傭兵たちが、その褒章が与えられると素直に信じられたこと也とクシュルは呟く。


 つまりは。アシャト派が派遣してきている『像』の持ち主は、在野の小さな傭兵たちが信じるにたる存在であるということ。そして、彼らがあくまで小規模の集団の傭兵でしかない以上、大傭兵団からの情報提供では動かないこと。

 人の、傭兵たちの心の動きまで推移して、クシュルははっきりと断言した。

「小傭兵たちが団結するに足る者は三人也。エルフィール様自身が動かれたとは考え難し。」

暗に、三人のうち一人はエルフィールだと言い切る。それだけ、彼女の人気は高い。


「“放蕩疾鹿”ニーナ=ティピニト。あるいは、“無夢在魅(むむざいび)”ジェンディー。」

どちらかが、アシャト王から力を授けられた。彼にとって、それは絶対の確信。

「ベネット。」

「なんでしょう、元帥閣下。」

「『王』の下には、人が集うな。」

少し疲れたような、声だった。元より、遠からずアシャト派が勝つことを、他でもないクシュル自身が確信している以上、それは当たり前の嘆息ではあった。

「それでも、最後の壁になるのは元帥でしょう?」

ベネットは己が主の力量を疑わない。己が主の信念を、彼は他の誰よりも理解している。


「そうだ。……帝国を名乗るのならば、彼は王国を越えねばならぬ。」

傭兵たちの存在は知れた。もう、クシュルに読めない敵はいない。

「次の戦争は……山か。」

準備万端で迎撃用意をされた山。……さらなる問題は、これから冬に入ること……山に、雪が降り積もること。


 これは、レッド派にとっても辛いことだが。アダット派……クシュルが動くこともまた出来なくなる、致命的な状況へと移行していた。



 ここまで読んだ皆さんはお察しだと思いますが、『像』は普通にチートです。……それだけならばどう足掻いてもチートの域を出ません。ですが、私はここまで、『像』が致命的にチートに見えないような書き方をしてきた……出来ていたかはさておいて、してきたつもりです。ディールとエルフィールがちょっとぶっとびすぎてますが……彼らは素でぶっ壊れなので『像』によるチートは関係ないです。

 七章編成の第一章、その五部編成の内の第三部。現時点でアシャト達、そして『像』がそこまで壊れて見せないのは、環境がデメリットすぎるからです。

 千年を超えて作り上げられた巨大王国、そこに正統性は高くともぽっと出でしかない一勢力。彼らには、弱小土地、弱小兵力、心底助けてくれる味方はいれども領地から出向している人も多い。


 『像』というチートを持ちながら、アシャト派は致命的すぎるほどそのチートを活用できない状況に置かれています。いい天気、いい肥料が用意された畑は、しかし土と水が劣悪すぎて芽吹く作物は少ないのです。

 では、二章。さすがに『帝国興隆期』と書いているのでその先があるのはわかっていると思いますし、隠さずに書きますが……ペガシャール統一後の他国との戦争。これは、チートがチートじゃなくなります。当たり前ですね。敵も同じものが同じ数だけ同じように設置されているのですから。


 神の御名の許、イカサマが許されていない勝負事です。博打に例えるのも違うので、どちらかといえばカードゲームでしょうか。ポケモンバトル、でもいいかもしれません。相手の手札を知り、相手の手札を読み、対等な条件で戦いあう。ただし、そこに介入されるのは個人の思想ではなく、国の思惑と王の人選。……うまく言えません。しかし、人の優劣は多少あっても、力の優劣はない。それがこの物語の『肝』とも呼べる部分なのです。


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