121.戦勝報告を受けて
「勝った、か……。」
安心して気が抜ける。いや、勝つとは思っていた。そのために『像』を六人も投入したのだ。それでも、勝ててよかったという安堵があった。
「では、こちらも急がねばならぬな。」
戸籍の作成。何十万という亡命者たちの在住地と、年齢、家族構成。それらを記録していく作業は、淡々としていて面倒極まりないが、慣れてみると同じ作業の繰り返しだ。
一日に捌ける数はせいぜいが百。国民自身に記録を提出させればいいものの……この作業の意義への理解がない程度ならさておき、文字すら書けない民に何を求めるのか、という話だ。
「少し休むか。」
腕が痛い。何かズキズキと内側から痛むような感覚に晒されて、疲労というモノを直感する。
「ディール、行くか?」
「へいよ。」
俺の後ろで船をこいでいたはずだ。声を掛けたらすぐに反応して、しかもしっかりした足取りで歩きだせるっていうのはおかしくないだろうか。
だが、ディールはそういうことをする男だ。誰もが認めているから、俺の周りには今こいつしかいない。……天井に潜んでいるエンフィーロ3名を除けば。
「俺が思ってたより時間がかかってたんだが。」
「そりゃそうだろ、ディール。二人で動いているときは兵の体力とか気にせず突っ走ればいいかもしれないが、軍っていうのはそうはいかない。」
「一応、知ってはいるんだけどなぁ。きちぃや。俺を基準にしちまう。」
「お前はそれでいいよ。」
こいつは軍を率いない。俺の護衛で一生を終えるかもしれない男だ。……まぁ、時代と『帝国』への目標のおかげで、こいつが無名のまま終わることはないが。
「だがまあ、思ったより時間がかかったのも事実だなぁ。丸二月、おそらく向こうで戦後処理をしている時間も含めて、三ヵ月か。……やっぱり時間がかかりすぎだな。」
戦の習いだ。多少の誤差はあってしかるべきだろう。『像』の軍だけで戦えばもっと早くに終わっていただろうに、という感想は拭えない。
もっとも、俺は後に、こう思ったことを後悔する。彼が相手では、なまなかな手段など通用しなかっただろうし、力押しも少々厳しかった。
「先生の所でも行くか。」
特に目的がない休憩だ。誰かの邪魔になることを考えても、まぁ、彼の所なら大丈夫だろう。
マリアはぼうっと様子を見ていた。
彼女とて仕事はある。というより、アシャト、エルフィ、ペテロ、デファールに次いで仕事が多いのは彼女だろう。だが、彼女は持ち前の要領の良さと、大量に手に入った彼女個人の護衛を使って、あっさりと仕事を片付けていた。
仕事は多い。次から次へと入ってくる。しかし、こうしてぼうっとメリナの訓練を眺めていられる程度には、彼女は仕事の片づけが上手かった。
メリナがナイフを投げる。相手の男は、実に簡単にそれを掴んで、投げ返す。
メリナが、前進。何か球体を地面に投げる。すると、煙幕が広がった。
「そう、それで構いません。『工作兵像』は戦うのが仕事ではなく、場を乱し、整え、味方に有利にするのが仕事です。」
スッと飛び出た足払い。メリナの足元を払おうとしたそれを、彼女は跳んで回避した。そのまま回るように短剣を振る。
「魔道具ですか……。」
衝撃波が、伸びた。飛ぶ斬撃、どう考えても不意打ちだったそれを、初見で余裕をもって回避される。
「ディア様が出禁にするわけです。どうやったら勝てるのでしょうね?」
メリナと比べれば、マリアの身体能力は低い。まだ体が出来ていないということもある。とはいえ、メリナの方が圧倒的に高いというわけでもなく。
メリナがギュシアールと戦いになっているように見えるのは、ギュシアールが手を抜いているからだ。彼はメリナとマリアに、己が身を守るための戦い方を教えていた。
そうこうしているうちに、メリナの体力が尽きる。そこで一度、休憩になった。
「あぁ、ようやく戦勝報告が届いたのですね。となれば、一月後には帰還されると思われますよ。」
「お前はあまり安堵しないんだな。」
「しています。ですがこう……なんでしょうね?」
表情を一切変えずに安堵しているとのたまう彼女は、手を動かしながら言った。
「ですが、これで本格的に残り2派閥と事を構えられます。」
主力がほとんど出払っていた。だから、事を構えるわけにもいかなかった。
南方にある鉱山国はこちらに対して属国化申請を出している。多くの鉱山と、鉱夫たちの手がある以上、降伏ではなく属国化という形で国の体を残したいのだろう。下手に刺激して戦争にしたくない、というペガシャールの望みをよく汲んでいる、と思うが……。
鉱山国が急いでいる理由は明白だ。万が一ペガシャールがゼブラ公国を降していた場合、鉱山国は戦争で決してペガシャールに勝てなくなる。鉱山で働く男たちの命は、ペガシャールが今後殺していくだろう兵士の命と比べれば非常に少なく、軽い。
「ゼブラ公国は降伏した、という情報を、鉱山国に流します。彼らはそれで降伏してくることでしょう。」
「あぁ、頼む。」
マリアは、目を瞑った。正直、俺もマリアも何を話せばよいかわからず、戸惑っている。
「……しばらくは、土地の安定に精を出すのですよね。」
「あぁ。俺たちの絶対的な有利は『像』があること。それに伴って、無茶苦茶な開墾作業が出来るようになるからな。」
身体能力強化、ひいては鍬を振る力と時間の大幅な増量。1.2倍程度の倍率の強化でしかなくとも……順当な鍛錬で身体能力を1.2倍にするために、どれだけ時間がかかるかを考えれば、破格の強化能力である。
その全てが開墾に費やされるのだ。もちろん、土壌の形成やらにはその数倍の時間がかかるわけだが。とにかく、当座を凌ぎ、次につなげる為の第一歩が早まるなら、それに越したことはない。
「食糧があれば、大きな軍事行動を起こすのに躊躇いが無くなる?」
「それもあるし、何より……。いや、何でもない。」
「子供を産めと言いやすい?」
喉元まで出かかったセリフを飲み込んだ。なのに、直後に彼女はそのセリフを言い放ってきた。12歳の子供が言っていいセリフではあるまいに、と少し呆れる。
「ま、そういうことだ。」
「それをなさるなら、まず陛下がなさるべきだと思いますよ?」
「……善処する。」
エルフィに対して、いまだ結婚しないことに対する苦言だということは、わかった。だが、俺がエルフィに恋情を抱いていたからと言って、彼女もそうなのだろうか。
正直、子を産むとなればしばらく戦場には出られなくなる。「国内統一くらい終わらせてからじゃないと子は産めない」と言われる未来があっさりと想像できるため、あまり言いだせないのだ。
「邪魔したな。」
「逃げるのですか?」
フフ、と笑る彼女を置いて、そそくさと立ち去る。
マリア相手に舌戦は、あまり進んでやりたくない。だから、背を向けて、一目散に歩き去った。
「で、我が将たちに何用だ、ローグ=ネストワ。」
「う。」
樹の影に隠れていた男。その男に、剣を突きつけて問いかける。
「孫娘たちが元気にやっているか、見ていただけですよ。」
一瞬たじろいだものの、彼は強気に言い返してきた。確かに、彼女らも彼もネストワと名乗っている以上、血縁を否定するのは難しい。
「とはいえ、彼女らは望んでいないようだが。」
「承知しています。ゆえに、こうして遠間で眺めるだけにしているのです。」
狂っている。そう思わざるを得ない所業。……厄介なのは、彼の目が正気であることをこれ以上なく強く象徴していることだ。
どうしたものか。メリナとマリアの話題を出せば、面倒になるのは間違いない。その話題を避けるとして……
「帝都周辺の土地を、どう見る?」
「豊穣の素地はありましょう。元よりディマルスの祝福を受け、他より多くの魔力が循環する地。この魔力に充てられ、生命の活動が活発化しております。まぁ、一年後には素晴らしい成果をお見せできるでしょう。」
「そうか、ならいい。任せるぞ。」
「はっ。」
その隣を通り過ぎようとした。面倒なことは避けたかった。
待ったをかけたのは、ディールだった。
「おい、ローグとやら。」
「なんですかね、ディール殿。」
「てめぇが兄貴に忠誠を誓った話は聞いた。それをマリアの奴がやったのもな。」
「……。」
ディールの目を、見た。声音がすでに怒りを含んでいたが、それでも確認しておこうと思って振り返る。
ディールは、俺でもあまり見ないほどに、激昂していた。
「マリアはすげぇ奴だ。俺じゃ出来ない事をあっさりやる。あの齢でそれが出来るっつぅのが、どうしても気持ち悪くて仕方がねぇ。」
「私の可愛い孫娘を、」
「ああ、不自然に過ぎる。もっと子供っぽくあるべきだろうに、子供らしさがどこにもねぇ。気に食わねぇ。」
ディールと出会ったのは、14の頃。あの頃のあいつは、今と大して変わらない。己の分がどこまで通用するか、それで世直しを掲げたい、そんな無邪気な青年の面影は、いつまで経っても変わらない。
「あいつが子供っぽく生きられる環境を取り上げておきながら、親面しやがるてめぇが、俺は何より気に食わねぇ!」
槍を構える。殺気が駄々洩れになっている様子を見て、これはダメだと直感した。
こいつは、怒る時は本気で怒る。それは、死神が傍に来たと言われても納得できるほどに絶対的な、死の予感を抱かせるのだ。
ローグは膝から崩れ落ちた。もう軽く100年以上は生きているだろう老人が、恐怖で尿を垂れ流すほどに力が抜けている。……それほどまでに、ディールの殺気は、怖い。
「ディール、止めてくれ。これでもエルフの長なのだ。死なれては、後々俺が面倒くさい。」
「……わぁったよ、兄貴。」
シュン、とい驚くほどの速さで殺気が霧散する。その現象を傍で呆れながら眺めつつ、頭を捻る。
こいつの逆鱗が、まさか育児放棄の部分にあったとは、と。
「次マリアの許可なく親面してみろ。俺はてめぇを殺してやる。」
メリナは?と思ったがやめておいた。……なんだろう、こいつの逆鱗の場所は育児放棄じゃなかったことを直感した。
要は、自分が認めた人物を暗い表情にさせる。……きっとそれだけで、ディールはローグに怒りを覚えたのだろうと思った。
単純だ。単純で、バカで……あぁ、彼はどこまで行っても、いい男だ。
「わりぃな、兄貴。手を止めさせて。」
「いいや、いいさ。義弟の面倒を見るのも兄貴の役目、だろ?」
「ありがとよ。じゃ、俺は護衛に戻るぜ。」
ディールに、敬語で話せという輩がいるらしい。冗談じゃないと思う。
俺は、ディールのような快活で接しやすい男といるときが、一番素でいられるのだから。




