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117.雷馬将の親友

 ヴェーダ=ディミグラフ=グレイドブル。剣術七段階格の遣い手にして、魔術六段階格の遣い手。

 グレイドブル家一族はゼブラ公国の中でも特に力ある一族で、侯爵、伯爵階級にそれぞれ二つずつ家門がある。

 ディミグラフの一族は、侯爵側に当たる。遠く、と言っても比較的近いが、血筋を辿ればゼブラの血族に行きつく一族であり、だからこそ、彼は私の近衛として仕えることが出来ていて。


 こと、武術という面で言えば。相当に優れた才能を有していた。




 突き出した槍は悉くが剣ではじかれ、しかし私はヴェーダを剣の間合いに入れることなどしない。

 戦闘は、拮抗していた。槍の腕。剣の腕。あの頃は、私とヴェーダの間に、腕の明確な上下などなかった。


 剣を振れば、私は弾くか逃げる。槍を振れば、ヴェーダは弾きながら前進する。

 かれこれ、3分。同じことを続けていた。

 もちろん、全く変化がないわけではない。場所、速度。フェイントを入れ、時に大きく距離を取ってにらみ合う。

 3分。体が悲鳴を上げる。人は何分も全力を出せるようには出来ていない。慣れれば話は別だろうが、軍として動く動きと一騎討ちで戦う動きは別物だ。

 かなり、疲れる。


 それでも私は槍を振るう。勝たねばならない。私が心から信頼して指揮を預けるに足る、私の副官。それは、ヴェーダしかいないのだ。

 時間をかければ他の指揮官も信用できるようになるかもしれない。だが、今この瞬間は、そういうわけにもいかない。

 例えば二面作戦を実行しなければならなくなった時。一方面を私の選んだ指揮官が請け負うことになったとして。

 敗北したとき、責任を取るのは指揮官だけではない。その指揮官を選んだ人間もまた、責任を取らなければならない。

「信用できない人間を指揮官に任じて、そいつが負けたら。私はその人の任命責任を負わねばならないのだ!」

出来ない。それは、信用がないからだ。信用出来た人間の尻ぬぐいならいい。私自身、納得できる。だが、信用できないものの敗北の責任を取らねばならないとなったとき、私が素直に頷けるのか。

「だから、お前が指揮官をやってもらう必要があるんだ!」

槍を突き出す。その動きに合わせるように、ヴェーダが穂先の付け根に剣で触れた。このまま、横に逸らされる流れ。

「その対処はもう何度も見た!」

ヴェーダは右利きだ。剣を持つのは、右手だ。これが何を意味するか。


 ヴェーダが槍を逸らす時、基本的に右側に逸らす、ということだ。ゆえに、私はヴェーダから見て左側に体を動かす。

 ヴェーダが槍を逸らす、その動きと連動するように私の身体はヴェーダの左へと流れて、そして。

 ヴェーダの首筋めがけて、槍の柄を迫らせる。槍を使う時、普通は長さを重視する。槍の最大の長所は、その長さであるというのが、通説だ。だからこそ、ヴェーダは私に近づこうと努力する。では、長物への対処のことを第一に考えているヴェーダへの模範解答は何か。不意を打つために一番予想外なことは何か。


 自分から、槍の長所である長さを潰すこと。あるいは、短い長さの槍で攻撃されることである。


 ヴェーダがギョッとしながら体を逸らした。明確な隙が出来る。足払い。それに対して、ヴェーダは苦し紛れの、しかし確実な有効打を打った。

 空中で、身体を回す。魔力の反応。魔術による、曲芸の補佐。回転の勢いがそのまま剣に乗せられて、私の身体へと迫ってくる。

 体が後退する。直前まで私に迫っていた剣が身体の前を通過する。


 鈍い、音。ヴェーダの身体が、地面に倒れ込んだ音。

「打たないんですか?」

「打つまでもないだろう?」

普通は、ヴェーダに足払いを仕掛けた時点で勝敗はついている。最後の回転、とどめの一打はヴェーダの苦し紛れにして最後の奥義。

 言ってしまえば、それを回避するだけで、この戦いの決着はついていた。

「いいですよ、殿下。私が、殿下が出来ない部分は請け負いましょう。」

「助かる。……本当にお前は、私の右腕だよ。」

副官を通り越して。こいつがいれば私は常に万全だ。


 あぁ、私は最高の友を持った。




 ふぅ、と息を一つ。ペディアは、なまじ呆れたような眼をしつつも、私の方を見つめていた。

「思っていた以上に長いな。」

「コーネリウス殿から聞いたぞ。お前、もっと長い過去語りをしたんだろう?」

う、とペディアが苦々しい表情になる。まあ、せがまれたとはいえ、ほとんどすべての過去を語ったのだ。ペディアにとってはある意味、大きな恥だろう。

「仕方がないだろう、興が乗ったんだよ。」

だったら文句を言うな、私も割と興が乗っているんだ。そういうと、呆れたように息を吐いた。


「今までで見た中で、一番生き生きしているな。」

「知っている。ヴェーダは私の最高の友なのだから。」

「……そうか。」

やってられるか、という表情をするペディアに、少し笑う。あぁ、少しばかり狂気じみているのはわかっている。


 だが、王族であった。家族を心から大事にする父の息子であった。

 父の最大の弱みが家族であり、それが国中に知られている以上、私や兄上、カリンの身柄は、常日頃から危険に晒されていた。

 それは、ただ王族だからではない。王の弱みというのは、政治を司る者にとって一番握りたい、最大の道具だ。


 ゆえにこそ、王侯貴族は家族を愛さない。愛していても、それが見えるような愚は侵さない。


 それが、貴族だ。


 私がヴェーダを最高の友と呼んだ理由。ヴェーダしか、友がいない理由。それは、どこまで行っても国の、政治の産物でしかなく。

「ヴェーダがいたから、私はまだ人との触れ合いが出来ている。」

ただその一点をもっても、私がヴェーダに向ける想いは自分自身に向ける熱と言っても大差はない。

「……そうか。」

ペディアは、それ以上何も言わなかった。恋慕では決してない、どこまでも強い友愛の情。その気持ちに、彼は理解が示せる人間だった。


「じゃあ、教えてくれ。どうして、彼が俺たち『赤甲傭兵団』に来たのか。」

それが、彼がここに来た本題。人の死を悼むにあたって、彼はヴェーダの経歴を知りたいと願った。

「ああ、そうだな。……あれは、『青速傭兵団』が軌道に乗り、俺にとって一度目の傭兵会談を開催される、一年前のことだった。」

傭兵団が軌道に乗った。私たちは間諜としての役割を果たす趣旨も大いに込めた、貴族ご用達の傭兵になった。




 貴族御用達ということは、相当数の貴族と交流するということである。そういう輩は時に気まぐれに、時に自慢げに、俺たち相手に会話しようとすることがあった。

 少しの酒の席があれば。あるいは、貴族同士の勢力争いに関われば。少なくとも今この国は、ゼブラ公国に何の関心もないことはよくわかった。王になる気などない。王家が神に認められて王となっているという一点は、誰もかれもが認めている。


 だから、王国の中の利権争いだけをしようとしていた。

 とはいえ、とはいえだ。エドラ=ケンタウロス公爵家然り、エドラ=ラビット公爵家然り。ぶっとんだ能力の貴族たちの腹の内を読むには、私では足りない。

 経験値が足りない。政治知識が足りない。ペガシャール内情を、もっと深く知る必要がある。


 正直な話、このやり方は万全とは程遠かった。腐敗貴族たちはその言葉の通り腐敗しきっていたし、逆に出来る貴族たちの思惑を読み取るには私は経験が浅すぎる。

「殿下、よろしいでしょうか。」

「ヴェーダ……。」

苦悩する。『青速傭兵団』は軌道に乗った。名声は高く、お得意様も多く、そして入ってくるペガシャールの内情もバカには出来ない。だが、それでは、足りない。


 何もかもが足りなかった。ああそうだ、貴族は多くの情報を持っている。何かにつけ決定権があるのもまた貴族だ。それらと繋がりがあるというのは、確かに大きな優位性だっただろう。

 だが、出来る貴族は情報を外に漏らすことはない。腐敗貴族は信用ならず、傭兵には依頼の瞬間にしか情報を漏らさず。

 腐敗貴族たちはそもそも、自国内の勢力争いを楽しんでいるから、ゼブラに興味を持つこともなく、持ったところで同意を得られず四散する。そも、興味を持っても、せいぜい「気になる」程度。攻めこもうなどとは、一切考えていなかった。

「民間側に、情報網を得るべきである。私はそう考えます。」

「同意だ。だが、私たちは貴族に媚を売りすぎた。平民たちは私たちを受け入れないぞ。」

「ですから、別動隊を出すのです。」

別動隊。……ヴェーダが、わざわざそう言った理由を、私は簡単に察することが出来た。

「お前を出せと?」

「私が適任でしょう。出自を問われない傭兵という職業に就く必要こそありますが、平民に根を張る傭兵の元で平民の動きを見張ります。それを出来るのは、私だけでしょう?」

「……。」

否定は、出来なかった。否定したかった。だが、こいつなら一人で仕事を任せてもいい。そう言い切れるだけのものを持っているのは、まだ、ヴェーダだけだった。


「……別の傭兵団として活動する以上、何かしらのタイミングで敵対することはありえるぞ。」

「分かっております。その時は、私の手に入れた、必要な情報を確実に殿下にお伝えいたします。」

「どうやって?」

「一騎討を模して。おそらく会話できる時間は長くて30秒程度でしょうが……しかし、必要な情報を一方的に話すだけなら出来るでしょう。」

「……。」

私は、黙る。行かせたい気持ちはある。行かせるべきだと冷静な部分が言っていた。


 だが、理屈はそうでも感情はそうもいかない。

「……殿下。いえ、グリッチ。」

葛藤する私を見て、ヴェーダが言葉を変えた。敬意ある態度から、一気に粗野な、傭兵としての口調に。

「てめぇが俺に頼ってくれるのは素直に嬉しいと思っているよ。だがな、それは依存だろう。」

心のどこかで感じていたこと。常日頃、ヴェーダが傍にいたからこそ、気付いていない振りが出来たこと。


「俺はてめぇの恋人じゃねぇ、夫でも妻でもねぇ。友人で、副官で、てめえの右腕だという自負はあるが、それ以外の何者でもねぇ。」

奥歯を強く噛みしめる。こいつは、私を説得するために、本気で私の突かれたくない部分を突いた。

 あぁ。確かに私は、ヴェーダに依存しているだろう。

「お前は俺がいなきゃ何も出来ねぇ軟弱ものか?俺が仕えた俺の主君は、俺の親友は、俺がいなきゃ不安で押し潰されるほどよえぇのか?」

その睨みつけるような視線は、心を抉るかのように鋭い。私が口を開くのも許さずに、ヴェーダはまくしたてるように、最後の一言を言った。

「そんなクソ野郎は、俺の主に相応しくねぇ。今すぐ暇を出させてもらおうか。」

プツンと。何かが、切れる音がした。


「ふざけるな!貴様がいなくともやっていけるわ!」

「本当か?俺を外に出すのすら躊躇ったのに?」

「私はゼブラ公国第二公子グリッチ=アデュール=ゼブラだぞ!友の一人が欠けたところで、仕事に支障が出るはずもなかろう!」

「よく言った!信じるぜ、その言葉!」

乗せられた。いや、乗せられているのがわかっていても、私はこれを言うのを止められなかった。


 それが、ヴェーダ=ディミグラフ=グレイドブルという、私へ最も深く忠誠を誓う男の、私への最大の忠言。最大の功績。

「だが……親友が離れるのは、苦しいな。」

「ハハハ、本気で言ってるのかグリッチ。……うわ本気の目だ気持ちわりぃ。」

軽い口調。だが、ヴェーダの目からは涙が流れていたし、私の視界はまるで雫でも覆っているように不明瞭で。


「大丈夫だ。俺を殺せるような奴なんざそういねぇ。安心しろ、俺は必ずお前に会うさ。」

「分かっている。……わかっている。」

ふぅ、と息を一つ。顔をしっかりとヴェーダに向ける。

「ヴェーダ。任務を与える。」

「いかな任務でしょうか。」

「今の私たちより平民に近いところへ降り、ペガシャールの情報を集めよ。ゼブラの進軍計画があれば、必ず我々に伝えよ。」

「承知いたしました。必ず。」

スッと、ヴェーダが音もなく立ち上がる。そして、背を向けた。


「元気でな、親友。」

「お前もな、グリッチ。」

最後の言葉にしては淡白だな、と思った。二度と会えないわけではない。しかし、数年単位で会えなくなるのは必定だろう。

「必ず、生きて帰れ。」

強く、言い切った。その言葉に、ヴェーダは少しだけ足を止めて、振り返って。

「もちろんだ。俺が親友をおいて先に逝くと思うか?」

「まさか。」

なんだろう。満たされた気持ちだった。私はその気持ちのままヴェーダを見送り……。




「次に会ったのは、お前たちとの初戦だよ。赤甲傭兵団にいることは知っていたし、お前たちが来るという連絡ももらっていた。」

「だからサウジールは俺たちを奇襲できたのか……。」

その割には情報が少なかったな、と思う。が、よくよく考えれば私たちは部下に情報共有をしていなかった。

 ヴェーダが知っている情報は、アデイルたちと同程度。つまり、私の戦術までであって、戦略規模の情報はなかったのだ。


 鼻水をすする音が、聞こえた。……いくら私でも、この状況で、その音が聞こえる意味くらいは、分かる。


「先に、逝ったじゃないか……。」

それは、友の死を悼む、男の涙で。

 俺は、そんなグリッチから目を逸らした。


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