乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【4箱目】
だいぶ軽くなってきたかごを片手に回廊を歩いていると、中庭が騒がしいことに気づいた。声のする方にそのまま近づくと、声がはっきり聞こえてくる。
「はいそこまで。それ以上は掘りすぎですからね。じゃあ今度はこの苗を」
「リュック、クォーツ。アーモンドたちまで、何をしてるの」
「アイリーン様」
魔物――とはいえ、小さな体の者達ばかりだ――に囲まれたリュックが白衣を着たままにこやかに立ち上がる。クォーツはちらとこちらを見て、すぐ掘り起こされた地面に目を戻し、そわそわしている魔物達にお手本を見せるように苗を植え始めた。
「何をしているの?」
「魔物達にガーデニングを教えてるんです」
魔物がガーデニング。目を丸くしてしまったが、いつもうるさいアーモンドもクォーツの手元をじっと凝視している。
「ナニ、デキル?」
「苺だ」
「明日、デキル?」
「明日がたくさん続いたらできる」
「魔王様、食ベル?」
「ああ。皆で収穫すればいい」
アーモンドを含む魔物達がクォーツの言葉少ない説明に目を輝かせている。
そっとその輪からはずれてリュックがそばまでやってきた。
「動物に近い魔物達が興味持ってくれるんです。苺とか果物はどうしたら作れるのか相談されまして」
なるほど、食い意地か。
「森では魔物達が花を育てることにも挑戦してるんですよ。魔王様に内緒で」
「まあ……ひょっとしてプレゼントするつもりなの?」
「みたいです。花束を作りたいそうで」
「完成したら、異常気象が起きるわね」
クロードが感激しすぎて太陽が西から東に沈むかもしれない。遠い目でリュックも頷いた。
「他の植物への影響が心配です。できるだけ対策はしてるんですが……」
「苦労をかけるわね……でもあなた達の研究の邪魔にはなっていない?」
「大丈夫ですよ。病気になって枯れてしまった時なんか大騒ぎされましたが、とても楽しいです。クォーツなんか、あれで内心とても喜んでますよ」
「クォーツ、クォーツ! 虫、イル! 殺ス?」
「……大丈夫、これはいいやつだ」
「イイヤツ! 殺サナイ!」
「土はそうっとだ、リボン。そっちは掘りすぎないように」
「きゅいっ」
魔物に囲まれた眼帯の青年は、不吉な見た目と裏腹に優しい。魔物達に好かれるのもわかる。
「いつまでも邪魔するのも悪いわね。はい、これ。バレンタインよ。あなたは五つね」
「ああ、ありがとうございます。あ、でもちょっと手が泥だらけで」
「いいわよ、東屋に置いておくわ。クォーツ、あなたの分もあるから」
声をかけると、しゃがんで作業をしたままこくりと小さく頷き返す動作が見えた。だがお菓子に目がない魔物の方が、一斉に飛んでくる。
「チョコ! チョコ!」
「きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい」
「ああもう静かになさい。あなた達の分はちゃんとレイチェルと一緒に作ったわ。キース様に預けたから」
「キース!!」
叫んだと思ったら魔物達が一斉に駆けだした。どこにいるかわかるらしい。
土埃をたてて飛んでいく集団にアイリーンはどなる。
「こら、作業中でしょう!?」
「……かまわない。もともと手伝ってもらっていたんだ。またひょっこり戻ってくる」
膝の土をはらい、クォーツが立ち上がる。そしてアイリーンが東屋に置いたチョコレートを見て、またこちらを見た。
「……魔王には?」
「一番最後よ。本命だもの」
「……幸せか?」
唐突な問いの意味をきちんと把握して、嘘偽りなく微笑む。
「とっても」
「……ならいい」
「でもあの時だって、わたくし不幸じゃなかったわ。あなた達がいたもの」
もし誰もいなかったら、アイリーンはただ傷ついた思い出だけを抱えて、いじけていたかもしれなかった。今年こそなんて張り切れるのは、皆がいたからだと思っている。
だから。
「今回のバレンタインでクロード様とまた絆を深めるつもりよ」
「……絆を深めるために盛るのはどうかと……」
「確実に仕留めるためには必要なことよ。わたくしはまだまだあの方のことを知らないわ」
「……そうか」
「アイリーン様。効果のほど、報告くださいね」
「もちろんよ」
ぐっと二人と握手してから、アイリーンはきびすを返す。次に向かうのは、魔物達が追っていったキースのところだ。
足取りと一緒に揺れるスカートの裾は、アイリーンが本当に楽しんでいるからきっと軽やかに舞うのだろう。
それを見て切ないような気分にはなるけれど、ほっとするのも本当だった。
「うまくいくといいね、アイリーン様」
「うまくいく方がいいのか……?」
「いいじゃないか。もし泣かせたら僕たちが確実に仕留めればいい」
「……あの薬はまだ開発中だ。まだ確実には無理なのでは?」
「でもそれよりセドリック皇子はもうそろそろ仕留めていいかな」
クォーツの返事がない。いつでも仕留めていいと思っているのだろうなと、リュックは察した。
もうあんなアイリーンは見たくない。
『受け取ってくださらなかったの、セドリック様』
『うちのシェフに作らせたんだろうって。……それをさも自分が作ったみたいな顔をするのは、みっともないって』
『わたくし、言えなかったの』
『リリア様に負けないように、手作りのお菓子をずっと練習してたなんて、言えなかったの……』




