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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
挿話2

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乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【4箱目】

 だいぶ軽くなってきたかごを片手に回廊を歩いていると、中庭が騒がしいことに気づいた。声のする方にそのまま近づくと、声がはっきり聞こえてくる。


「はいそこまで。それ以上は掘りすぎですからね。じゃあ今度はこの苗を」

「リュック、クォーツ。アーモンドたちまで、何をしてるの」

「アイリーン様」


 魔物――とはいえ、小さな体の者達ばかりだ――に囲まれたリュックが白衣を着たままにこやかに立ち上がる。クォーツはちらとこちらを見て、すぐ掘り起こされた地面に目を戻し、そわそわしている魔物達にお手本を見せるように苗を植え始めた。


「何をしているの?」

「魔物達にガーデニングを教えてるんです」


 魔物がガーデニング。目を丸くしてしまったが、いつもうるさいアーモンドもクォーツの手元をじっと凝視している。


「ナニ、デキル?」

「苺だ」

「明日、デキル?」

「明日がたくさん続いたらできる」

「魔王様、食ベル?」

「ああ。皆で収穫すればいい」


 アーモンドを含む魔物達がクォーツの言葉少ない説明に目を輝かせている。

 そっとその輪からはずれてリュックがそばまでやってきた。


「動物に近い魔物達が興味持ってくれるんです。苺とか果物はどうしたら作れるのか相談されまして」


 なるほど、食い意地か。


「森では魔物達が花を育てることにも挑戦してるんですよ。魔王様に内緒で」

「まあ……ひょっとしてプレゼントするつもりなの?」

「みたいです。花束を作りたいそうで」

「完成したら、異常気象が起きるわね」


 クロードが感激しすぎて太陽が西から東に沈むかもしれない。遠い目でリュックも頷いた。


「他の植物への影響が心配です。できるだけ対策はしてるんですが……」

「苦労をかけるわね……でもあなた達の研究の邪魔にはなっていない?」

「大丈夫ですよ。病気になって枯れてしまった時なんか大騒ぎされましたが、とても楽しいです。クォーツなんか、あれで内心とても喜んでますよ」

「クォーツ、クォーツ! 虫、イル! 殺ス?」

「……大丈夫、これはいいやつだ」

「イイヤツ! 殺サナイ!」

「土はそうっとだ、リボン。そっちは掘りすぎないように」

「きゅいっ」


 魔物に囲まれた眼帯の青年は、不吉な見た目と裏腹に優しい。魔物達に好かれるのもわかる。


「いつまでも邪魔するのも悪いわね。はい、これ。バレンタインよ。あなたは五つね」

「ああ、ありがとうございます。あ、でもちょっと手が泥だらけで」

「いいわよ、東屋に置いておくわ。クォーツ、あなたの分もあるから」


 声をかけると、しゃがんで作業をしたままこくりと小さく頷き返す動作が見えた。だがお菓子に目がない魔物の方が、一斉に飛んでくる。


「チョコ! チョコ!」

「きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい」

「ああもう静かになさい。あなた達の分はちゃんとレイチェルと一緒に作ったわ。キース様に預けたから」

「キース!!」


 叫んだと思ったら魔物達が一斉に駆けだした。どこにいるかわかるらしい。

 土埃をたてて飛んでいく集団にアイリーンはどなる。


「こら、作業中でしょう!?」

「……かまわない。もともと手伝ってもらっていたんだ。またひょっこり戻ってくる」


 膝の土をはらい、クォーツが立ち上がる。そしてアイリーンが東屋に置いたチョコレートを見て、またこちらを見た。


「……魔王には?」

「一番最後よ。本命だもの」

「……幸せか?」


 唐突な問いの意味をきちんと把握して、嘘偽りなく微笑む。


「とっても」

「……ならいい」

「でもあの時だって、わたくし不幸じゃなかったわ。あなた達がいたもの」


 もし誰もいなかったら、アイリーンはただ傷ついた思い出だけを抱えて、いじけていたかもしれなかった。今年こそなんて張り切れるのは、皆がいたからだと思っている。

 だから。


「今回のバレンタインでクロード様とまた絆を深めるつもりよ」

「……絆を深めるために盛るのはどうかと……」

「確実に仕留めるためには必要なことよ。わたくしはまだまだあの方のことを知らないわ」

「……そうか」

「アイリーン様。効果のほど、報告くださいね」

「もちろんよ」


 ぐっと二人と握手してから、アイリーンはきびすを返す。次に向かうのは、魔物達が追っていったキースのところだ。

 足取りと一緒に揺れるスカートの裾は、アイリーンが本当に楽しんでいるからきっと軽やかに舞うのだろう。

 それを見て切ないような気分にはなるけれど、ほっとするのも本当だった。


「うまくいくといいね、アイリーン様」

「うまくいく方がいいのか……?」

「いいじゃないか。もし泣かせたら僕たちが確実に仕留めればいい」

「……あの薬はまだ開発中だ。まだ確実には無理なのでは?」

「でもそれよりセドリック皇子はもうそろそろ仕留めていいかな」


 クォーツの返事がない。いつでも仕留めていいと思っているのだろうなと、リュックは察した。

 もうあんなアイリーンは見たくない。



『受け取ってくださらなかったの、セドリック様』

『うちのシェフに作らせたんだろうって。……それをさも自分が作ったみたいな顔をするのは、みっともないって』

『わたくし、言えなかったの』

『リリア様に負けないように、手作りのお菓子をずっと練習してたなんて、言えなかったの……』





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[一言] 最後の回想が、辛い……
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