128.傭兵たちの動き
なかなかな陣だった。傭兵たちを使って大量の陣を作り、用途に合わせて人の詰め替えを行う。その目論見が、すでに珍しいことだった。
派閥戦争。巨大な派閥同士が正面衝突するような戦争では、公属貴族が自ら出向いてくることが多い。私属貴族に丸投げし、仕事をさせることが出来るのは、自らの領土内の諍いだけだ。
国を左右するような大きな戦では、実態はさておき建前的には公属貴族自らが指揮を執る。勝とうと敗けようと必ず己の責になる。勝とうと敗けようと自分の命に直結する。なら、自分で出なければ損である。
公属貴族だから優秀なわけではない。無能の公属貴族などいくらでもいる。しかしそれとは関係なく、元来貴族とは傲慢なものだ。己以外の手で、己の死を左右される……決して抗えない神の権威によるものなら、わずかな慟哭、醜い足掻きのみで受け入れることは出来る。だが、それ以外のその他大勢による手の失態なら、受け入れる気などさらさらない。
ましてや、私属貴族の失敗なら、言うまでもなく。「自分は失敗していないのだから、自分が責を取る必要などない」。言ってしまえばそれだけ。しかし、それが許されないことは、この1500年の歴史が証明している。
貴族は、敗北がわかっている、死がわかっている戦であればあるほど、その死を、責を受け入れるために己自らで軍を率いる。
「自ら傭兵を雇い、そいつらに陣の作成、点検をさせる。戦場経験は高いのだから出来るだろう……ね。」
最終確認こそ己の手でやっているとはいえ、賢いことだと思う。
「どうだ?」
「今は無理でい。」
アシャト様に有利になるようなわずかな仕込みは?という問いに対する答え。それに一つ頷きを返す。
「とはいえ、物資の備蓄場所が全てわかっている。それだけでも十分だ。」
『跳躍兵像』の権能を連続で用いれば、纏めて転移させることも不可能ではない。……とはいえ、使用制限がある。纏めて転移を考えるより、物資の唐突な消失により混乱させる方を主目的で捉えるべきだろうか。
傭兵たちに紛れて仕事をしていた。見ようによっては敵に利する行為だが、ニーナ自身はそう思っていない。
戦争の激化は望むことである。両派閥が互いに激しく戦いあってくれれば、その分アシャト派が戦うべき敵の数が減るのだ。レッド派とアダット派が拮抗し続けるための努力。それは、アシャト派に最も利する行為だろうと思う。
「本来は反対に行きたかったんだがな……。」
一番厄介なのは、どう考えてもクシュルだ。あいつの陣営に潜り込んで、隙あらば暗殺するところまでニーナは想定していたのだが……どこを探しても傭兵が入り込む余地はなかった。
補給部隊は『護国の槍』の精鋭部隊の一部が請け負っている。その補給を管理するのはかの王太子相談役、ゲリュンだ。
幸い物資供給のための商人の一つに、ビリー=アネストリが座ることが出来たらしいが……元々、王都だ。民に還元していないだけの食糧や財がまだあるのだろう。他商団から少しずつ食糧や武器を買い取りながら、一つの商人に依存しない体制を整えられてしまっている。
クシュルは、油断がない。アダット派は、アダット自らが関与してこない限り、国軍たちだけですべてを回しきってしまえるのだ。
「腐っても国、と。」
厚い。層が、でもなく人が、でもない。底が、である。
湖が一つある。その水は上澄み以外は、沼を思わせるほどに濁っている。そして、水位を見れば、かつてより明らかに減っている。
なのに、測りを差し込んでも底までの距離が計り知れない……そんな恐怖が、ニーナの心にふつふつと沸き起こってくる。
よくよく考えたら当然のことだ。神の権威に依存し、彼らありきで成り立っていたような国。そんな国が、200年。神がいなくなったというのに、依存相手がいなくなったというのにだ。
国は荒れた。力は落ちた。過去の栄光は見る影もない。なのに、まだ、生きている。
「ペガシャールという国が、底が浅いわけがない、か。」
「だなぁ。考えるだけで嫌になるぜ。」
傭兵の男が円匙を突き立て、掘って、盛る。その動きに合わせながら、上の空で思考を重ねた。
おそらく、この戦はアダット派が勝つ。劇的で一瞬の勝利になるか、遅延した穏やかな勝利になるかの違いこそあれ、必ずアダット派が勝つ。
万が一。そう、万が一である。アダットが前線に出、レッドもまた前線に出る旗頭対決になれば、話は変わる。
「噂でも流してみるか?」
アダットという人間は、自分では何もせず部下に任せる腰抜けである……ダメだ、ゲリュンに封殺されるどころか噂の出所を突きつけられるだろう。
「クシュル自身は殺せなくとも配下くらいは殺せるか?」
指揮官を殺せば。……ダメだ、少なくとも、互いが陣から動かない間は警戒が厳しい。『像』の力を使って入り込むことが出来ないわけでもない、が。そこまですればクシュルとて『跳躍兵像』の存在と暗躍に気づくだろう。アダットに進言し、レッドとの諍いを一時中断し、アシャト派に進軍する……障害は多いだろうがないとも言い切れない。
今この軍に攻められたら、アシャト派はひとたまりもないな、と他人事のように思う。他人事ではないが、彼女はアシャトの軍を見たことはない。アシャトと身近に触れ合ったことも一度きり。
ただ、王としてではなく。一個人として、人として気に入った。だから、彼に助力すると決めた、ただ一人の傭兵であり。
「義理は果たさねぇとな。」
彼女は戦争を長引かせるために、再び円匙を土に差し込んだ。
傭兵たちはアシャト派に行くと決めた。その理由の大半が、彼らが傭兵になった経緯にある。
盗賊になれなかった。人からものを盗む気になれなかった。
貴族に貶められた。でも、農民たちは彼らの味方だった。
盗賊の手で家を失った。貴族たちは、自分たちを守ってくれなかった。
もっと早く神が手を差し伸べれば、貴族たちは腐敗しきる前に一掃されていたかもしれない。それは事実として、彼ら自身の想いの中にある。だが、極端な話、平民たち側にしてみれば自分たちに関係ない話だ。
何せ、貴族たちと違う。自分たちの生活に直結するようなことでありながら、致命的に彼ら自身の人生との繋がりがなかった。その生い立ちからして『像』ありきである貴族たちと、わけが違う。
だから、自分たちの生活を苦しめたのが、根本を辿れば『王像』の未降臨であることは関係がない。自分たちの生活を苦しめたのは貴族たちで、その腐敗政治で、政略戦争だ。
彼らを苦しめた大本はアダットだ。そして、彼に不平の傷を膿ませ続けたレッドだ。
アシャト派にいれば、彼らに報復できるというのなら。傭兵たちは喜んでその手を取る。
傭兵界を支配していた“白冠将”は消えた。
傭兵界の悪魔、彼らの天敵たる“黄飢鬼”は未だ暴れまわっている。そして、彼を抑えている“黒秤将”はその効果を大きく減じたらしいと風の噂になっている。
“雷馬将”、“赤甲将”なき今、傭兵界を引っ張れる人間は、もはや“放蕩疾鹿”しか残っていない。
彼女がアシャトにつき、傭兵たちが失った「農民として衣食住がある程度保証される生活」、あるいは「腐敗されていない貴族の手によって治められる領地生活」……それらが得られると言われれば、ふらふらしない奴らはそういないのだ。
「ということだそうですよ?」
エンフィーロの一人がそう報告する。そのセリフを、俺はどこか上の空で受け止めた。
「そうか……。」
なんだろう、現実味が湧かなかった。いや、傭兵たちの実態はある程度知っている。彼らを味方に出来るなら、そりゃその方がいいとは思っていた。
自分たちも大概傭兵と同じような生活はしていた。両親を失い、アダット派、というより今上の王が放ってきた暗殺者から逃げる生活。その基盤を支えてきたのは、傭兵としての稼ぎだ。だから、傭兵界は多少知っていた。
「小集団型の傭兵、どれくらいいたっけな……。」
「総数で、3万程度だったと思いますが。」
「……少ないな?」
「傭兵は命を落とすことも多いでございますからね。」
何も言えなくなった。そりゃ、そうだ。俺自身とて、何人かの死を看取ってきたわけで。
ましてやレッドが才能が高いと判明して以降、政略戦争が激化していた。どれだけの傭兵と兵たちが命を落としたのか、考えたくもない。
「アシャト、傭兵たちどうするのさ。」
「農民になるというなら受け入れるし、兵隊になりたいというならその道を作ってやる。だが、隊長職に就けるかまでは保証しない……でいいだろう?」
「君がそう言うなら、それでいいや。」
ディアが大きなあくびをする。暢気なやつだ、と思った。だが、実際彼が仕事をするわけでもない。
どうせ死なないのだし、これくらい暢気でもいいだろう。
「他は?」
「ビリー様が、断とうと思えばレッド派の物資補給を断てるまで食い込んだ、と。」
「そうか。大量放出は避けるように交渉しながら、しばらくそのまま維持してほしい、と伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
エンフィーロが外に出る。いい加減名前を聞きたいものだ、と思った。
「聞けば答えてくれると思うよ?」
「あいつら全員同じ服だし、判別方法が声しかないんだぞ?間違えたら失礼じゃないか。」
「せめて報告の時くらい顔出ししてほしいよねぇ、覆面じゃなくて。いつも思うんだ。」
いつも思う、ということは今まで変わらなかったのだろうな。じゃあ、言うだけ無駄な気がした。
傭兵、か。
今後。ペガシャール統一後の傭兵の扱い。再び禁止にするか、放置するか。
「禁止だろうなぁ。」
国が安定するなら、法治国家に、傭兵は不要になってしまう。……いや、わざわざ禁止にしなくとも勝手に廃れる気がしてきた。
「そのときに決めるか。」
「ひょ~だねぇ~。」
ディアが再び大きな欠伸をする。空を見上げると、もう星が見えるくらいには夜も深くなっていた。
「寝るか。」
腰を上げる。オベールに目配せして護衛につけ……忙しさで眠れそうにない頭を、魔術を用いて強引に眠りに落とした。




