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131.カリン嬢の恋

 血に塗れた牢獄にカリンを置き続けるのは、いくら何でも酷だろうという話になった。

 以前の話だというのなら誰もが無視しただろうが、流石に今の話ではまずい。

「アメリア様。よろしいですか?」

「……まあ、仕方がないわね。」

仕方がないので、アメリアが寝る部屋に布団ごと放り込めばいいか、ということになる。それはある種必然だっただろう。

 アメリアはその武勇が誰にも認められている。というより、恐れられている。兵士たちの一部には、彼女を崇拝する者すらいるほどだ。……その理由はよくわかる。天馬にとって戦う彼女の姿は、美しく、また怖い。


 彼女に手を出そうとするものは、死んでもおかしくない……。少なくとも、キキアレン男爵令息程度の小者ならまず間違いなく手を出さない。出せない。

 何より彼女は『像』だ。ペガシャール帝国にとって、誰も無視できないような絶対的権限と将来性を持っている。……『王像の王』のお気に入り。そう言えば、ちょっかいをかけようとするものなど絶無に等しい。神のお気に入りと大差ないように見えるからだ。

 とはいえ。アメリアはあまりカリンのことが好きではない。彼女の事情は知っている。彼女の気持ちを理解できる。それでも、共に戦場に立った友人を嫌悪する女性に好意を抱くのは難しい。


 カリンが貴族用捕虜の牢獄に放り込まれたのは、一つは兵士たちの精神衛生の問題だが、もう一つはアメリアの好き嫌いの問題だった。……最初からアメリアと同室にしてしまえばカリンはキキアレン男爵令息に襲われることはなかった、と言えばそれまでだが。あれほどの戦功を立てたアメリアの機嫌を損ねるほど、カリンに価値があるかと聞かれれば答えは否だ。後が怖い。


「私の部屋で寝泊まりさせるのは仕方がないと思うことにするけど。……あなたから離れるようには見えないわよ、エリアス。」

「……私にも、何が何だか。」

アメリアの視線の先には、エリアスの腕にしがみつくように抱き着くカリンの姿がある。先ほどまで下された行為と、それを救った男。なんと出来すぎな話か、と思う。

「ただ近くにいただけなのにね。」

カリンが放った火球魔術。それの役目は、牽制のみではない。


 キキアレン男爵令息の失態。それは、火球魔術を全て打ち払うのではなく、回避したことだ。それによって壁に激突した炎が、砦中に響き渡るような轟音を立てた。だから、たまたま厠へ寄っていたエリアスが以上に気づいてしまった。駆けつけることが出来るほどの、轟音であったのだ。

「あと、本気で言ってる?」

先の、「何が何だか」に対する問いだ。エリアスの腕にしがみついているカリンを見れば、彼女の意図は一目瞭然だ。よほどでない限り、わかるというモノ。


 それに対して、エリアスは無答を以て答えた。わからないほど女心に疎いわけではない。だが、わかる気もない。そう返事をするには十分な沈黙。

 アメリアは、心変わりでもしないかと少し長めに返事を待つ。それでも、エリアスは返事をしなかった。

「はぁ。あなたの気持ちもわからないじゃないけどね。」

嘘だ。アメリアには、愛する人を失ってなお、今も生き続けているエリアスの気持ちはわからない。

 だが、彼は結婚するということは受け入れると言っていた。陛下は完全に納得ずくではないだろうなと言っていたが、果たして。

「……カリン様。アメリア様と一緒に行ってください。」

「エリアス様がそう仰られるのでしたら。」

即答。同じ女ながら、いやになるとアメリアは思う。


 行動の一つ一つが、意図的。あざとく、可愛く、そして腹黒い、「か弱い貴族令嬢」。……アメリアが世界の荒廃を見て捨てたそれらを、彼女は平然と持っている。

「本当に、見ていてむかつくわ。」

エリアスと別れて廊下を歩きながら、アメリアが言った。もう、カリンもアメリアも、エリアスに気を使いながら話す必要はない。


「あら、あの蛇を罵倒したからだと思っていたのですが。」

「そうよ。これほどまでに完璧に『貴族令嬢』が出来るあなたが、なりふり構わず罵倒するほどクリスのことを嫌っている。だから、私は貴方が嫌いなのよ。」

「……なるほど。」

ぐうの音も出ないほどのド正論。完璧な演技をしてのけるだけに、クリスを嫌うカリンの言葉がいかに真に嫌いなのかを物語る。……嫌われて、カリンに文句が出ようはずもない。


 それでも、どうしてもクリスが嫌いだ。それだけは、彼女がゼブラに生まれた以上決して避けられない嫌悪であったし、よほどのことがないと治せないことだろう。

 嫌うだけで直せと強要しない分、アメリアはまだ有情だった。


 石の上を歩く音だけが響く。クリスを嫌うカリンと、クリスに友情を感じるアメリアとでは、会話が弾むはずもなく。

「ここよ。」

開けられた扉。中には、アメリアの着替えが数着と、槍と、薙刀。そして、馬具。

「無骨な部屋でごめんなさいね。私は戦場に立つしか出来ないから。」

遠回しに、「か弱い貴族令嬢」を否定する言葉。少なくとも、貴族子女はかくあるべき、という理想を正面から否定するアメリアの在り方は、そのものが貴族子女への否定だ。


 ……エルフィールはどうか、と言えば……実のところ、貴族子女的演技も彼女は得意だ。あまりに「最優の王族」という二つ名とその武術が印象強く、彼女の言動含めて印象として定着してしまっているが。それでも、彼女はカリン程度の子女的振る舞いは容易にできる。人間業とは思えないが。

 カリンは薄々アメリアの姿勢を感じ取っている。嫌悪感がないと言えばウソになる。クリスに見せる拒絶ほど強くはないが、戦う女性というモノが、模範的な貴族子女から見たら異質に映るのは仕方がない。

「いいえ、問題ありませんわ。私が言いだした同行です。少なくとも安全が保障されているのに、文句を言えるはずもありません。」

先ほどの男爵令息の暴走をさした反撃。戦う女だというのなら、せめて同じ女の貞操くらいは守って見せろよという、非常に回りくどい嫌味。


 アメリアは頬を引き攣らせた。……だが、未遂とはいえ彼女が襲われた以上、管理不足に否定は出来ない。少なくとも男たちに意見できるアメリアが何か言えば、カリンの待遇は多少変わった。

 カリンがアメリアの硬直に満足したように、布団に寝転がる。さっきまで眠っていたから目が冴えているか、というとそんなこともない。やはりカリンは心身ともに疲れ切っている。

「……エリアスのこと、本気?」

「はい、本気ですよ。」

カリンの即答。エリアスに恋するカリンの気持ち。それは演技ではなく、紛れもない本心だとカリンは言い切る。

 

 その言葉に偽りはない。アメリアは、少なくともアメリアの勘は、カリンの言葉が真であるという回答を無意識に得ている。

「あなたの恋が叶うとは思えないわ。」

「エリアス様が他の誰かを見ていることには気づいていますわ。」

それは、確信を持った回答。なら、その恋は諦めるか、胸に秘めておいた方がいい。そうアメリアは思う。


 何も言えなかった。カリンの強い瞳が、それ以上を言わせようとしなかった。

 恋する女は強いという。恋を知らないアメリアに、何かを言うのは難しい。……だが、彼女は戦友(エリアス)の生き様を聞いた。その口で、彼の彼女に対する思いと、彼女の死に際を聞いたのだ。

 だから、それは彼女にしては珍しい方の気遣いだった。エリアスに対する気遣いではなく、カリンに対する気遣いとして、アメリアは遠慮なく口を開くことにした。……一瞬、躊躇ったとしてもだ。

「あなたは、恋をしたかったのでしょう?元より貴族女性に恋はあり得ない。恋を知れただけで、もう十分だと思いなさい。」

エリアスと結婚するには、少なくともカリンでは時間が足りない。彼女が終始戦場に立っているような女性なら話が別だった。エリアスと毎日会話できるような位置にいるなら、3年から5年くらいかければエリアスの心の傷を癒やすことも出来たかもしれない。


 だが、カリンはある程度したらゼブラに帰ってもらうことになる。遠慮なくものを申すなら、邪魔だからだ。身寄りがない人間ならまだしも、身寄りある人間を王宮で囲えるほどの余裕は、ペガシャール帝国にはない。

「そうですわね。私も、そう思いますわ。」

恋を知れただけで満足に思え。それは確かに、カリンも思うことではあった。


 頷く。その「そう思う」で、カリンの同意を得たのだろうとアメリアは思った。

「なら、いいわ。」

横になる。戦人はすぐに眠れるようにならないと始まらない。

 彼女はあっさりと、それはもうあっさりと眠りに落ちた。




 アメリアが規則正しい寝息を立てている。それを傍らで聞きながら、カリンは考え続けていた。

 結婚。カリンは今14。結婚を考えなければ、まずい。アメリアも17だが……戦場に出て働く女を妻にしようと考える男がいるかどうか。彼女は『像』だ。即ち、同じ『像』でない限り、家の外での立場は彼女の方が高くなる。

 正直な話、カリンは己が戦えないことに安堵していた。戦える人間であれば、婚期を逃がす可能性もあった。


 男はいい。いくらでもごまかしが効く。行き遅れ、妻をもらえなかった哀れな男という評価になったとしても、最悪結婚して子さえ残せばいずれは悪評も落ち着く。

 だが、女は違う。婚期を逃せば待っているのは実家での生活。いつまでも居候する無駄飯ぐらい。……20代になれば結婚話はほとんどなくなる。後半にもなれば、「ほとんどない」どころか「全くない」の次元と言っていい。

「結婚出来ればそれでいい。……そう割り切っても問題ないですが。しかし。」

割り切る気は、ない。それがカリンの答えだった。




 焦る。キキアレン男爵令息のやらかしに、コーネリウスは焦る。

 焦るなという方が難しい。だが、オロバス公爵は別の感想らしかった。

「全く以て面倒な。出来れば成功していただきたかったのですが。」

「貴様!」

オロバス公の呟きに、エリアスが反射的に襟首を掴む。彼の気持ちを察することは出来る。か弱い女に軍人ともあろうものが手を出した。エリアスにとっては激怒ものの行為だろう。


「ゼブラ候から、妹の結婚という政治的手札を削れる可能性があった。例えやったことへの責任を追及されたとして、私たちはやらかしたキキアレン男爵令息の身柄を差し出せば済む話だった。……それが、未遂で、かつ死んでしまえば意味がありません。」

むしろ、カリン嬢の貞操の危機を招いたことで、ゼブラ候にペガシャールを責める理由という、2つ目の手札を握らせてしまった。……カリン嬢の結婚という手札を残したままで、である。

 オロバス公の意見は、正しい。少なくとも政治的視点で見れば、キキアレン男爵令息の強姦が成功していたら、政治的には英雄と呼ばれるべき行いになっていた。

「ふざけ、」

「もう過ぎた話です。それはいいでしょう。」

るな、と怒鳴りそうになったエリアスの言葉が遮られる。遮られたエリアスに、コーネリウスは同情した。同情だけした。


 この場合、圧倒的に正しいのはオロバス公である。

「全く、面倒な……。」

重要なのは。ゼブラ候に、誰が、どう伝えるか。


 侵略軍陣営は頭を悩ませることになった。


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