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118.赤甲将の新人

 ヴェーダが赤甲傭兵団に訪れた日のことは、実のところ、よく覚えていない。

 赤甲傭兵団は、元ディーノスの一族の集まりであり、元アレイア男爵家の兵士たちの集いである。だが、それだけではなく、たまに外から助けを求めて来たり、縁があった人は団に入れることがあった。

 多分だが、ヴェーダはそんな一人だったのだろう。そして、おそらく拾ってきたのはヒツガーだった。


 気づいた時には、そこにいた。ヒツガーの元で赤甲傭兵団式の指示訓練を受け、赤甲傭兵団にだけ伝わるような暗号文や音による指揮方法を学ばせた。

 ヒツガーは、確か、言った。

「筋がいいです。おそらく、どこかで学を授けられた貴族か、役人の子弟でしょう。」

……クリスがヴェーダを疑ってかかったことがあった。だが、俺はそれをかばった。


 言うまでもないことだが、俺はヴェーダが高貴の出であることを知っていた。いいや、正式に知っていたわけではないが、そうである可能性は考えられていた。

 でも、それは些末な問題だったのだ。あのペガシャールという国で、勢力争いに負けた公属貴族や私属貴族も、その呷りを受けて滅んだ執事階級も、あるいは父や祖父がそうだったとする平民も、そこら中に溢れていた。

 ……溢れていた、は言いすぎなことは否定しないが。とはいえ、傭兵になろうとするような輩だ。腕か、交渉か。あるいは金勘定か。そのあたりが得意なやつがなることが多かった以上、傭兵という業界では珍しい話ではなかった。


「だから、ヴェーダをかばったのか?」

「庇ったも何も。ヴェーダが剣術七段階格、魔術六段階格、政治がわかる、という程度で疑っていたら、傭兵界は多くの人間を疑わなければいけない。だろう?」

グリッチはその問いに、一瞬虚を突かれたような表情をして。

「何より、一番疑うべき相手がいる。」

「……“白冠将”。」

「あぁ。あいつと比べれば、ヴェーダなんてかわいいものだ。……彼には悪いが。」

「いいや、悪くはないさ。私とて、その通りだと思う。」

ペレティ=ナイト=アミレーリア。俺たちをはるかに凌駕するだろう、戦才に溢れた傭兵。禁止されていた傭兵という職業を復活させ、その世界で頂点に君臨する男。

「あいつは絶対、貴族の出自だろう。」

グリッチがそう締める。その言葉に、俺も疑う余地なく頷いた。


 ペガシャール帝国で、彼と対等であろう将校は二人しかいない、と思う。遠い未来の話は分からない。だが、今現在という条件に限れば、そう。


 アシャト陛下派の陣営には、あの“白冠将”と正面切って戦争が出来そうな人物は、『妃像』エルフィール様と『元帥像』デファール=ネプナス殿だけだ。

「どこにいるのだろうか。」

ペガシャール国内にいるのは確定だろう。わざわざ築き上げた地盤を壊すような真似を、彼はしないだろうと予想できる。それに。

「あの戦争屋だ。どこかの派閥で戦える機会を虎視眈々と狙っているさ。」

戦こそ、全てと言い切るような人間だった。獣に最も近かった。だから、彼はきっと、アダット派かレッド派、いずれかにいるだろう。


「……ペレティのことはいい。ヴェーダとお前が初めて会ったのは、いつなのだ?」

「俺が彼と会ったのは……ヒツガーが亡くなる、二週間前のことだった。」




 エリアスの村を守っていた。村の人たちが、外に出たいと騒いでいた。

 そして、村人たちの食糧集めのための護衛部隊の選別、部隊編成のために、俺は頭を動かし続けていた。

「村人たちは、暢気ですね、団長。」

「誰だ。」

「ヒツガーさんから引き立てていただいております。ヴェーダ、と申します。」

何度かすれ違った顔だった。直接話したことはなかったものの、「出来る」ということだけはその瞬間に確信した。

「ヴェーダ、か。覚えておこう。」

「最近名を挙げてきた赤甲傭兵団に入れたこと、私にとって至上の幸運でございます。」

「うちを持ち上げられても困る。俺の一存で、ろくに得もないのに村を守っているのだ。傭兵としては致命的だろう。」

「ですが、人道にもとる行為ではございますまい。友のために力を尽くす姿、私も見習いたいものです。」

「いつか、その姿を見せてもらえることを願っている。」

「……えぇ。いつか、きっと。」

ヴェーダが去って行った垂れ幕を見る。食えない奴だ、と思う。


「ヒツガーがことさら引き立てる理由もわかる気がする。」

人道、友のため。そういうものを、ヒツガーはことのほか大事にする。アデイルとは真逆の価値観を持ち合わせていて、だからこそ俺を支える二大柱だ。

 心や、想い。その気持ちを大事にする男なら、悪い奴ではないだろう。新入りにしては随分団に馴染むのも早かった。

「ヒツガーはいい買い物をしたな。」

再び、部隊編成の為に木札に目を落とし。


 ヒツガーとヴェーダの部隊を分けることは、しなかった。




「あの時、奴と会って、少し話した。だから、俺はヒツガーが、後任にヴェーダを推したことを、何ら疑問に思うことはなかった。」

「新入りはマズいと思わなかったのか?」

「思わなかったわけではない。が。ヴェーダはそれを、腕っぷしで黙らせた。」

ヒツガーが死に、悲しんだ。だが、浸ることは出来なかった。そんな時間も、余裕も、赤甲傭兵団にはなかった。




「第三部隊部隊長、ヒツガーは死んだ!俺の兄のような男だった。俺にとって、命より重いものを教えてくれる、よき指導者の一人であった!」

叫ぶ。慟哭に近い叫び声をあげながら、それによって心の整理を行っていく。

 泣いているものは多かった。団員達の心のケアをし、時に叱り、時に慰めていた兄貴分のことは、誰もがよく知っていた。慕っていた。

 だから、多くの者が泣いていた。


 その悲しみは、俺たちが真摯に受け止めるべきものだ。戦が一つ行われるごとに、友の命が一つ減る。その悲しみは、これからも忘れないようにしていくものだ。

 そして、その上で。俺たちは前に進まなければならない。ヒツガーは言った。俺が生きていてよかったと。なら、俺は、ヒツガーが安心していられるよう、全力で生きていなければならない。

「ヒツガーは最期に言った。次の部隊長は、ヴェーダに委ねると!俺はその遺志に従う気でいるが、貴様らには納得できぬものも多かろう!」

すすり泣く声の中から、驚きと怒りの感情が少し湧いた。やはり、だ。


 ヴェーダは最初期のメンバーではない。ディーノスの崩壊に立ち会った人間ではない。だからこそ、彼が指揮権をもつことを是とする兵は、少ない。


 共通の経験。それこそが人の一体感を生み出す原動力になる。同じ席の食事、同じ密度の訓練、あるいは意味もない雑談の場。そういうモノがあればあるほど、人は一体感を増していき……。

 それでも、この赤甲傭兵団は、ディーノスの滅びに際し、俺を見守り、俺を支え、俺を擁立した、ディーノスの為のものだという大前提がある。それを覆すのは難しく、それを共有していないヴェーダを一人の幹部として仰ぐのは、それは確かに難しい。

「傭兵の世の習い!不満は己の力で押し通せ!ヴェーダ、貴様もだ。俺の友の目が節穴でなかったことを、今、この場で証明しろ!!」

傭兵たち、俺の部下たちは俺の声に頷くように立ち上がる。そして、ヴェーダ側も同様。


 少しばかり驚愕と、そして諦念の想いを瞳に乗せて、ヴェーダが言った。

「私はそこまでやる気はなかったんですがねぇ。……が、ヒツガーさんの目が節穴じゃないことを証明しろ、と来ましたか。」

あの鮮烈な死の光景。目を瞑ったヴェーダは、きっと瞼の裏にその光景を思い描いたのだろう。


「拾ってもらった恩もありますが。それ以上に、団長を想い、団長のために命を懸けた一人の男の生き様。あぁ、彼を貶める真似は、確かに俺は出来やしません。」

ヴェーダが剣を持ち、スッと立ち上がり、抜く。

「赤甲傭兵団第三部隊、ヴェーダ!部隊長の遺志を継ぎ、次代の部隊長になることを決めた。不満があるなら前に出ろ、一人ずつぶっ飛ばしてやらぁ!」

納得できない傭兵たちが、ヴェーダに斬りかかった。




「どうなった?」

「お前も知っているだろう。七段階格の剣士相手に勝てるのは、うちにはいないさ。」

ポールとジェイスが二人がかりでようやく勝負になる。俺が軽装時に右手に盾で、対等になる。エリアスが本気を出せば、戦える。

 あの時、いや、今もか。赤甲傭兵団は、個人の質ではなく連携の質で戦う傭兵団だ。1対1の戦闘で、ヴェーダに勝てるはずがない。

「瞬殺だったさ。本当に、瞬殺だった。」

腕っぷしで荒くれ者どもをねじ伏せて、ヴェーダは第三部隊の長になった。


 そこからは、加速度的にヴェーダと関わる機会が増えていく。


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