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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第二部

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30


「オーギュスト、聖剣はどうしたの!? それにこいつ、まだ生きてるじゃないの、よ――」


 威勢のいい声が、銃を後頭部に向けられる音にしぼんだ。

 セレナの背後に回り、銃をかまえたカイルがつぶやく。


「その前に答えてもらおう。どうして魔香を持っていた」

「まっ……魔香? なに、それ」

「とぼけるならいい。教会の拷問は甘くないからね、セレナちゃん」

「なにっ……なによそれ、私、知らな――魔物は、ゼームス会長だったんでしょ!? 悪いのは全部魔物じゃないの! ほら、動いてる! 早くやっつけてよ!」


 セレナが青い顔で、起き上がったゼームスを指さす。

 それを見て、真っ先に声をあげたのはオーギュストだった。


「違うだろ、悪いのはセレナだ!」

「オ、オーギュスト……?」

「ゼームスは何もしてないだろ! お前がゼームスを魔物にしたんじゃないか!」


 うつろな顔をゼームスがオーギュストに向ける。

 セレナが顔をこわばらせた。


「も、元々魔物なのにっ……ウォルト先輩! なんとか言ってください、あなたは魔物の味方なんかしませんよね……!? だって、あなた達は魔物を斃すための人だって」

「ああ、否定はしないよ。――けど、俺達は君の味方になった覚えなんかない」

「……それにゼームスは今、人間だろう。俺達は人間を殺す命令は受けてない」


 その回答には、できればゼームスを手にかけたくないという情がにじんでいた。

 それを感じ取ったのだろう。ゼームスが一度、まばたきをする。


「嘘、そんな……そんなのおかしいでしょ!? 私、私はただ――」

「おい、あれなんだ!?」


 誰かの大きな声に、セレナの言葉がかき消えた。

 ゼームスに吹き飛ばされた会場はがれきに囲まれているだけで、ほとんど屋外と同じ状態になってしまっている。

 周囲を見てウォルトが銃をしまった。


「……話はあとだな。さあセレナちゃん、一緒にきてもらおうか」

「待てウォルト。あれを見ろ――空」


 カイルが宵闇にそまった空を指さした。

 アイリーンもその指先を追って、瞠目する。


 放心したような静寂が訪れたのは一瞬だけだった。真っ先に学生達が悲鳴を上げる。


「魔物だ!」

「どうして魔物がっ……あ、あれがアシュタルトかよ!?」

「――しまった、セレナ!」


 ウォルトが気を取られた隙をついて、セレナが逃げ出す。

 混乱している周囲にまぎれてしまって追いかけられず、ウォルトが舌打ちした。


「くそ!」

「魔物の対処が先だ、ウォルト。魔香に引き寄せられている、まだくるぞ」

「――そりゃ、原液ぶちまけられちゃね……!」


 空を埋めつくすようにして魔物がうごめいているのが見える。それらはまっすぐにこちらを目指していた。あのおぞましい煙こそゼームスの一撃で吹き飛んでいたが、香りはまだ充満している。その匂いによってきているのだ。

 魔物達の目が異常にぎらぎらと光って見える。おそらく、正気を失っているのだろう。


 最悪だ。アイリーンは息を吐き出して、吸う。そして立ち上がった。


「……あなたたちは逃げなさい。わたくしがなんとかするわ」

「何言ってるんだ、アイリちゃん」

「アーモンド。他にみんなも、出てきては駄目よ」


 魔香の香りは魔物を狂わせる。今、この場は魔物にとって危険な場所だ。

 月明かりを頼りに影に語りかけるアイリーンに、カイルが眉をよせた。


「何を喋っている。いいから早く、逃げるんだ」

「あいにくだけれど、あなたたちに守られるほどわたくしは弱くないの。わたくしより先に生徒達を避難させなさい」


 髪をうしろに払い、まっすぐに立つ。ああ、と皆に微笑んだ。


「自己紹介が遅れたわね。わたくしはアイリーン・ローレン・ドートリシュ」


 右手に力をこらす。まばゆく輝き剣に変わっていく光に、誰もが目を見開いた。

 だが正気を失った魔物達はひるまない。


(殺しては駄目よ、聖剣)


 心の内で語りかけると、聖剣がそれに呼応するように輝いた。


「――わたくしは、魔王の妻になる女よ」


 魔物は殺さない、人間だって守る。

 そういう魔剣の乙女になるのだ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アイリーンが超絶かっこよいw 数多いるヒロイン…いや、ヒーローを含めてさえ、トップクラスにかっこいいです! [気になる点] 魔王様の頑張りどころw
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