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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
挿話2

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魔王様と新しい護衛たち 其の三

拝啓 司教様

 お元気でしょうか。俺は元気にやっております。

 先日は魔王と皇都にてお茶を共にしました。男三人で地獄だなどとウォルトは嘆いておりましたが、少しでも情報を得るべく積極的に交流をとってみたところ、魔王は俺がすすめた苺タルトを気に入り、お持ち帰りに至りました。

 とある晩餐会では魔王の人間関係を把握すべく目を光らせておりましたが、魔王も我々をまだ警戒しているのか、ローストビーフがおいしいとひたすらローストビーフを運ぶ役を押し付けられました。ウォルトはローストビーフにかけるソースを魔王と選んでいる始末。断固許すまじと思っておりましたが、今思うとあれも魔王を油断させる作戦なのかもしれません。俺も精進致します。ですが、魔王手ずからローストビーフをわけていただく程度には信頼関係を築けたと明記しておきます。

 魔王は俺達を疑っている様子はありません。どこへ行くにも俺達をつれていればいいと最近は思っているようです。意外と魔王はふらふら出かけております。お忍びが好きでしょっちゅう皇都の下層区域に素顔で出歩きます。本人は気づかれていないと思っていますが、顔があれですので周囲には完全にばれています。目立っているので狙うにはおすすめできません。目を離すといつの間にかいなくなるため、いつどこに現れるのかも予想がつきません。そのせいで、キースという従者に俺達の管理不足で魔王がふらふら出かけるのだと怒られております。まことに遺憾であります。

 このように魔王は瞬間移動が可能であり、逆に視界に入るものも強制移動させられるようです。魔王に刃物を向けて突撃してきた者が、突然できた穴に落ちてどこぞへ消えたこと数回。これに関しては我々がいるのでつかまえる方向でと提案し今では俺とウォルトで対処しておりますが、その様子をなぜか魔王は非常に嬉しそうに眺めており、むずがゆい気分です。

 魔物達も菓子を与えれば味方になってくれることもわかりました。ウォルトなど、飴玉を持ち歩いて色々情報を集めているようです。魔物達は魔王の命令が絶対のようで、あまたの魔物を殺してきた”名もなき司祭”である俺達を信頼しております。ただ魔王が信じたからと、それだけで。

 そのせいなのでしょうか。我々の標的であったゼームスは、恨み言を言いません。むしろ魔王に振り回される俺達を憐れんでいるようです……。

 空を飛び、魔物達を使役し、強大な魔力を操る魔王。しかしただの人間であると、俺は確信します。

 ならば、和解が可能ではないか。半月ほど魔王とその周りを探り、そう具申したく筆を取りました。

 襲撃にも何度かあいましたが、あれは教会の手によるものだったのでしょうか。もしそうなら結果は耳に入っているはずです。魔王と敵対することは、得策ではありません。

 先に述べたように、魔王は俺達を信頼し始めています。この手紙が検閲されることすらないでしょう。もし司教様がお望みならば、俺はその橋渡しをしたいのです。

 ぜひご一考いただきたく思います。

                    敬具 カイル



「あら、ウォルト。休憩?」


 物思いに耽っていたせいで、いつものふざけた笑顔をはりつけるのが遅れた。

 スープをあわててすすり、一息置いて調子を整える。


「そう、お昼ご飯。クロード様の護衛はカイルと交替中」

「どう? クロード様の護衛は」

「順調だよ?」


 紅茶の入ったカップを持ち上げてみせると、金の髪をゆらしてアイリーンがふふっと笑った。振り回されていることなどとっくに彼女の耳には入っているのだろう。


(……でも、魔王様が襲撃されたってのは知らなさそうだね)


 もし知っていたなら怒って魔王様を怒鳴りつけてそうだ。多分、魔王様が隠しているのだろう。それを知っていること、察せられることに妙な優越感があった。

 なるほど、護衛にはこういう特典があるわけだ。

 紅茶を飲むそぶりで隠れて笑う。


「あら、今笑った?」

「いやいや。で、何の用?」

「珍しく真面目な顔をして考え込んでいたから」

「気のせいじゃない?」

「なにか困ったことがあるんじゃないの? たとえば教会とか」


 職業柄、表情を隠すのは得意な方だ。けれど今回は、アイリーンの顔を見返した。

 前々から思っていたことだが、この女は何かが違う、と思う。それは男装していたからでも、魔王の婚約者だったからでもないのだと今、はっきりわかった。


彼女は何か知っているのだ、ウォルトでさえあずかり知らぬことを。


 失礼するわねと告げて、アイリーンが目の前の席に座る。口元には優雅な笑みを浮かべながら、そっと声を潜めた。


「わかっているだろうけれど、教会は必ずあなた達を使い捨てるわよ」

「……やだなーアイリちゃん、俺達は教会から売られた身だよ。そういうオハナシは一切関係ないでしょ」

「わたくしたちの味方になれとはいわない。無理強いの忠誠なんてあてにならないわ。でも、クロード様の後ろ盾がある以上、時間はかせげる」


 そっとアイリーンが、フォークを持ったままの手を、あたたかい手で覆った。


「だから、やけはおこさないで。ちゃんとあなた達の安全を確保しなさい」


 冷たい手にじんわり体温を分け与えられながら、ウォルトはなんとか唇だけで笑みを作る。


「まるで、俺達を心配しているような言い方だね」

「心配しているわ。なにかあったらクロード様が悲しむ」


 それはなんとなく想像できてしまって、笑い飛ばせなかった。


「わたくしにして欲しいことがあるなら言いなさい。察しろなんて甘えた考えで願いはかなわないのよ」


 それもまた正論だ。

 ずっと息をつめていたことがわかって、深呼吸した。


「……でも相手が望んでないのに助けるなんて、おこがましいだろ?」

「その結果、相手にののしられてもいいならなにも問題ないわ」


 潔くきっぱりと、アイリーンは言った。


「あなたが助けたいなら助けなさい」


 そう言われて初めて自覚する。


(そうか、俺は助けたいのか)


 逃げたいとも思っていない相手を、逃がしてやりたいのだ。

 馬鹿が、自分のひそかな願いにも気づかず真っ向からぶつかっていった。そんなことが通用する相手ではないのに。


「……そっか。アイリちゃんらしいな」

「で、わたくしに何をして欲しいの?」


 ちょっと小首を傾げて楽しそうに待っているアイリーンに、ウォルトは前髪をかきあげてぱちんと片目を閉じた。


「残念ながらなにもないよ」

「この話の流れで? 頑固ね。力を貸してほしいと頼むのも強さよ」

「もういいかな、クロード様に話があるんだ」


 むっとアイリーンが唇をへの字に曲げる。

 それが小気味よくて笑ってしまった。


「……クロード様を頼るの? それは反則じゃないかしら」

「いいね、俺反則大好き」

「でも! クロード様を頼るなら扱いには気を付けてちょうだい」


 立ち上がったアイリーンが両腕を組んで見下ろす。


「あの方はたまにしか常識が通じないわ」

「うん、それは同感」


 深く頷き返すと、アイリーンは嬉しそうに笑って、じゃあねときびすを返す。


(いい女だなあ)


 魔王様の理解者が増えて嬉しそうな顔をするのが、まさに反則だ。可愛いなと思ってしまったではないか。

 もちろん、魔王様に喧嘩を売る勇気なんてないけれど。

 昼食のトレイをさげて、交代のために執務室を目指す。途中で復旧に励むため走り回っている人間たちの姿が見えた。こうして再度観察してみると、ずいぶん貴族が減っている気がする。


(そういえば魔王様が改革したんだっけか。それをゼームスがいずれ引き継ぐ……)


 このまま魔王様がすんなり皇帝になるなどとウォルトは思わない。人間は正しいことを選ばない生き物だ。どんなにいい施政をひいても関係ない。誤報を真実だと信じ、自分は正しいと疑わず、正義の名のもとに弑逆し、守るために排除ができる。

 まして魔王。乗るならそれは泥船だと考えるべきだろう。


「カイル、交代」

「ああ」


 でもきっと沈んだ時に、後悔をしないと思えるなら。


「クロード様。お話があります、少々よろしいでしょうか」


 カイルが部屋を出ていくのを確認したあとで、ウォルトは執務机の前に立った。

 書面に羽ペンでサインを走らせながら、クロードが答える。


「あとではだめなのか?」

「俺達はあなたを裏切っています」


 クロードがぱちんと指を鳴らすと、書面が消えた。羽ペンがふわふわ動いて勝手にペン立てにおさまる。

 ゆっくりと赤い瞳を細めて、魔王が笑う。


「話を聞こう」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が、言葉選びが一々秀逸過ぎる! 地の文もセリフも小説として好きだなー それで居ながら、こう言うべきか怪しいけれど 表現が漫画の様にスルスルと入ってくる。 楽しいなぁ
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