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119.傭兵団の斬込隊長

 エリアスの村の防衛戦は、終わりを迎えた。

 俺がヴェーダを真の意味で信頼するようになったのは、その頃だと思う。

 それまでも信頼はしていた。その実力に敵う者はいなかった。指揮も正確だった。だから、俺は彼を指揮官という意味ではよく信用していた。

 だが、人間として信頼したのは、エリアスの村を襲う盗賊を完全に壊滅させた、翌日のことだった。




 どうすればよかったのか。どうすれば正しかったのか。

 俺がいなければ。俺が帰ってこなければ、二年も俺たちはここに縛られることはなかった。多くの傭兵たちが命を失うことがなかった。

 もちろん、別の戦で死んでいく可能性は大いにあっただろう。だが、あんな、俺に対してのみ向けられた執念の坩堝に巻き込まれることはなかっただろう。そんな無為な感情に振り回されて死んでいくことなどなかったのだ、と俺は思う。


「もちろん、男爵子息にとっては重要な感情ではあったはずだが。」

それは、俺と男爵子息で片づけるべき問題だった。最初から、赤甲傭兵団を巻き込む必要は……

「そんなことはありません、ペディア様。断じて、あなただけで負うべき執念ではありません。」

アデイルが、背後で言う。そうだろう。こいつにとってはそうだろう。アレイア男爵子息と俺の間の物語に、アデイルは深く深く関わっている。


「忘れられては困りますな。我々はペディア様、あなたを守るために生まれた一団。……それ以前に、我々を滅ぼす命令を出したのはアレイアのガキです。奴と戦っていたのでしたら、団員たちは誰一人として文句を言わぬでしょう。」

死んだ者も含めて。アデイルは強調するようにそう言い切って、直後に続けた。

「そこなヴェーダのように、後から入ったものもおりますが……気にすることはありません。彼らは団員、ペディア様は団長。長の因縁は員の因縁にもなりえましょう。決して、ペディア様が気に病む必要はないのです。」

そう言われても、と思う。確かに、俺の団だ。俺が作り、俺がリーダーになって率いている団だ。だからと言って、俺の問題に全て付き合わせていいとも思えない。


 ましてや、二年も。本質的には人助けではなく、むしろ人を傷つけただけだというのに。

「忘れないでくださいませ。ペディア様がディーノスだったのではなく、我々皆がディーノスなのです。」

言われなくとも、理解している。あぁ、そうだ。俺はアデイルたちには大して悪いとは思っていない。

 赤甲傭兵団には、悪いと思ってはいないのだ。

「俺が苦悩しているのは、エリアスのことだよ、アデイル。わかっているんだろう?」

そう言うと、アデイルは苦しそうな表情になった。


 リューが、死んだ。そのことに悲嘆するエリアスは、正直、見ていられない。

 そして、巻き込んだのもまた、事実だった。これがただの盗賊ならば、これほど悲嘆するような結果にはならなかっただろう。が、敵は奴だった。

「俺のせいで殺したも、同然だ。」

「それを言えば、かなり増えますね。リューさんだけの話ではなくなります。しかし、それは乱世の習い。恨むべきはこの国そのものでしょう。」

争いが絶えない。勢力争いが絶えない。税収は増える。民の畑は減っていく。あぁ、そうだ。確かにそれは、事実だろう。

 だが、エリアスは俺の友人で、その友人の妻の死だ。


 他の農民たちと、一緒の扱いに出来るはずが、なかった。

「ペディア様がこの言葉を好まないことは重々承知しておりますが。」

そんな中で、声を発したのはヴェーダだった。彼は、エリアスを見ていられないと思う俺の気持ちを踏みにじるように、断言した。

「悪いのは、エリアス殿も同様でしょう。なぜ敵に攻められている時に、子が生まれるようなことをしているのです?」

かっとなる。思えば、ヴェーダの言葉はまぎれもない真実。二年間もかかるとは、確かに誰も思っていなかったとはいえ。エリアスは、あの非常時に妻を妊娠させたのだ。


 根本的な原因はエリアスにある。だが、俺はエリアスを責める気にはなれなかった。

「エリアスは軍出身者じゃない。ただの村長の息子、ただの農民だ。軍人や傭兵のように、そういうことは時と場を見て判断しろと?……隣にいるのが、愛する妻だというのに?」

傭兵。戦時中。身の丈違いの立場。疲労。わかっていた。エリアスが、実のところどれだけ過酷な状況下にあったのか。

 ただの村長の息子だ。だというのに。村に避難してきた新規たちを取りまとめ、戦える男たちを指揮した。

 その天性と言える才能で、鎌を振るい、俺に指揮力で肩を並べ、武でヴェーダに匹敵するような猛者にまで成り上がった。


 全ては、村を守るため。ひいては、妻を守るためだ。愛する妻を抱くなとまでは、流石に言えない。

「第一、娼館を用意しろと言ったのはお前だろう。」

「そりゃあ、当然です。血にまみれた戦場で起きた興奮を、並の手段で抑えられるなら、それは聖人君子と呼ばれるものの類でしょう。問題は子を孕ませたことではなく、産ませたことだと言っているのです。」

「リューが望んだのだ、文句をつける必要などなかろう。」

「えぇ、死んだ彼女の自業自得でしょう。ペディア様が悩まれる必要など、どこにもございません。」

そう割り切れたらこうして苦悩はしていない。だが、ヴェーダはこう言いたいのだ。


 俺が悩むな。確かに戦が続いたのは俺のせいかもしれないが、相手がアレイアの子でなくとも、俺に執念を向ける相手でなくとも、同じ状況であればリューは確実に死んでいた、と。


 あぁ。わかっているのだ。子を産む決断をしたエリアスとリューが、実のところは一番悪い。……だが、相手がアレイア男爵子息でなければ、盗賊たちが二年も粘ることはなかった。相手が彼でなければ、俺たちはもっと早く盗賊の拠点を見つけていた。

 だから、相手が彼でなければ、リューはまず間違いなく、無事に子供を産めたのだ。

「結果論を語っても仕方がないと思います。エリアスの気持ちを理解しないわけでもないですよ。」

だからこそ、ペディア様が悩むこともないという。


 だが、俺の気は、済まなかった。

「……。」

折れる気がない。それを察したヴェーダが言えた言葉は、ただ一つだった。

「彼が、リューさんのことを受け入れて、幸せになることが出来るまで。……ペディア様が見守るしか、手はないでしょう。」

その、手はない、というのは。「俺の気が済む手はない」という意味であって、おそらく無為な自責を消す方法ではなかったのだろう。だが、彼は俺の自責を、後悔を消す方を選ばなかった。俺がより苦しむ、しかし俺が納得する言葉を選んだ。


「あまり好きな方法ではないのですが。しかし、やるなら徹底的にやるべきでしょう。エリアス殿が、名誉や財によって幸せを得るのではなく。リューに望まれた通り、人を愛し、幸せになるよう、あなたが導いていく。……それしか、ないでしょう。」

頷く。……ディーノスは、元ディーノス出身の赤甲傭兵団は、俺の決断に無条件に頷くだろうと思っていた。アデイルの反応はそれを顕著に語っている方だったし、ヒツガーが生きていても、きっと俺の意思を優先しただろう。


 だから、それ以降の傭兵代表のような立場になっているヴェーダの同意が必要だったのだ。

「ありがとう、ヴェーダ。」

最後に残った、俺の、本当の絆。ポールとジェイスのように、どちらかと言えば上下関係に近い幼馴染ではない。他の配下たちのように、団長と団員ではない。


 それは、対等な関係。そして、俺が本当に心を許せるわずかな絆。


 父を失い、母を失い、兄とも呼べる人を失った、その上で残った友という絆。


 それを失うことは、俺は本当に、怖かった。


 俺の心を考えて、理解してくれる。現金な話だ。俺はこの時、初めて、ヴェーダという人間を心の底から信頼した。




 赤甲傭兵団は、基本的に何でもこなせる傭兵団だ。

 野戦。山岳戦。砦に籠った防衛戦に、火事の元での救助活動。

 なんでもござれな傭兵部隊。それは、ある種『白芸傭兵団』の劣化とも呼ばれる傭兵の在り方で……しかし、誰でも出来る所業ではなかった。


 同じことが出来る傭兵団は四つ。『白芸』『黄飢』『青速』『赤甲』の四つのみ。うち二つは、どちらかと言えば魔術を主体として白兵戦を嫌う傾向がある『黄飢』と騎馬の足頼みの動きが多い『青速』だ。本当の意味で「何でもできる」傭兵団は、『白勝』と『赤甲』の二つのみだった。

「だからこそ、変化が欲しい。」

それは、総指揮を預かっているペディアしか言えない言葉だった。


 なんでもできる傭兵団。だが、その本質は、『白芸』と『赤甲』では大きく異なる。

 『白勝』は、団長のペレティが持つ圧倒的な指揮能力の下に、何かしら得意分野の指揮を預かる指揮官が何十人といる。マンパワーによる、『傭兵の国』とすら捉えられかねない圧倒的な集結力。それこそが『白勝傭兵団』の本質的な『何でもできる』理由だ。


 対して、『赤甲』は事情が異なる。

 「何でもできる」のはペディアのみ。それ以下の指揮官は、それぞれ得意な分野を持っている。

 そして、その指揮官ごとに部隊を分けるほどの人数を、赤甲傭兵団は持っていない。


 ペディアはペレティの下位互換だ。そして、人数すらも下位互換だ。だからこそ。

 ここぞというべきタイミングで投入するための、ペディア以外の動かせる人員が必要だった。


「アデイルが一番助かるが、こいつは動かせない。」

正確には、動かない。エリアスの村の防衛時、村人たちが外に出たがった頃。

 彼は一人で村に残った。……彼は父の友だった。未来のことはわからないが、今指揮官をすれば年の功で俺より優れた指揮官になれる。アデイルはそれを知っている。

 だから、彼は決して己の手で指揮官にはならない。


 だからこそ、ヴェーダだった。俺と同等以下の指揮能力を持ち、俺と同じだけの腕が立ち、俺の内心を察しながら動ける者。……ポールとジェイスは、残念ながらおつむが足りない。

「お前を斬り込み隊長に任じたい。」

それは、事実上の別動隊任命と同じだった。


「あまり、好ましくはないのですが。」

新入りがいきなり指揮官になっただけでは飽き足らず、赤甲傭兵団のもう一つの頭として立つのは、と彼は言った。

 今ならわかる。あれは、『青速傭兵団』の一員として……いや、グリッチの友としての発言だったのだろうと。だが、俺はそれには気づかず……ゴリ押した。

「はぁ、いいですよ。仕方がないですねぇ。」

やれやれ、というように、ヴェーダが首を振る。そうしてあいつは、俺たちの斬り込み隊長になった。




 ヴェーダ=ディミグラフ=グレイドブル。ペガシャール王国にあって、『赤甲傭兵団』と『青速傭兵団』二つの団に所属し、その両方で斬込隊長を務めた男。

 両方の団長からの信用も厚く、能力も優れていた男。


 彼は、グリッチ=アデュール=ゼブラへの忠義を果たすため、その忠道を貫くため、己を重用した赤甲傭兵団団長ペディア=ディーノスを裏切った。

「あいつは、最期、何と言った?」

それが、グリッチに遺した最後の言葉なのか、俺への最期の言葉なのか、詰まった。……だが、すぐさま、答えを察した。


 俺へでもない。グリッチへでもない。二人に宛てた言葉だと悟った。

 ……グリッチに宛てた最期の言葉は、『先に行っています』だ。まず間違いなく、これではない。

「『グリッチ様と一緒に過ごした日々も、あんたらと暮らした日々も、楽しかったぜ。……一つ歯車が、違えばなぁ』だ。それが、最期の言葉だった。」

「そうか。楽しかったか。」

グリッチが、目を瞑った。その端に見える雫を、俺は見ていない振りをする。


 友を失う。その気持ちそのものは、俺にもわかる。傭兵団として活動するうちに、何人のかけがえのない戦友を喪い続けてきたか、数えたくもない。

 だから、彼が吹っ切れたように目を開けた瞬間、グリッチという人物の強さと、ヴェーダとの間に育んだ絆の太さを知った気がした。

「もう、歯車は違わない。違うか、ペディア?」

「……あぁ、そうだな。俺たちは、同じ方角を向いた友だ。」

ヴェーダの死。一つの命の喪失は、一つの強力な絆を生んだ。


 それが、彼の望みかどうかはわからない。ただ、彼は俺とグリッチがいがみ合い続けることは望まない。それだけは、わかる。

「ヴェーダに。」

盃を掲げる。死者を弔う。俺は、もう、彼を弔うことに心理的な障害がなかった。


 そうだ。アデイルが殺された。彼が、殺した。だが。それは、戦の倣いの一つでしかなく、彼を恨む理由にも、虐げる理由にもならない。

 俺たちを気遣っていたヴェーダの心を、俺が気遣う。それくらいは、死者に対するものとはいえ、やってもいいことだろう。

「我らが斬込隊長に。」

グリッチもまた盃を掲げる。その縁を軽く触れ合わせ、中の酒を一気に飲み干す。


 二人の傭兵団長は、その日。夜が明けるまで、飲み明かした。


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