乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【7箱目】(終)
早く君のチョコレートケーキを食べたいと甘えると、他にきわどいメッセージがないか仁王立ちで監視していた婚約者は一転してそわそわし、「じゃあ用意してきますわね」と出て行った。
侍女に頼まず自ら用意しに行くというのがまた可愛い。ゆったりと深く椅子に腰かけて、ひとりごちる。
「僕のアイリーンは本当に愛らしい」
「他の女から大量にもらったチョコを自分の株上げに使う男、初めて見たわ、俺」
絡んできたのは想定通り、アイザックだった。
せっかくの機会だ。きちんと話そうと顔を上げて相手をまっすぐ見た。
「僕は、アイリーンの大切な片腕である君を尊重している。他の皆も同じだ」
「……そりゃどーも」
「だが片腕がもげても人は生きていけるとも思っている」
アイリーンの大事な仲間達に沈黙が落ちた。
足を組み替えて、頬杖を突く。
「何か質問はあるだろうか。僕は人の話を聞く王であろうと思っている」
「イエ、アリマセン……」
「そうか。たまには男同士、語り合うのは大事だな。これで僕はアイリーンがわたしたチョコレートを奪うなどという大人げない真似をせずにすむ」
「……アイリーン様に言いつけたい」
「……同じく」
「君たちはアイリーンに言いつけたりしない。彼女のトラウマを救えるのは僕だけだからな」
クロードはアイリーンがどんなバレンタインをすごしたのか知らない。わかっているのはセドリックがつけた傷が深いことと、チョコレートケーキが手作りだと申告した時の違和感だけ。
「僕のあの対応は、君たちの満足がいくものだっただろうか?」
クロードの質問に、半眼になっていたアイザック達がそれぞれ反応を見せた。苦笑いだったり、諦めだったり、感傷だったり、それらはすべてアイリーンを想う反応だ。
それをクロードは許す。彼女の愛の頂点にいるのは自分なのだから、それが礼儀だ。
ひたと視線を動かさず待っていると、肩をすくめたアイザックが短く答えた。
「完璧」
「君にそう言ってもらえると安心するな。この調子で頑張るとしよう」
「えっなんか俺アイリが心配になってきたんだけど……」
「馬鹿かオーギュスト、首を突っこむな。死ぬぞ」
「そうそう、さわらぬ魔王にたたりなしだよ」
「……俺はそもそもまったく事情がわからないんだが……」
「ああ、そうだ。ウォルト、カイル。一応教えておくが、お前達へのチョコもあの中に埋もれている」
ひそひそ集まって話していたウォルトとカイルが振り向く。オーギュストが声を上げた。
「いいなー! 俺、今日外も出らんなかったし……あ、でもゼームスもか」
「俺はそもそもいらない。甘い物は苦手だ」
「めっちゃアイリのチョコ食べ――何で殴るんだよ!?」
「クロード様の前で余計なことを……!」
「埋もれてるって、ほんとに埋もれててわかんないですよクロード様。預かったならわけといてくださらないと」
ウォルトが贈り物の山を見上げて苦言を呈する。カイルは首をかしげた。
「そもそもどうして俺達まで?」
「僕と一緒にいるところをよく見られていたからな。いつも一緒にいる白と黒のおつきの人にと言われた」
「今、よくって言いましたねクロード様? この二人がバレンタインの対象になるくらい連れて歩いたと、ほう」
目を光らせたキースに、ウォルトとカイルがびくっと身を引く。クロードは嘆息した。
「いいじゃないか別に。バレンタインくらい見逃してやれ。この二人が直接受け取ったわけでもないんだし」
「ちょっと待ったあぁクロード様! まさかわたさない気ですか、俺のでしょ!?」
「受け取ってしまったならさすがに確認させて頂かないと……礼もできません」
「何を言っているんだ。僕の許可なくお前達を狙う女性など却下だ。お前達がつきあう女性は僕がきちんと選別する」
ウォルトとカイルがその場で膝から崩れ落ちた。同情したのか、ゼームスが眉をしかめて口を開く。
「お気に入りなのは結構ですが、さすがに干渉しすぎでは?」
「大丈夫だゼームス、アイリーンに横恋慕しないようお前にも僕が用意する」
「そんな話を私はしてませんが……!?」
「あの……俺はそういうのないですよね?」
「……君は」
周囲を見ながら不安がるオーギュストを見て、クロードは赤い目を細めた。
「……多分、僕が選ばなくて大丈夫だ。放っておいても、とても女性で苦労する気がする」
「えっ!?」
「魔王様って予言もできるんですか!?」
ドニのキラキラした目にキースが苦笑いを返した。
「そういうのはないんですけど、なんか大体当たるんですよねえ、我が主の勘……」
「ボク! ボクどうなりますか、魔王様、見て欲しいです!」
「君は大丈夫だ、幸せになる」
「やったー!」
ドニが両手を挙げてはしゃぐ。ベルゼビュートが嬉しそうに笑った。
「よかったな、ドニ。王の言うことに間違いはない」
「あーじゃあオジサンも聞いちゃおうかなと」
「あとは全員、大体苦労する」
そろいもそろって愕然とする顔が面白い。
(どう考えたって報われるわけがないだろう)
ひとの婚約者に一途に仕えておいて。
クロードは皮肉の代わりに勘を口にする。
「ちなみに女難の相は上から順番にオーギュストで」
「なんで!? なんで俺がそんなに上!?」
「安心しろ、それは未来の話だ。現在のトップはアイザックだ」
「聞いてねーよ聞かせるなよ信じねーから俺は!!」
「あー我が主、我が主。作業完全に止まっちゃいますからそこまでで。全員、そんなに気にせずに、ね」
ぱんぱんと手を叩いてキースが仕切り直す。そして苦笑いまじりに続けた。
「いいじゃないですか、女難も。私めなんか少しも浮いた話がないんですから。チョコだって今年はアイリーン様にもらえましたけど、これだって何年ぶりだか……ベルゼビュートさんだって主ヅテでもらったりしてるのに」
「? 何を言ってる。お前にも毎年チョコがきて」
「ベル」
制したが遅かった。
クロードに関して人一倍聡く、そして誰よりも強いキースが、ゆっくりと視線を向けてくる。
そっと顔をそらして冷めたお茶をすすった。
「……。主?」
「お茶が冷めている、キース」
「クロード様。正直に言わないとわかりますね?」
わかるので、息を吐き出した。その目をしっかり見て言う。
「仕方ないだろう。お前が結婚したら誰が僕の面倒をみるんだ」
静寂のあと、従者の怒りが燃え上がった。立ちはだかったのはもちろん護衛だ。
「どどどどど、どうどうどうキース殿、落ち着こうよやだなー! クロード様、謝って!」
「嫌だ」
「子どもか! やだなあ私めが教育間違えましたね……!?」
「刃物は、刃物はどうか使わないでいただけると! 向けられると俺達も対処せざるをえないので!」
「やり方ってもんがあるだろーになあ、オジサン同情したぞさすがに……」
「……その内ハゲるぞ、あの従者」
「ハゲにきく薬を作っておいてあげようか、クォーツ」
クロードの周りはずいぶん明るくなった。
ぶち切れたキースを必死で止める二人の護衛、おろおろするベルゼビュートに呆れるゼームス。女難とつぶやいてまだ落ち込んでいるオーギュストに、呆れた眼差しでこちらを見ているアイザック達。
そして一番は。
「いったい何の騒ぎなの!? わたくしがちょっと離れていた隙に何をしたんです、クロード様!」
仰天したアイリーンが駆け込んでくる。それだけでクロードの唇は柔らかくほころんだ。
幸せというのはこういう日々のことをいうのだ。
「気にしなくていい、アイリーン。それよりホワイトデーのお返しに希望は何かあるか?」
「えっ……わ、わたくしは……その……クロード様からいただけるならなんでも……」
「この状況でよく色ボケてられんなおい!」
「何がホワイトデーだ私めのバレンタインを返してくださいませんかねえこの馬鹿主!!」
周囲が何かわめいているが、クロードは可愛い婚約者だけを見つめてとっておきを約束する。
もちろん、彼女がチョコレートケーキに仕込んだ自白剤には気づいている。何故そんな真似をしたのかはわからないが、どうせ自分にはきかない。だがけじめとして、仕置きは必要だ。
(やはりここは、氷の屋敷だな)
きっとホワイトデーもにぎやかだろう――色んな意味で。
ここまでおつきあい有り難う御座いました。
皆様の応援のおかげでどうにか2月中に終わりました~今日は2月42日ですから!3月まだきてませんから!
なお、白い日はお亡くなりになられました。
次回更新は第三部の予定です。
少しまた間があくと思いますが、4月を目処に待っていていただけたら嬉しいです。
感想・評価・レビューなど、本当に励みになっております。第三部も楽しんでいただけるよう、執筆頑張ってきます。
連載、書籍、コミカライズと色々ありますが、引き続きアイリーン達を宜しくお願いいたします。




