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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
挿話2

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乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【7箱目】(終)

 早く君のチョコレートケーキを食べたいと甘えると、他にきわどいメッセージがないか仁王立ちで監視していた婚約者は一転してそわそわし、「じゃあ用意してきますわね」と出て行った。

 侍女に頼まず自ら用意しに行くというのがまた可愛い。ゆったりと深く椅子に腰かけて、ひとりごちる。


「僕のアイリーンは本当に愛らしい」

「他の女から大量にもらったチョコを自分の株上げに使う男、初めて見たわ、俺」


 絡んできたのは想定通り、アイザックだった。

 せっかくの機会だ。きちんと話そうと顔を上げて相手をまっすぐ見た。


「僕は、アイリーンの大切な片腕である君を尊重している。他の皆も同じだ」

「……そりゃどーも」

「だが片腕がもげても人は生きていけるとも思っている」


 アイリーンの大事な仲間達に沈黙が落ちた。

 足を組み替えて、頬杖を突く。


「何か質問はあるだろうか。僕は人の話を聞く王であろうと思っている」

「イエ、アリマセン……」

「そうか。たまには男同士、語り合うのは大事だな。これで僕はアイリーンがわたしたチョコレートを奪うなどという大人げない真似をせずにすむ」

「……アイリーン様に言いつけたい」

「……同じく」

「君たちはアイリーンに言いつけたりしない。彼女のトラウマを救えるのは僕だけだからな」


 クロードはアイリーンがどんなバレンタインをすごしたのか知らない。わかっているのはセドリックがつけた傷が深いことと、チョコレートケーキが手作りだと申告した時の違和感だけ。


「僕のあの対応は、君たちの満足がいくものだっただろうか?」


 クロードの質問に、半眼になっていたアイザック達がそれぞれ反応を見せた。苦笑いだったり、諦めだったり、感傷だったり、それらはすべてアイリーンを想う反応だ。

 それをクロードは許す。彼女の愛の頂点にいるのは自分なのだから、それが礼儀だ。

 ひたと視線を動かさず待っていると、肩をすくめたアイザックが短く答えた。


「完璧」

「君にそう言ってもらえると安心するな。この調子で頑張るとしよう」

「えっなんか俺アイリが心配になってきたんだけど……」

「馬鹿かオーギュスト、首を突っこむな。死ぬぞ」

「そうそう、さわらぬ魔王にたたりなしだよ」

「……俺はそもそもまったく事情がわからないんだが……」

「ああ、そうだ。ウォルト、カイル。一応教えておくが、お前達へのチョコもあの中に埋もれている」


 ひそひそ集まって話していたウォルトとカイルが振り向く。オーギュストが声を上げた。


「いいなー! 俺、今日外も出らんなかったし……あ、でもゼームスもか」

「俺はそもそもいらない。甘い物は苦手だ」

「めっちゃアイリのチョコ食べ――何で殴るんだよ!?」

「クロード様の前で余計なことを……!」

「埋もれてるって、ほんとに埋もれててわかんないですよクロード様。預かったならわけといてくださらないと」


 ウォルトが贈り物の山を見上げて苦言を呈する。カイルは首をかしげた。


「そもそもどうして俺達まで?」

「僕と一緒にいるところをよく見られていたからな。いつも一緒にいる白と黒のおつきの人にと言われた」

「今、よくって言いましたねクロード様? この二人がバレンタインの対象になるくらい連れて歩いたと、ほう」


 目を光らせたキースに、ウォルトとカイルがびくっと身を引く。クロードは嘆息した。


「いいじゃないか別に。バレンタインくらい見逃してやれ。この二人が直接受け取ったわけでもないんだし」

「ちょっと待ったあぁクロード様! まさかわたさない気ですか、俺のでしょ!?」

「受け取ってしまったならさすがに確認させて頂かないと……礼もできません」

「何を言っているんだ。僕の許可なくお前達を狙う女性など却下だ。お前達がつきあう女性は僕がきちんと選別する」


 ウォルトとカイルがその場で膝から崩れ落ちた。同情したのか、ゼームスが眉をしかめて口を開く。


「お気に入りなのは結構ですが、さすがに干渉しすぎでは?」

「大丈夫だゼームス、アイリーンに横恋慕しないようお前にも僕が用意する」

「そんな話を私はしてませんが……!?」

「あの……俺はそういうのないですよね?」

「……君は」


 周囲を見ながら不安がるオーギュストを見て、クロードは赤い目を細めた。


「……多分、僕が選ばなくて大丈夫だ。放っておいても、とても女性で苦労する気がする」

「えっ!?」

「魔王様って予言もできるんですか!?」


 ドニのキラキラした目にキースが苦笑いを返した。


「そういうのはないんですけど、なんか大体当たるんですよねえ、我が主の勘……」

「ボク! ボクどうなりますか、魔王様、見て欲しいです!」

「君は大丈夫だ、幸せになる」

「やったー!」


 ドニが両手を挙げてはしゃぐ。ベルゼビュートが嬉しそうに笑った。


「よかったな、ドニ。王の言うことに間違いはない」

「あーじゃあオジサンも聞いちゃおうかなと」

「あとは全員、大体苦労する」


 そろいもそろって愕然とする顔が面白い。


(どう考えたって報われるわけがないだろう)


 ひとの婚約者に一途に仕えておいて。


 クロードは皮肉の代わりに勘を口にする。


「ちなみに女難の相は上から順番にオーギュストで」

「なんで!? なんで俺がそんなに上!?」

「安心しろ、それは未来の話だ。現在のトップはアイザックだ」

「聞いてねーよ聞かせるなよ信じねーから俺は!!」

「あー我が主、我が主。作業完全に止まっちゃいますからそこまでで。全員、そんなに気にせずに、ね」


 ぱんぱんと手を叩いてキースが仕切り直す。そして苦笑いまじりに続けた。


「いいじゃないですか、女難も。私めなんか少しも浮いた話がないんですから。チョコだって今年はアイリーン様にもらえましたけど、これだって何年ぶりだか……ベルゼビュートさんだって主ヅテでもらったりしてるのに」

「? 何を言ってる。お前にも毎年チョコがきて」

「ベル」


 制したが遅かった。

 クロードに関して人一倍聡く、そして誰よりも強いキースが、ゆっくりと視線を向けてくる。

 そっと顔をそらして冷めたお茶をすすった。


「……。主?」

「お茶が冷めている、キース」

「クロード様。正直に言わないとわかりますね?」


 わかるので、息を吐き出した。その目をしっかり見て言う。


「仕方ないだろう。お前が結婚したら誰が僕の面倒をみるんだ」


 静寂のあと、従者の怒りが燃え上がった。立ちはだかったのはもちろん護衛だ。


「どどどどど、どうどうどうキース殿、落ち着こうよやだなー! クロード様、謝って!」

「嫌だ」

「子どもか! やだなあ私めが教育間違えましたね……!?」

「刃物は、刃物はどうか使わないでいただけると! 向けられると俺達も対処せざるをえないので!」

「やり方ってもんがあるだろーになあ、オジサン同情したぞさすがに……」

「……その内ハゲるぞ、あの従者」

「ハゲにきく薬を作っておいてあげようか、クォーツ」


 クロードの周りはずいぶん明るくなった。

 ぶち切れたキースを必死で止める二人の護衛、おろおろするベルゼビュートに呆れるゼームス。女難とつぶやいてまだ落ち込んでいるオーギュストに、呆れた眼差しでこちらを見ているアイザック達。

 そして一番は。


「いったい何の騒ぎなの!? わたくしがちょっと離れていた隙に何をしたんです、クロード様!」


 仰天したアイリーンが駆け込んでくる。それだけでクロードの唇は柔らかくほころんだ。

 幸せというのはこういう日々のことをいうのだ。


「気にしなくていい、アイリーン。それよりホワイトデーのお返しに希望は何かあるか?」

「えっ……わ、わたくしは……その……クロード様からいただけるならなんでも……」

「この状況でよく色ボケてられんなおい!」

「何がホワイトデーだ私めのバレンタインを返してくださいませんかねえこの馬鹿主!!」


 周囲が何かわめいているが、クロードは可愛い婚約者だけを見つめてとっておきを約束する。

 もちろん、彼女がチョコレートケーキに仕込んだ自白剤には気づいている。何故そんな真似をしたのかはわからないが、どうせ自分にはきかない。だがけじめとして、仕置きは必要だ。


(やはりここは、氷の屋敷だな)


 きっとホワイトデーもにぎやかだろう――色んな意味で。



ここまでおつきあい有り難う御座いました。

皆様の応援のおかげでどうにか2月中に終わりました~今日は2月42日ですから!3月まだきてませんから!

なお、白い日はお亡くなりになられました。


次回更新は第三部の予定です。

少しまた間があくと思いますが、4月を目処に待っていていただけたら嬉しいです。

感想・評価・レビューなど、本当に励みになっております。第三部も楽しんでいただけるよう、執筆頑張ってきます。


連載、書籍、コミカライズと色々ありますが、引き続きアイリーン達を宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王様がヒロインに負けない個性と曲者感を出してきているのが好きです。 [一言] 側近たちとのわちゃわちゃに笑いつつも、魔王様のこれまでのことを考えると、よかったねぇ…とほっこりしました。
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