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124.竜国の戦車と天馬の槍

 その視線は冷たく、その雰囲気は劣悪で。さながら雪の降り積もった日を思わせる。

 男が二人。天幕には、多くの人こそいるものの。主役は彼ら二人だった。

「援軍、と。」

「は。ゲリュン=ペディット=クジャタ伯爵よりご依頼いただき、参りました。」

男の表情に変化はない。ただ、今にも身を焼きそうな激情が、瞳の奥からわずかに垣間見えるのみだ。

 だが、それでも、彼は一つの槍だった。

「感謝しよう。しかし、そうなると指揮系統に難が出るな。」

「我らはアダット様のご要望に従う身。アダット様の陣営において、最高指揮権を持つ方の命令に従いまする。」

「であれば、原則的には我が総指揮官である。」

原則的には。アダットが前線に出てくるようなことはないだろうが、それでも彼の命令が最優先であることは確定だ。


 とはいえ。ゲリュンが、戦争についてはある程度口出しさせないよう抑えると誓った。その言葉に疑う余地はない。

 アダット派の崩壊は、ゲリュンの身分の崩壊である。アダットが下手に口出しをすれば、勝利の目が目に見えて減っていく。それを、あの男が理解できないはずがない。

 その点に関して、男はゲリュンという人物を信用していた。ゲリュンという人物の在り方を、男は実のところよく理解していた。

「貴殿らを戦場に立たせないよう配慮しよう。とはいえ、敵は多い。ことによっては戦争の渦中に放り込むことになる。準備は怠らないようにせよ。」

「ご配慮、痛み入ります。しかし、我らは援軍に来た身。なんの成果もあげずに帰国したとあれば、笑われるでしょう。」

「然らば。我らの戦いの凄まじさをとくとその目で見、報告を以て功とせよ。」

貴様らを戦に介入させる気は断固としてない。そう言わんばかりの断言に、対峙する男は冷や汗を流した。


 つまり、援軍の無駄である。それは困る、と思った。

 ……アダット派が崩壊するのは、確定の流れだと男は見ている。おそらく、目の前に立つ男もそれは確信しているだろう、ということは想像に難くない。

 援けるべき味方をみすみす見過ごし、何もせず帰った……自国から、王に命じられ援軍に出た将が、そんな無様を晒した。王の評判に関わる。

「そういうわけにも参りません。我ら世界に名高き竜戦車。使わぬ道理はありますまい?」

これまで常に悩む間もない即答を続けていた男が、言葉を止めた。そのまま、僅かに十秒、思案の間が入る。

「さすれば。貴殿らには必ず大舞台を用意すると約束しよう。」

よし、と思う。これで、ペガシャール帝国軍とぶつかる理由が出来た、と。


「ドラゴ―ニャの客人よ。貴殿らの陣は我らが隣である。必要になるまで動かさぬが、事と次第によれば我らが貴殿の敵になると思え。」

()()()()()()()()()()()。ゾッとしない宣言に、男が口元を引きつらせる。

 下手に騒ぐのもまずい。神妙に日々を過ごさせなければならないな、と配下の兵士たちの命を考え、男は思う。

「ベネット。案内せよ。」

「承知いたしました。」

ドラゴ―ニャ王国からの援軍、『ドラゴンの戦車将像』にして“戦染竜(せんせんりゅう)” クリュール=ニーニア=エル=ワイバーの面会は、これで終わった。




「クリュール殿を案内し終えました。クシュル様、本当に彼らの助力なしでやり遂げるおつもりですか?」

「否。しかして売国奴に堕ちる必要もなし。」

思った以上に強い声だ、とベネットは思う。売国奴、と言われて納得した。ペガシャールの内乱に、援軍と称して敵の軍を受け入れる。これを売国と言わずして何と言うのか、と。

「だから、我らの隣に?」

「三派相争えば、必ず漁夫の利あり。竜国にその意なくとも、他にはそう映らぬ。」

要は戦争中に背後を突かれる恐れがあるのでは、と他の貴族が思いかねないということだ。だからこそ、見張っているというわかりやすい形が必要なのだと彼は言う。

「……そう言われると、確かに怖いですね。やらないという確信はあるのですか?」

「是。竜国の目標は終始『王像』にあり、他の戦に興味は非ず。」

派閥戦争の援軍に来たのではない、というクシュルの発言。目標はアシャト、あるいはその傍にいる『像』の命のみで、実のところアダット派レッド派との戦に興味はない。


 どこまでも彼らは帝国派と戦うために派遣された人員で、同時にペガシャールに対して出来る最大限の威嚇だ。ドラゴ―ニャに攻めこむと痛い目を見るぞ、という警告。そのために、かの援軍は派遣されてきている。

「現時勢において、他国に援軍を出せる国は竜国のみ。自国の内乱に手一杯な天馬の国にあって、これ以上なく有効な警告也。」

ドラゴ―ニャがこうして援軍を出せる理由は、誰の目にもわかりやすく雄弁だ。即ち、「()()()()()()()()()()」である。


 クシュルの言葉を聞いて、ようやくそこまで察したベネットは呆れたようにため息を吐く。

「どうなさるのです?」

「何もせぬ。ただ、奴らを手ぶらで返さぬことだけは確定事項也。」

それはそうでしょう、とベネットは疲れたような眼を向けた。警告という名の挑発を受けて、あっさり受け流すほど『護国の槍』は甘くない。

「安心せよ。我が娘は、あの者に勝るものは無し。しかして劣るものも無しである。」

ベネットは頷いた。確かに、シャルロットが戦車であの男と戦うのであれば、そして荒野であるなら、千日手に近い攻防が行われるだろう。

「敵国に単身乗り込んだその不幸、その身で味わうことになろう。」

クシュルはそう言ったのち、黙り込んだ。彼が何を言っているのか。ベネットには、これ以上なく強く伝わっていて。

「それでは、私は失礼いたします。」

それ以上何か問うのは、野暮というモノだった。




 クリュールは天幕に設置された長椅子に体を投げ出し、背に感じた冷たさから飛び上がった。

「っつぅ。おい、着替えをよこせ。」

「は、はい!」

下仕えの者が替えの服を、そして水に濡れた手巾を持ってくる。

 それで全身をふき取り、新しい服に袖を通しながら、己が脱いだ服の背を見つめていた。

「あぁ、道理で喉が渇くわけだ。」

ひどい汗だ。こりゃ、何も考えずに長椅子に背を預ければ冷たくも感じる。彼と会ってからここに来るまでずっとこれを着ていたからか、いつの間にか違和感を覚えなくなっていた。

「洗っておいてくれ。」

「は!承知いたしました!」

それを預けると、再び長椅子に腰を下ろす。今度は普通の、椅子の冷たさだった。


「あなたがそんなに冷や汗を流すなんて珍しいね。」

天幕の影から女が一人。彼女に目をチラリと向ける。

「見ていたのか?」

「あなたの天幕以外にいられるわけがないじゃない。私は戦うためにここにいるわけじゃないんだから。」

その通りだった、と首を振る。適当な村でとっ捕まえて連れてきた女だ。自分のものだと伝えてはいるが……いくら規律があるとはいえ、娯楽の一つもない陣に戦闘能力のない女が一人。早まったな、と過去の自分に後悔する。

「まぁ、そうだな。冷や汗の一つも流したくなる。……あいつの命令、上手く抜け道を探さなければ。」

「一つ?びっしょりだったじゃない。抜け道を探すってどういうことよ?」

悪態を吐くか質問をするかどちらかにしてほしい。自分のことは棚に上げて……いや、自分のは独言だから別にいい。

「そのままだ。」

本当に、そのままの意味だ。クシュル=バイク=ミデウスという人物。アダット派についている最高指揮官、という名に曇りはない。だが、それ以上に奴は『護国の槍』だった。


 女は首をフルフルと振る。可愛らしい仕草ではある。……まぁ、貴族の娘とかではない村娘だ。このまま愛妾として囲う未来は……自国に帰れば確定しているようなものだが、俺が帰れてもこいつが俺の国に来られるかはわからない。


 それに、愛妾に政治や軍事のあれこれを全て語るのもまた変な話だ。

「俺たちは、必ず死地に進軍させられる。そういうことさ。」

隣に引き寄せながら言う。その動きには無抵抗に、女は不安そうな表情をした。

「なんにせよお前が不安がることはない。戦場は俺の場所だ。」

遠くを見ながら、言い切る。その言葉に納得したように、女は頷いた。


「そんなに怖い人だった?」

「あぁ。とんでもなく。……あれほどの圧はそう見ない。今まで二人しか見たことがないな。」

彼で三人目だ。そう言った彼に、女は首を傾げる。

「二度も怖い思いをしたら、慣れるものじゃない?」

「二回も火事を見たら、三度目は怖くないか?」

「違うものじゃない?」

「似たようなものだよ。」

本当に、似たようなものだ。自然災害のように恐ろしい。


「一人は陛下だ。うちの陛下が本当に威厳を以て話されるときの圧力は、あれの比ではない。」

頭を上げることすら恐ろしい。……ほとんど刷り込みに近いものだとわかっている。ドラゴ―ニャの王は絶対唯一。忠誠心ゆえに、頭を垂れることに躊躇いはない。……その上であの圧を向けられるのだ。ドラゴ―ニャの忠臣は、忠臣であるほどに彼の圧を強く感じやすい。

「もう一人は『竜の逆鱗』。あの一族の当主は、『護国の槍』と同じほどの圧を感じた。」

思えば、あの二人は出自や家の司るものもまた似ている、とクリュールは考える。そして、「あぁ、そう言うことか」と納得した。

「俺は、相手が彼だと思って相対しなければならなかったのか。」

荷が重い。荷が重すぎる。とはいえ、王の命令に逆らうわけにもいかず、援軍としての使命を全うするしかない。


「ヒフ、お前のやることが増えるかもしれない。」

「私はあなたに連れてこられた身ですもの。出来ることなら、喜んで。」

胃に穴が空かないようにしなければ。戦場で倒れれば、死はもう目の前だ。

「生き残れるかこれ……。」

彼は既に、クシュルの思惑について気づいていた。


 問題は。彼に縛られた多くの柵は、その思惑から抜け出すことを良しとせず。

 勝たねば生きて帰れない。その可能性が非常に高いという、ただそれだけだった。




 そんなクシュルたちが陣を構える場からかなり遠く。蝋燭の灯すらわずかしか点いていない、暗い場所で。

「クシュルは帰ってくると思うか?」

「『護国の槍』ならまぁ、死んでも帰ってくるだろうよ。」

二人の男が、淡々と言葉を交わしていた。

「生きて、に決まっておろうが。」

「は、言うまでもねぇ。帰って来るさ。何せ俺と軍で相対出来る男だぞ。そんな奴、俺はあいつとデファールくらいしか知らねぇよ。」

信頼の桁が違う。戦場で槍と肩を並べられる傑物たる彼は、クシュルの帰還を毛の先ほども疑わない。

「相も変わらず口が悪いな。」

「悪くて結構。下々の身なれば、その辺には目を瞑ってもらわないと。」

「まあよい。貴様が帰ってくるというなら、信じてもよかろう。」

「へぇへぇ、信じてくださってありがたいこって。」

玉座の間。暗い暗いその部屋では、槍の遣い手が、その槍の行方を案じていた。


 その掌で、白い冠を弄びながら。


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