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125.槍の弟

 敵には隙が無い、ということをこれ以上なく突き付けられる。

 兵士の数は対等。物資の数はこちらが上。戦意はどちらも同じだけ。

 指揮官は……現場指揮官のレベルではこちらが上。総指揮官は兄が上、こちらが下。

 兄、クシュル=バイク=ミデウスが擁する旗頭はアダット=エドラ=アゲーラ=ペガサシア。

 弟、ヒリャン=バイク=ミデウスが擁する旗頭はレッド=エドラ=ラビット=ペガサシア。


 擁する旗頭の質で言えば、誰がどう見たってこちらが上。

 総合的に見れば、勝っているのはヒリャンのはずだ。戦は兵の数の差でも質の差でもない。要素としては大きいが、それで勝敗は決しない。

「勝てる気がしません。」

槍を片手に高台で、敵の陣容をじっと見る。何十もの想像をした。自分が想定できる最大力量の兄と、今の自分が出来る最大級の指揮で、どう攻め、どう守り、どう勝つか。


 負けることはない、と思う。だが、勝つのはとても難しい。

「どう、勝つか。」

汗が頬を伝う。いつ戦端が開かれてもおかしくない睨みあい。何もない荒野だ。少しの間違いが起きれば負ける。

 毎日毎日、少しずつ陣形を変える。人を、兵科を、場所を。ほんのわずか。一メートル、二メートルの差。100人、150人の差。それらの差でどう影響が起きるか、相手の思考を揺さぶりながら、出方をじっと窺う。

 先に動いてくれれば、楽なのに。動いた方が、不利になる。


 兄弟はとても良く似ていた。両者、『護国』の名に恥じぬ防衛戦を得意とする。

 違いがあるとすれば、弟の方が攻撃を仕掛ける戦が苦手だということだ。クシュルは攻めようと思えば攻められるが、ヒリャンは攻めれば確実に敗ける。

 兄は弟のその性質をよく理解していた。だから、攻めない。攻めれば拮抗、動かなければ兵の損失無し。いつまで経っても動かず、兵糧のみが消耗する戦争になるだけ。……そうなれば不利になるのはクシュルの方だ、とヒリャンは思う。物資の数では、アダット派はレッド派に遠く及ばない。


「ヒリャン様。商人の方が物資の配達に来られました。」

「……もうそんな時間か。まだ陣には入れるなよ。私自らで確認する。」

敵陣を眺める姿勢を崩す。ほんの些細な読みあい。だが、永遠とも捉えられるような、私と兄の神経戦。

 正直な話、疲れる。ずっとやっていたいものではない。


 だが、兄が平然とやってのけられるその神経戦にわずかに敗れれば、途端にアダット派の軍は崩れ去る気がする。

 そんなわけがない。戦争は一日で終わるようなものではない。とはいえ、終わったような様相になることも珍しい話ではない。

「疲れた。」

終わっていないと叱咤する。だが、心労は積もっていく一方だ。豪勢な食事か、女か。そんなものでもあればと思わなくもない。


 ……考えるのをやめた。それについて考え始めると致命的に何かがすれ違う予感がする。

「つく陣営を間違えたかね?」

呟いてから、それも止めた。今更どうにかなる問題でもない。


 アネストリ商団。ここ十年で一躍有名になった商人たちは、レッド様と契約し大きな食糧供給の筋になっていると聞く。

 彼らは常に多くの物資を取り扱う。剣に槍、鎧に糧食、なんでもござれの御用商人。胡散臭い、とは思う。だが、彼らはきちんと注文通りの物資を必ず届けてくる。その姿勢だけは、心から信頼している。

「ふむ。」

兵糧袋に刃を入れる。その感触で、穀物を覆う藁が厚すぎないか、中の穀物がしっかり詰まっているかを確認する。総計100袋、そのうち無差別に20袋分確認した私は、刃の口をいつも通り補修する兵士たちに頷いて歩き去る。


 いつも通り、きちんと荷物を届けている。うさんくさいこと以外を除けば、あの商団は優秀だ。

「テッド子爵、ニネート子爵、コリント伯爵を呼んでくれ。少し話がしたい。」

「どこにお呼びすればよろしいでしょうか。」

「私の天幕に。頼んだぞ。」

「承知いたしました。」

下仕えの者が駆けていく。自分の天幕に向かいながら、兵士たちの様子や物品の確認をする。


 士気は十分。今日一番の収穫は、それだった。




 待つこと十分。三名の貴族が、ヒリャンの天幕を訪れる。

 策謀と魔剣の名家、テッド子爵家。『ペガサスの砦将像』バゼル=ガネール=テッド子爵の父である、カンキ。

 鍛冶と弓術の名家、ニネート子爵家。『ペガサスの近衛兵像』フレイ=グラントン=ネニートの父、ヒャンゾン。

 魔術の名家、コリント伯爵家。『ペガサスの魔術将像』ジョン=ラムポーン=コリントが父、トージ。


 ペガシャールにおいて、貴族とは過去、20を軽く凌駕する数の『神定遊戯』のいずれかにあって、何かしらの功績を挙げた家である。その中でも特に、歴史上名前が上がりやすい名家の当主が三人。

 『ペガシャール四大傭兵部隊長』と言われる面々がいるらしいが、“白冠将”を除けば誰一人としてこの四人と相対出来るものはいない。……そう断言できるほど圧倒的な、軍の一門の英傑たちだった。

 その三人を呼んだ。その意味は、三人ともよく理解できていた。いや、出来ないのであれば、名門の主など出来はしなかった。


「あれは、なぁ。」

「隙がどこにもない。」

「むしろよく隙を見せずにやっていられる。私たちなら無理だ。尊敬に値する、総大将殿。」

三者三様、しかし言う内容はみな同じ。クシュルの怪物性と、それに食らいつくヒリャンへの慰め。それが意味することもまた、三人にはよくわかった。

「平原じゃ無理か。」

「あぁ、地形の力と事前準備に頼らなければ策の練りようもない。」

コリント伯の問いに、テッド子爵が答える。彼の持つ多くの策謀は、こうも真正面からぶつかりあう戦にはあまりに向かない。


「政治的な圧では?」

「一応、あちらの旗印はアダット様だが……その上に今上がいらっしゃる。政治的な駆け引きで今上と戦えるような人物はみな、アダット派か帝国派に分かれている。」

ニネート子爵の問いには、コリント伯が即答した。王は、あれでも優秀だ。親ばかが高じて堕ちたと思われているものの、それでも今上……アグーリオが優秀な政治家であることは、誰もがよく知っている。

 

 四人全員が沈黙する。平原では動けない。政治的な圧は掛けづらい。そうなれば、取れる手段はとても少ない。

「なら、撤退戦か?」

「『護国の槍』の追撃を、撤退しながら受けられる?」

「不可能ではない。」

ヒリャンの即答。その意味を察せないほど、当主たちは鈍くなかった。

「万全ならば、だな?」

「……あぁ。」

「例えば、撤退戦の仕込みの為にこの四家のいずれかの軍が抜けている状況なら?」

「決まっている。抜けた時点で兄は攻め込んでくるだろう。それに対する対策は、なくはないが少ない。」

あるにはある、とすら言えぬほどには脆弱な対策だということだ。その意味合いをはき違えるほど、その三名は無知でない。

 撤退戦をする。理由は、地形を変えたいから。……場所を移すとして、レッド派が有利になる戦場に逃げ込むとしても。その時までに準備が出来ていない状況では意味がなく。


 しかし、有象無象に下準備を任せるわけにもいかない迎撃の用意であれば、ヒリャン以外の三人のうち誰か一人が行かなければならない。

「……。」

八方ふさがりだ。この戦争は、極端な話。ヒリャンがクシュルに対し、一手読み負けたら負ける、そういう戦争だった。


 沈黙が重い。テッド子爵は己が持つ策謀の数々を思いだし、どれならクシュルに通用するか思案する。

 ニネート子爵は己が持つ武装の数々を、どれが配属できれば逆転の目があるかを引っ張り出す。

 コリント伯爵は己と軍が使える魔術を以て、どれなら戦況を変えうるか想定する。


 ペガシャール王国は、いや、神の威を受けた六王国の歴史は、1500年近くある。この世にある戦術の数々は、全て近い形で網羅されていると言っても過言ではない。

 クシュル=バイク=ミデウス。当代の『護国の槍』が、その全てを網羅していないはずもなく。

「家の秘匿を引っ張り出しても無理そうだ。」

まず根を上げたのは、ニネート子爵だった。家が持つ財と鍛冶師を動員して有効な武器防具を作ろうとしても、新たな武器で打開できるほど小さな戦場ではない。一度目は意表を突けるかもしれない、しかし二度目は決してない。


 まして新武装は訓練が必要だ。戦争中に新たな部隊を導入し、初実戦で効果を出す……そんな理想論を掲げるほど、彼は理想主義ではない。

「向こうの魔術師部隊も見た。厳しいと言わざるを得ないな。大規模魔術の撃ち合いでも、おそらくあちらと相殺だ。」

魔術の戦いにはある程度やり方がある。

 一つは、放出系魔術による、魔術同士の相殺。あるいは、結界魔術で放出魔術を防ぎきってしまうこと。

 一つは、座標指定系現象魔術とそれに対する対抗魔術の撃ち合い。あるいは、結界で敵魔術の干渉の完全遮断。

 一つは、自軍に対する支援魔術の展開。……とはいえこれは相手も同じことをするという意味ではどちらにしても相殺だ。

 最後に、敵軍に対する弱体魔術の展開。これも、同じことをされれば条件は同等。


 九段階魔術を取り除いて考えるなら、良くも悪くも魔術を用いた戦争というのはこの四つに終始する。……戦闘ではない、戦争である。

「コリントにのみ伝わる魔術、息子の想い人が開発した数々の新魔術……どれをとっても、冷静に対処できる程度の代物でしかない。」

動けない。どう足掻いても。……テッド子爵も首を振る。野戦という戦場は、実のところ読みあいでしかなく、策謀も大技も特にない。

 それでもこの四家が動けないのは、この四家が戦争の肝だから。ペガシャール王国という国が抱える、『国軍』及び『護国の槍の最精鋭』と対峙して劣らない練度と質を誇る軍が、この四家に集約しているからだ。


「でしたら、後方の下準備は、私が行いましょう。」

四人が悩む天幕に、入り込んできた男が一人。全員が、不意を突かれてそちらを見た。

「何度もお声がけしたのですが、返事がなかったので、失礼ですがこうして入らせていただきました。私の名はネイチャン=フェリス=コモドゥス。以後お見知りおきくださいませ。」

「あぁ、知っている。アレイアという猟犬を失って徐々に力を失い始めている一族だな?」

「……。」

一瞬、男の顔が歪んだ。いかにも、「あいつがへまをしなければ」と言わんばかりの顔だった。だが、その表情もほんの一秒にも満たないほど。即座に切り替えたように笑みを浮かべて、言った。

「これ以上落ち目になるわけにもいきません。……我が家はもう後がない。ここで全力を尽くすべきだと考えております。」

そっと目を細める。後がない、ということは……あぁ、息子がいないのだったか、と思う。


「娘は?」

「残念ながら見合いが上手くいかず……。」

建前だ。中立、というよりどっちつかずだった貴族によくある話だ。アダットかレッド、どちらの派閥にもつけるよう、娘を結婚させずにとっておく。どちらかに傾けば、その家にほど近い貴族と娘をくっつける。


 本当によくある話。哀れなのは娘の方だろう。確か年齢は24歳。……行き遅れどころの話じゃない。少なくとも貴族の間において、絶対に縁談が舞い降りない年齢ではないか、とヒリャンは呆れる。

「リーナと言ったか。利発そうな娘だったのに、哀れな話だ。」

「いえ、問題は、このまま我が家が落ちぶれそうになれば、養子をとることすら困難になるということなのです。」

意味は、分かった。意図的に娘の話を避けた理由こそわからなかったが、意味はよく伝わった。


 フェリス=コモドゥス伯爵は、最初から家を継ぐのに養子か、娘の夫を当てにしていた。……あの年まで娘に結婚させなかったのを見ると、本命は後者だろう。だが、『神定遊戯』が始まらず、アダット様とレッド様の争いに決着がつかず、娘は既に結婚適齢期から外れすぎてしまった。

 今で24歳。遅くとも20歳までに結婚することを求められている以上、彼女の夫に家を託す未来はもう来ない。


 だが、アレイアという猟犬が失われた。フェリス=コモドゥス伯爵家は、他の貴族家と同じように没落の危機に瀕している。そんな家にわざわざ養子に行きたい、奇特な若者はそういない。

「レッド様は確かに、貢献すれば褒章を約束されるだろう。なるほど、その心意気は信じてやってもいい。」

ヒリャンは言う。残り三家当主も頷いた。


 こと生存競争における貴族の執念。そればかりは、心の底から信用できる、貴族たちの確固たる芯にして最大級の醜い部分だ。

「よし、では貴様にやらせてやろう。沙汰を待て。」

「承知しました!!」

都合のいい手駒が出来たかもしれない。……堂々と歩き去る小物の背中を見ながら、撤退戦の為の準備と兄に一歩勝るための策を、三人で地図を広げて考え始めた。


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