乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【5箱目】
魔物達が向かった方向を追うと、廊下に並んでいる魔物達の姿を見つけた。どうやらチョコレートの配給待ちをしているらしい。
「はい、アーモンドさんはこれを森に残っている皆さんに配ってくださいね。クロード様に送ってもらってください」
「了解! 了解!」
「次はシュガーさん。これはミルチェッタにいる魔物達用です。欲しがるとは限らないので、呼びかけをお願いしますね」
「任セヨ」
「あとの皆さんはベルさんから一つずつもらってください。並び直しは駄目ですよ、一人一個! 守れない子は主に言いつけちゃいますからねー」
さすが、魔物の扱いに手馴れている。ベルゼビュートもキースの指示どおり、魔物達にチョコを配り始めた。
感心しながらアイリーンは廊下から配給所と化している部屋へと入る。
「キース様、さすが手際がいいわね。でもクロード様はずるをした魔物をかばうんじゃないかしら?」
「いいんですよ、そしたらクロード様にその分仕事してもらいますから」
魔王の扱いにもたけていた。
両腕を組んでアイリーンはその手際を観察する。
(この人に負けないようクロード様を飼えるようにならなくちゃ)
きっとクロードのことを一番知っているのはこの従者だ。重ねた年月が大きいが、そこで引く気はない。
「キース様、わたくし負けないわ。このチョコは宣戦布告だと思って受け取ってちょうだい」
「ちょっと意味がよくわからないですけど、いただけるならありがたくもらいますね」
「ベルゼビュート、あなたにも持ってきたのだけれどもらってくださる?」
「俺に? ああ、ばれんたいんというやつだな」
「あら、ちゃんと知っているのね」
感心すると、ベルゼビュートがとたんに得意げな顔になった。
「もちろんだ。何せ毎年王が」
「ベルさん」
仁王立ちしたベルゼビュートがキースの呼びかけにそのまま固まった。
一方、聞き逃さなかったアイリーンは、あきらかに制止したキースの方にゆっくりと笑む。
「……毎年、クロード様が?」
「楽しみにしてらっしゃいますよ、我が主。なにせ婚約者がいる初めてのバレンタインですからね」
その初めては『婚約者がいる』にかかるのか、それとも『バレンタイン』にかかるのか。
視線でそれを訴えたが、キースはまったく変わらない笑顔で黙秘した。その様子を見てベルゼビュートがそうっと下がり、魔物達へのチョコ配給を再開する。
よくよく考えると、世間に疎い魔物達がバレンタインだからチョコをもらえると知っていることからして、察するべきだった。
つまりはそういうことだ。
察したアイリーンの内心を見通したのか、キースが慈しみ深く微笑む。
「私めはアイリーン様の器の大きさを信頼してますよ」
「そうね、疑問を持ったわたくしが間違っていたわ。あの顔だものね」
「ええ、あの顔ですから」
「ベルゼビュート」
「な、なんだ」
びくびくしながらベルゼビュートが振り返る。その口にアイリーンはひょいとチョコを放り込んだ。目を白黒させながらベルゼビュートがもぐもぐそれを食べる。
「あなたも魔物だから大概そういう顔よね……」
「? ??」
「あなたはいい子でいてね。わたくしの癒しなのよ」
よしよしと頭までなでて、アイリーンはキースに尋ねる。
「クロード様はご自分の部屋にいらっしゃるのかしら?」
「そうですねえ。そろそろお戻りだと思いますよ」
「そう、行くわ」
気合を入れてアイリーンはヒールの音を高らかに鳴らしながら進む。
やっとチョコレートを飲み込んだベルゼビュートが、キースに尋ねた。
「お前、王に呼ばれていただろう。行かなくていいのか?」
「いいんですよ。毎年あれ大変なんですから、アイリーン様に手伝ってもらわないと」
「人間の女どもが王に群れるのはしかたのないことだが……アイリーンは怒らないか?」
ベルゼビュートを含んだ魔物達が不安げに見ている。キースはきっぱり返した。
「我が主の妻になるというのならば、それくらい平然とさばいていただかないとね」
「……そういうものか?」
「そういうものです。大体我が主はアイリーン様のチョコをもらえればいいんですから。まったく、私めだって可愛い女の子から本命チョコの一つくらい欲しいですよ」
「お前は一生無理だ。王が許さない」
迷いのない断言に思わず真顔で見返す。ベルゼビュートだけではなくその周囲の魔物までうんうん頷いていた。
キースは笑顔を深くする。
「はい、お菓子は没収です全員」
「何故ダ!?」
「小姑、小姑!」
「誰ですか今小姑って言ったの。連帯責任で明日もお菓子抜きです」
「横暴! 横暴!」
ぎゃあぎゃあわめこうが、魔物達はなんだかんだ最終的にはキースに泣きついてくる。
魔王の小姑は強いのだ。ひょっとしたら魔王よりも。
■
やっと最後の一つ、大本命だ。
両開きの扉の前で深呼吸をする。
(いよいよ相思相愛の大本命……わたくしの初のバレンタインと言っても過言ではないわ)
絶対に成功させてみせる。何をもってして成功と言うのかわからないが、成功させて過去のもろもろを笑い飛ばしてやるのだ。
扉の取っ手に手をかける。女は度胸だ。
「失礼しま――」
「遅いぞキース。早く片づけなければアイリーンが」
大量の贈り物の山を横に、愛しい婚約者と見つめ合う。
次の瞬間、雷が落ちた。
思わず目をつぶってまた開くと、クロードの背後にあった贈り物の山が消えていた。まさしく魔法のように。
「ああ、よくきてくれたアイリーン」
今日も今日とて美しい魔王が微笑む。
しかしその山をしっかりと見たアイリーンは、そのまま吠えた。
「今、隠しましたわね!?」
「なんのことだ」
「わたくしは見ましたわよ、チョコレートの山! どこからかっぱらってきたんですの!?」
「チョコレートの山? 見間違いだろう、何もないじゃないか」
「クロード様!!」
すっとぼけるクロードの顎をつかんで下からにらむ。美貌の魔王はそれを見つめ返した。だが、アイリーンは見逃さない。
「さっきから窓ががたがたいってますわよ、クロード様」
もちろん窓をすさまじい勢いで叩いているのは、動揺という名前の突然の強風である。
「わたくしはごまかされません。さあ、ちゃんと隠したものをお出しになって」
「な……なにも、かくしてなど」
「出さないとわたくしのチョコあげませんわよ!!」
もう一度雷が晴天から落ちたのは言うまでもない。




