魔王様と新しい護衛たち 其の八(終)
「いったい何があったのか説明してくださいませ、クロード様」
そう言って主の婚約者が両腕を組んで仁王立ちした。
素知らぬ顔で、主はとぼける。
「なんの話だ?」
「昨夜! いきなり郊外の屋敷が爆発した話と、何故かミルチェッタの教会の大聖堂にのみ雷が落ちまくって半壊した話です!」
「それは大変だ。お見舞いに行かなければ」
真面目な顔で答えたクロードの斜め後ろで、ウォルトは噴き出しそうになるのをこらえる。逆方向に立っているカイルが涼しい顔をしているのだから、自分がぼろを出すわけにはいかない。
ばんと音を立てて両手で執務机に手をつき、アイリーンがクロードの方へと身を乗り出した。
「クロード様でしょう」
「キース、お茶を入れてくれ。アイリーンがきているんだ、仕事はやめよう」
「だめです、その書類はすべて今日中です」
「……」
「今日中です」
「その前にクロード様! 説明してくださいませ、事と次第によってはわたくし怒りましてよ! 何がありましたの。まさかウォルトとカイルになにか」
「アイリーン」
上半身を乗り出しているアイリーンに、クロードも椅子に座ったまま身を乗り出し、ささやく。
「怒る君も可愛い。だが、僕以外の男性に気を取られるのは駄目だ」
「だっ……誰もそんな話はしてません!!」
声をひっくり返しながら、アイリーンが執務机の前から壁際まで逃げ出した。
真っ赤なのは怒りか恥ずかしさか、ウォルトにはわからない。だが半泣きになっているあたり、彼女はそもそもこういうことが苦手なのだろうとはわかった。
(魔王様も人が悪いね、わかっててやるんだから)
それでも踏ん張って策を巡らせるのがアイリーンの可愛いところなのだろう。きっとにらまれて、ウォルトも悪い気はしない。
「ならいいです。ウォルト、カイル、あなた達が説明して!」
「変な天候に見舞われるとか、教会も災難だよね」
「局地的に雷が落ちることはままあるらしいな。おそらく建物の構造によるのだろう」
「クロード様の味方をする気!? キース様、なんとかおっしゃって!」
「長年クロード様に仕えてると突然雷が落ちたくらい気にならなくなっちゃうんですよねえ」
しらっとした回答に、アイリーンが悔しそうな顔をした。
ひそかにウォルトはキースの対応に舌を巻く。キースは教会に呼び出され、ウォルトとカイルを連れて密談へ向かったことしか知らない。だが事情を聞こうともしないあたり、すでに情報をつかんでいるか、些細なことだと切り捨てているのだろう。
「そう……そろいもそろって昨夜は何もなかったとおっしゃるのね……!」
アイリーンが両の拳を握って震えている。キースの出した紅茶を一口飲んでから、クロードが言った。
「そんなに昨夜の僕が気になるなら、今夜から僕の寝室に訪ねてくるといい」
「もういいですわかりました! 好きになさったらいいんだわ」
ふんとそっぽを向いてきびすを返したアイリーンは、そのまま執務室を出て行ってしまった。ばたんと閉じられた扉が、勢いよく音を立てる。首をすくめてそれを聞いたあと、カイルがこっそりと耳打ちした。
「……いいんですか? クロード様。怒らせてしまったのでは」
「そうだな。僕のことで頭がいっぱいに違いない。むきになって僕のことを調べまわるのだろうと思うと、愛しさで胸がいっぱいになる」
「本気で言ってるよタチわるっ」
「それでもこの仕事は今日中ですからね、我が主」
「……」
決してぶれない従者にクロードは嘆息した。
「お前達も早く婚約者を見つけるといい。そうしたら……」
ふとクロードはまばたいた。ろくでもないことに違いないと、ウォルトはカイルと身構える。
「……僕が結婚式に参列できるじゃないか。楽しそうだ。早く二人とも結婚するといい」
「そんな理由ですか!?」
「しかもろくでもないお祝いとか持ってきますよね、絶対……」
「この仕事は今日中に終わらせたら、この二人が一刻も早く結婚式できるよう考えますよ、我が主」
「本当かキース」
「いやちょっとキース様、待ってくださいよそんな理由で俺達の人生決めないで!」
「そもそも相手がいません!」
「適当につかまえてすぐ別れるのはどうだ? 僕は離婚の相談にものりたい」
「護衛はおもちゃじゃありません、クロード様……」
頭痛をこらえるような顔でうなっているカイルの横で、ふとウォルトはひらめいた。
やっと仕事をする気になったのか羽ペンを取ったクロードに、にんまりと笑いかける。
「クロード様、俺達より早く結婚式を挙げて欲しそうな相手、身近にいますよ。アイザックとレイチェルちゃんです」
羽ペンを持ったままクロードがこちらを向いた。同時に執務室に活けて有った花瓶の花が、一斉に成長しだす。まるで春の訪れだ。
「それは応援しなければいけないな。ぜひ僕が相談にのろう」
「あの二人、そんな仲だったのか!?」
「カイルお前にぶい。見てたらわかるだろー? まだレイチェルちゃんの片思いっぽいけど、魔王様が応援するなら百人力だね!」
「キース、何かいい案はないか」
「この仕事が終わったら考えて差し上げますよ」
「……どうしても今日中か」
眉をひそめたクロードに、キースは笑顔で頷き返した。
「今日中です」
「身近な人の幸福がかかっているというのに……」
「何言ってんですか、アイリーン様に近い男を手っ取り早く処分したいだけのくせに」
「キース……お前は何か誤解している。僕はそれと同じくらい、誰かの結婚式にも招待されたいんだ」
威張って言うことかと思ったが、出てくるのは脱力した笑みのみだ。
(結婚式、ねえ……俺もまともに参列したことないけど)
おそらくアイザックとレイチェルより、クロードとアイリーンが結婚する方が早いだろう。だとしたら、初めての結婚式の参列は自分の主の式ということになる。
きっとその日もウォルトはこの人を護っているのだろう。そしてこの人が護るアイリーンの花嫁姿を、切ないようなさみしいような、けれど誇らしい気持ちで見るのだろう。
(うん、悪くないね)
そういう未来が描けるなんて、昨日までは考えられなかったのだから。
「そういえばウォルト、カイル。体調はどうだ? お前達のことだ、すぐなじむと思うが」
「……何の話ですか?」
「言っただろう。昨夜、お前達が教会にかけられていた魔法を書き直したと」
そういえばそんなことを聞いたような聞かなかったような。
嫌な予感に身構えるウォルトとカイルに、さわやかに魔王は言った。
「僕がお前達を呼び出したいときはいつでも伝わるよう、特別な鈴の音が聞こえるようにしておいた。これでお前達を朝昼晩二十四時間いつでも呼び出すことができる」
「は!? なんでそんなわけのわからんことするんです!?」
「さみしい時に君たちを呼べれば便利だろう」
「あんたほんとに護衛をなんだと思ってるんだ!!」
「今すぐはずしてください!」
「何故?」
尋ねられて答えにつまってしまった。間違った答えを言ったら怖い気がする。
たっぷり数秒黙り込んでいる間に、キースが笑いをかみ殺している。それではっとカイルが顔を上げた。
「……そ、そうです。キース殿はつけておられるのですか!?」
「キースは呼ばなくてもくる。むしろくるなと言ってもくる」
すねたような言い方に、ふと正解がひらめく。
ため息を吐いて、なんでもないことのようにウォルトは言った。
「――あのねえ、クロード様。俺達だって呼ばなくたってきますよ」
だって護衛なのだから。
カイルも呆れた顔でつけたした。
「あなたの御身を守るのが俺達の仕事ですので」
「……。そうか?」
「そうです」
そろって頷き返した二人に、クロードがもう一度、そうかと繰り返した。
キースが小さく正解と返す。ほっとしたあとで、カイルと思わず目配せをしあった。
魔王様の護衛になる道のりは長い。きっとこれからも数多の苦難が待ち受けているだろう。
だが自分で未来を選択できたことは紛れもない幸福だった。
逃げ出したい、いつかきっとどこかへ。
もう、そんな風には思わない。
「ならいつでも僕と会話ができる魔法に書き換えよう」
「「やめてくださいお願いします」」
――たぶん、きっと、おそらく。




