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116.雷馬将の副官

 私はゼブラ公国の第二公子だった。ということは、それなりに仕事が与えられるということだ。

 私はひときわ軍学の知識に優れていた。……知識に優れていたというよりは、成績がよかったというだけの話だが。だからこそ、私は国内の平定のため、出兵を命じられた。

「グリッチよ。お前に3000の兵を与える。自由に育てて構わぬ。半年ののち、かの難民集落へと出兵せよ。」

父からの命令。私はそれに、粛然と頷きを返した。


 ゼブラ公国は、そのお国柄、そして土地柄、豊かな土地だ。だからこそ、常に末期状態であるヒュデミクシア、そろそろ国崩壊の危機も近いペガシャールどちらからも難民が訪れる。

 ほんのわずかでも生き残ろうと。ほんのわずかでも楽な暮らしを得たいと。ゼブラを訪れ、その土地に移住を望む難民たちは、呆れるほどに多かった。


 ただ、問題は。ゼブラ公国は、その難民を積極的に受け入れることがない、ということだ。

 国民を奪う、ということになる。時には、国民を拉致したという大義名分を相手に与えることになる。

 ヒュデミクシアか、ペガシャール。どちらか一方が言いだせば、連鎖するようにもう一方も同じことを言い始め、東西両方から攻め込まれることになりかねない。


 論理ではない。倫理でもない。……極端な話、正義でもない。

 ゼブラ公国に攻めこむ口実があれば、他国とは容易に攻めて来るものだ。それが、国というモノの在り方である。

「ゆえに、難民たちの保護は出来ない。私たちは、両国へのアピールと、これから訪れるであろう難民たちへの宣言として、国境近くに新設された難民街の者たちを皆殺しにしなければならない。」

実のところを言えば、他にも理由はあるものの。それを公言する理由はない。ゼブラ公国の内情は、基本的に上の階層だけが知っておけば十分だ。

「……相手は難民。そこまでしっかりとした調練をする必要はない、と思っている兵士たちも多いだろう。だが、お前たちの感情はこの際気にしない。徹底的な調練を、私は私の軍に課す。」

場合によっては相手はヒュデミクシアからの難民になる。それは、拙い。


 ペガシャールの民たちは、特に貴族軍の兵士や王族直下の兵士といった、調練がされた兵士でなければ強くはない。が、ヒュデミクシアは違う。

 あの国のコンセプトは『弱肉強食』。国民皆兵、といっても過言ではない中で、常に内乱をしている国。その中であぶれた敗北者たちが難民として流れてくる。

 彼らは、ゼブラ公国で通常の調練を受けている軍を、時に追い返すことすらあるのだ。

「受け入れるものだけこの場に残れ。一時間後、調練を開始する!」

調練所に背を向ける。何も言わずとも、そのあとをヴェーダがついてくるのを感じた。


「殿下は優しすぎると思います。普通、そういうのは問答無用で叩くものですよ。」

「私の部下に弱卒はいらない。父上の命令で私の部下になるだけなら、軍の動きを阻害しかねん。」

「そういうのを強引に戦わせるのも、指揮官の務めだと思います。」

「指揮官に慣れたらやる。まずは、私が兵の調練に慣れる方が先だ。」

「……なるほど。」

仕事だから戦え、というのも酷な話だと思う。いいや、酷な話でもさせるのが正しい貴族の在り方だということは誰よりも私が理解している。


 だが、それでは軍の力が落ちかねない。ゼブラ公国第二公子グリッチ=アデュール=ゼブラの率いる軍。それは、軍事的な要素だけではなく政治的要素も大いに孕んだ軍になる。

 国を象徴する巨大な看板。いずれ必ずそうなる軍が、進んで調練も出来ない弱卒を交えた軍になる。それは、国として、拙かった。

「調練を始めて、ついてこれないものは殺してしまってもよかったのでは?」

「労力の無駄だ。解雇するのもまた同様に。」

人を殺す。それに躊躇するような人間でも拙い。……だが、今はそれは大丈夫だと、私は思う。


 次に出兵するのは、ペガシャールからの難民街。ヒュデミクシアからの難民と違って、異常に強い民たちの反抗があるわけでもない。

 新人兵士たちには、そこで人を殺すことに慣れてもらおう。私はそこまで、考えていた。




 難民街に向き合った。“拡声魔術”の魔術陣に魔力を通す。

 私の後ろには、総勢3000人の軍。皆が魔馬ゼブラに乗り、槍を構える姿は圧巻の一言に尽きる。

「難民たちに告ぐ。荷をまとめる時間はやらぬ。二度は告げぬ。今すぐ。この地より立ち去り己が国に帰れ!我らゼブラ公国は貴様ら難民を認めぬ。貴様らをこの国に住まわせる許可は出さぬ。今この瞬間、貴様らは我らの法を犯していると知れ。」

淡々と、傲慢に事実を告げる。難民たちは、難民たちの村は、動揺を見せながらも叫んできた。

「帰るところは、ねぇ。家もねぇ、畑もねぇ。俺たちを守る偉いさんは俺たちを守らねぇ。どこに帰れってぇんだい!」

「決まっている!お前たちを守らぬ偉い人のところにだ。」

「嫌だぁ。そんなことしたら、俺たちは殺されっちまう。どうにかして、ここに住まわしてくれよ!」

全力で叫んでいるであろう声。


 私は、貧乏人の気持ちがわからない。食糧に窮する気持ちも、偉い人に無茶ぶりを言われて困る気持ちもわからない。だから、敵が言っていること、それがどれだけ切実なことなのかはわからない。

 わかるのは、それが彼らにとってどこまでも切実で、命の危機に関わるものであること。

 そして、どれだけ切実であろうとも、私がやることは変わらないという、ただその事実があることだけだ。

「二度は告げぬ、と言った。去らぬ、ということもわかった。」

懇願してきた。なんとしても、ここに住ませてほしいと。なら、やることは簡単。

「全軍。」

槍を高く高く掲げる。3000人の兵士たちが、皆一様に緊張する。

「突撃!」

「射てぇぇぇぇぇ!!」

蹂躙の火ぶたが、切って落とされた。




 大地が吐瀉物にまみれている。

 人がそこらじゅうで呻いている。

 気持ち悪いくらいに濃い、血の匂いが立ち込めている。

 その中で、私は難民たちを指揮していた男に槍を突きつけていた。

「貴様は、貴族か、役人か。」

「役人ですよ、公子殿下。いやはや、まだ10に満たない相貌をしているのに、実に優れた指揮をなさる。」

「12だ。年下に見られるのは好きではないな。」

「よく笑い、楽しく生きてこられたのでしょう。そういう方の顔は、若く見えるものです。」

「そうか。」

どうでもいい話。目の前の男は、もう私が聞きたい情報を聞いたと理解している。


 今のこれは、ただの時間稼ぎだった。

「最後に言い残すことは?」

「そうですね……ない、です。」

それがどれだけ悲しいことだったのか。私はその時、知らなかった。


 言い残すことはない。それは、時に未練がないことを示す単語であり。時に、未練を抱くような人生を送ってこなかったことを意味する。


「難民が来る、村を作る。普通はそういうことはあり得ないのは、わかるか?」

だが、言い残すことはない、と言われては、どうも興ざめだった。だから、彼に告げた。

「普通、平民は今の暮らしを放棄したくない。たとえ苦しい生活だったとしても。辛うじて食いつなぐのが精いっぱいだとしても、己が住む家を離れようとは思わない。」

それは、不安だからだ。平民たちは、学がない。つまり、外の世界を知らない。外の世界、未知の世界に憧れを抱けるならばいい。そういう人間はごくわずかで、大人になれば、成長すれば、徐々に徐々にそういう冒険心は薄れていく。

 だから、せめて住む場所を確保されている自分の家。そこから平民たちが進んで出ることは、ありえない。

「つまり。村が作れるほど難民たちがいる、ということはだ。逆説的に、指導者がいるという意味だ。」

だからこそ。厄介なことがある。


 本当に、難民なのか。敵からの間諜ではあるまいか。

 何かあったとき、難民街全てが国に叛乱してしまえば、それは国にとって大きな衝撃になりかねない。

 だからこそ。

「ここで、死んでもらうしかない。」

返事は待たない。話過ぎた。時間をかけすぎた。


 初めて、人を殺した。吐くほどの無様を晒しはしなかったものの、動揺しているのは私も同じだった。

「悪いな。」

突き殺す。それが、この出兵の結末だった。




 ヴェーダは、私が6歳のころから私に付き従う近衛である。

 それが意味するのは単純で、ヴェーダは私と同じだけの勉学をしているということだ。

 吸収力ややる気と言ったものの大小はあるものの。ヴェーダと私は、少なくとも同じだけの軍学を修めている。


 つまり。別動隊を指揮するときに、指揮官として真っ先に名が挙がるのは、ヴェーダだった。

「私は殿下の護衛役のはずなのですが。」

「だが、私が一番信頼できるのも、指揮を任せることが出来るのも、お前が一番なんだが。」

たった三千人とはいえど、私の軍隊である。たった一部隊の運用で出来る事には限度がある。部隊を分けて指揮した方が効率がいい、というような戦も何度かあった。


 別動隊の指揮を、誰がするか。私にとっては、悩む間でもない問いである。が、ヴェーダにとっては、それは己が本分ではない。

「そんなことはありませんよ、殿下。……まあ、イディルもサウジールもそこそこの遣い手です。護衛を任せるのも吝かではありませんが……。」

渋るヴェーダを、説き伏せた。必死になって。彼が一番、私の思惑を汲んで動いてくれるから。


 そうして彼を説得すること、7度。既に私は難民討伐、あるいは東西国から流れてきた盗賊討伐を10度に渡り行って、グリッチとその直属軍の名は国中に知れ渡るようになっていて。


「……わかりました、殿下。殿下が私に勝てば、そう致しましょう。」

私とヴェーダは、おそらく人生で初めて、本気で戦うことになった。



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