乙女ゲームの世界なので、バレンタインがあります【3箱目】
さて今度はどこに向かうべきか。
宮殿の出入り口である大広間で迷っていると、ミーシャ学園の制服を着た二人が帰ってきた。
「ウォルト、カイル。今日は学生なの?」
「そー。生徒会役員として色々準備をね。通常授業はまだ復活できないけど、せめて卒業式くらいはやれるようにって学園長兼魔王様のお達しだから」
「ゼームスとオーギュストを雑事で使うわけにはいかないしな。今、追込み中なんだろう」
「ふふ、なんだかんだあの二人に優しいのね」
「で、アイリちゃん。バレンタインだろ? 本命は常時受付中だよ」
ぱちんとウィンクするウォルトの手には、あふれんばかりのチョコがつめこまれた紙袋がある。どうやら学園に行って大量に釣ってきたらしい。
「女の子とトラブルを起こしてないでしょうね?」
「やだな。俺の本命はアイリちゃん。君一筋だよ」
「女の子を泣かすような真似をしたら、わたくしが直々に折るわよ」
色っぽい微笑を浮かべたままウォルトが頬を引きつらせた。
「……折るって、その、何を? 心を?」
「はい、あなた達は一年目だから一つずつ。来年は二つよ」
「うっわあ色気のない渡し方。もうちょっとこう」
「あ……ありがとう、アイリ」
文句を言うウォルトの横で、両の掌でチョコを受け取ったカイルがはにかみながら言った。きゅんとアイリーンの胸がときめく。はっとカイルがまばたきした。
「い、いや。今はアイリーン様、だな。すまない、まだ慣れなくて」
「……カイル……あなたにウォルトの分もあげちゃおうかしら」
「えっちょっと待ってアイリちゃん! カイルお前、そういうのずるくない?」
「ずるい? わけのわからないことを言うな」
「あーもうやだ、学園では冷たくぜーんぶ断ってたくせに」
「その気もないのに優しくする方が残酷だ」
そう返されて、ウォルトは薄く笑う。
「これ持ってきた女の子たちがそんな本気なわけないだろ」
「ウォルト、そういう考え方はやめなさい」
「ま、本気だったとしても? 俺達にそんな時間はないけどね」
ゲームの知識があるアイリーンには、ウォルトの言う時間が寿命の話であることがわかった。総じて名もなき司祭は寿命が短いのだ。
教会に人間兵器として教育され、道具扱いされてきた二人はどうにも自虐癖が抜けない。
クロードに仕える人間がそれでは困ると、アイリーンは仁王立ちした。
「ウォルト、カイル。あなた達はクロード様の大事なおも――お気に入りなのよ」
「今、おもちゃって言おうとしたよね!?」
「大して差はないからいいでしょう。あなた達がまっとうに生きていけるよう、問題はクロード様がすでに反則技で回避済みよ。あなた達の体はとうの昔に」
「なんか嫌な予感がするから聞きたくない!」
「お、俺も遠慮する」
あとずさって耳を塞ぐ二人に、アイリーンは呆れた。往生際が悪い。
「しっかりなさい。クロード様は本気よ。わたくし、あなた達に見合いをセッティングするよう頼まれているもの」
「ちょっそのネタまだ続いてたの!?」
「クロード様は言い出したらきかないからな……最近わかってきた……」
「せっかくだから聞いておくわ。好みの女性のタイプはある? クロード様に探されるよりわたくしが探す方がいいでしょう」
親切心でそう言ったのに、ウォルトもカイルも顔を見合わせた。
「……どっちも変わんないよねえ」
「それより自分で探すという選択肢が欲しいのだが」
「恋愛結婚したいということ? それならそれでいいけれど……でも、そもそも魔王の護衛の奥さんに普通の女性が立候補してくれるのかしら」
ふと考え込んだアイリーンに、ウォルトが焦った様子で言いつのる。
「いやいや、そりゃ俺達の仕事特殊だけど、手取りもいいしいずれ皇帝の護衛だから! 自分で言うのもなんだけど顔もいいし、優良物件だから!」
「……そういう考え方はどうかと思うが、その、妻帯者になれるものならきちんと家庭を守るくらいの甲斐性は持っていると俺も思う」
「クロード様が横から口を出してきたとしても?」
あの魔王は何をしでかすかわからない、色んな意味で。
護衛になってそれを誰より痛感しているだろう二人が、そろって黙ってしまった。だがアイリーンは容赦なく追い詰める。現実を見つめることは大切だ。
「しかもクロード様はあの顔よ? あなた達がいいなと思った女性を片っ端から魅了していかないか、わたくしは心配なのだけれど」
「た、確かにクロード様は他に類を見ない美形だが……」
「皇帝になれば経済力と身分は保障されるし、くわえてクロード様は優しいし包容力もあるしちょっと困ったところもあるけれどそこがまた可愛いし、礼儀正しいし文武両道で尊敬できるしどこもかしこも完璧なあの顔だし」
「のろけだと思ったら顔が二回くるんだ……?」
「あんな素敵な男性がそばにいたらあなた達……まともな恋愛結婚は……できないんじゃないかしら……?」
アイリーンの懸念にウォルトもカイルも黙り込んだ。
そんな二人の肩を、ぽんと叩く。
「がんばりなさい。わたくしが毎年チョコをあげるから」
返事がない彼らの幸を願ってアイリーンはそっと立ち去る。
取り残された二人は、手に残ったチョコを持ったままつぶやいた。
「……将来のこと……考えような……」
「そうだな……」
主君の婚約者を護るのもまた仕事だなどと、感傷にひたっている場合ではない。こうなったら意地でもあたたかい家庭を築いて可愛い子供に囲まれて暮らすのだ。詳細は絶対に聞きたくないが、魔王様が寿命をなんとかしてくれたようだし、自分たちにはもう未来がある。
だが結婚式に魔王様の出席を迎え入れてくれる花嫁は、そうそういない気がした。




