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129.帰還の途

 ゼブラ公国を信用したわけてはなかった。それでも、駐屯部隊を残すこともしなかった。

 ペガシャール的に言えば、出来なかったのだ。国内の争乱を治めていない以上、国外に兵を置き続ける余裕はない。

 だが、それでも十分だっただろう。公王だったギデオン、総指揮官たるグリッチが共にペガシャールに向かう。また、カリンまでもが帝都ディマルスに入るのだ。人質としての価値は高い。


 ゼブラの王族だった一族に連なるのは、残るはブレット及びギデオンたちの母親のみ。王族直系三名を切り捨てるでもない限り、彼らが叛乱することはない。

 そして、彼らを切り捨ててペガシャールに叛乱したとして、行き着く先がない。再びゼブラ公国を名乗るには正統性が消える。新興国家を興すとして、『神定遊戯』が起きた世でどれだけ持つか。


 わからない人間を首謀者とする叛乱なら鎮圧に時間はかからない。わかる人間なら叛乱は起こさない。つまり、どちらに転ぼうとペガシャールに問題はほとんど起こらない。

「それが駐屯部隊を残さない理由だ。」

ちなみに続ければブレッド=アル=ゼブラであればその制約はない。少なくとも王族の正統性という意味で、彼は新興ゼブラ公国を作ることは出来るが……ギデオンたちを見捨ててその宣言をしたとして、ゼブラ貴族の何人がついて行くか。彼より軍においては優秀だと言われるグリッチが敗北したのである。ブレッドが勝てると信じる者はいない。


「ギデオン公は気づいておられただろう。私たちについてくると言った本当の理由は、私たちの為だ。」

コーネリウスがペディアとエリアス、ミルノーに対して解説を続ける。その隅で頬杖をつきながら、ぼうっと話を聞いていた。

「クリス。」

「なんだよ、アメリア。」

話しかけられてぶっきらぼうに返事をする。何というか、少しばかり気が抜けている。疲れたというより、一段落した故の気の緩みだろう。

「……一軍の将校としては、そういった姿を見せてほしくはないわ。」

「だから天幕(ここ)でやってるんじゃねぇか。」

人前ではなるべくしゃきっとして気を張っているんだから、『像』の間でくらい許してほしい……そう切実に思う。


「どうせお姫様が気を張ってくださっていますからね、俺はちょっとくらい手を抜いてもいいと思うんですよ。」

「あなたの分まで私がやれと?……まあ、ここにいる間だけならいいわ。」

おや、珍しい。この間の弓の練習もあってか、彼女は少々棘が抜けたのか。

「外ではちゃんとしてるんでしょうね?」

「そこは信じろ。」

ジト目で見て来るのを流す。ちゃんとやっているさ、もちろん。……いつ、どこで、どんな盗賊が現れてもおかしくはないのだから。


 聞き流されているように感じたのだろう。アメリアは大きく一つ息を吐くと、椅子の上に腰を下ろす。後ろにいる兵士に槍を預けて、コーネリウスの講義を聞いていた。

「では、ギデオン様が領地に帰られるときはどうするんです?」

「その頃には、グリッチが『像』に任命されている。身内から『像』が出たという栄誉を賜っておいて叛逆をするなら、ゼブラ公は神を敵に回すことになるな。」

実際に神罰が降りるわけではない。……いや、ペガシャール帝国軍が再び再侵攻してゼブラ公国を滅ぼせば、次はかなり厳しい監視と管理が入るだろう。『神の使徒』の国が下した罰、と言えば神罰と言っても過言ではないかもしれない。


「外聞が悪い。敗北したにも関わらず懲りない相手という評判がつく。そして、神を相手に二度も敵対するとして、ついて来る味方がいない。」

ただでさえ一度負けている。グリッチは『像』に任命された以上、陛下には逆らえない。ゼブラ公国の総大将は、その頃には完全に、アシャト陛下の手に落ちている。

 

 ペガシャールに逆らわず、ゼブラ公国を維持したいのであれば、ギデオンが取れる手は最初から一つだった。もちろん、戦争に負けて以降の話である。

「一つ?」

「あぁ。ギデオン公がペガシャールに同行せず、弟を見殺しにして、今から背後よりペガシャールに急襲を仕掛けること。」

なお、ゼブラ公国が完全にペガシャールに、いや、コーネリウスたちに信用されたいのであれば、この可能性を潰しておかなければならない。……まぁ、結論として。


「ゼブラ公国がペガシャール帝国に降り、その中で貴族として生きると言いたいのなら。ギデオン卿のペガシャール同行は必須事項だったわけだ。」

同時に、それを主張した時点で、コーネリウスたちはゼブラの一族をある程度信用するしかなくなる。

「ゼブラの兄は政治に、弟は軍事に、か。」

ヒュデミクシアで聞いた噂を思いだす。治政に優れているのかまではクリスは知らない。わからない。しかし、政略について優れているのは理解した。

「陛下で相手になるのかどうか。」

とはいえ、エルフィール様がいらっしゃる。国王は最悪、意志決定装置としての役割さえ果たせればいい。

 

 わずかに()()()()()()()を覚えながら、俺は溜息をついた。

「次は……民だな。」

エリアスがやったように、農耕作業に従事する……その未来が、国に帰れば待っていた。




 貴族子女に馬術のたしなみがあるか。一言で言うなら「人による」である。

 とはいえ、エルフィールやアメリアほど上手な貴族子女、と言われればそういない。むしろいたら怖い。

 何が言いたいかというと。彼らの中で最も足手まといなのは、カリンだった。

 とはいえ彼女は、一応馬車に乗っている。兵士たちの間でひときわ浮いているが、……輸送馬車がある分、彼女が致命的に足手まといになっているというわけでもない。だが、非戦闘員への配慮、特に身分の高い女性……兵士たちの負担は計り知れない。


 もちろん身体的なものではなく精神的なものだが。

 中には身分違いの恋が起きないか期待するものもいる。……が、そんなものは少数だ。身分の差。何より、近寄るだけで罰せられるのではないかという恐怖。

 カリンを遠巻きに見る兵士こそ多かれ、彼女に近づこうとする兵士は絶無といっていい。むしろ、なぜ来たのだろうと思っている者の方が多かった。


 それは、兵士にとどまらない。貴族たちもだ。……むしろ、貴族たちの方がひどかった。当然だろう。カリンに人質としての価値はない。……ゼロというわけではないが、ギデオンとグリッチが同行した以上、蛇足以上の意味はないのだ。

「……。」

後悔していないか、と聞かれると困る。後悔してる部分は間違いなくあるし、それでも彼女はペガシャールに向かいたかった。貴族たちに迷惑そうな顔を向けられたとしても、である。

「とはいえ、些か堪えますね。」

悪意の籠った視線。時に欲情が込められた視線。慣れない旅、軍事に使うものとしては最上級でありながら快適ではない馬車。徐々に蓄積していく疲労に無自覚でいられるほどまで、彼女は己に無頓着ではない。


 健康。それが一番の彼女の敵だったかもしれない。

「……それでも、行くわ。」

ここまで来てしまった以上、カリンに帰りの手段はない。帰りの為にわざわざ部隊を割く余裕はない。

「今夜は、兄上の所に行きますか。」

呟く。兄。グリッチは自分の軍の統率のために基本的にカリンのそばにいない。カリンはゼブラ軍の中の、中央にほど近い一軍に守られているが。グリッチはゼブラ軍全体の総指揮だ。カリンに構っているだけの余力は流石にない。


 そして、ギデオンと言えば。彼は己の立場をよく理解している。そもそも論として、ゼブラ軍のそばにはいなかった。

 人質として、オロバス公爵の軍の中にいる。簡単に手出しが出来ず、グリッチですら面会をためらうような相手でなければ、人質にとる意味がない。

「戦争で相争い、絆を得る。そういう形もあると聞きますからね。」

コーネリウスの軍はダメだった。正面から一騎討するまでしたのだ。どこかで気の緩みを招いても仕方がない、と他でもないギデオン自身が主張した。

「話し相手もいない。気を張る必要もない。座っていたら勝手に進む……。」

ここが、ある意味での敵地であることは理解している。それでも、カリンは孤独と退屈で死にそうな想いをしてしまっていた。


「にしても、腰が痛いわ。」

ズキズキする。今後に影響が出そうな歪みになったりしないでしょうね……と、彼女はとても不安に思った。


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