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「オーギュスト、聖剣はどうしたの!? それにこいつ、まだ生きてるじゃないの、よ――」
威勢のいい声が、銃を後頭部に向けられる音にしぼんだ。
セレナの背後に回り、銃をかまえたカイルがつぶやく。
「その前に答えてもらおう。どうして魔香を持っていた」
「まっ……魔香? なに、それ」
「とぼけるならいい。教会の拷問は甘くないからね、セレナちゃん」
「なにっ……なによそれ、私、知らな――魔物は、ゼームス会長だったんでしょ!? 悪いのは全部魔物じゃないの! ほら、動いてる! 早くやっつけてよ!」
セレナが青い顔で、起き上がったゼームスを指さす。
それを見て、真っ先に声をあげたのはオーギュストだった。
「違うだろ、悪いのはセレナだ!」
「オ、オーギュスト……?」
「ゼームスは何もしてないだろ! お前がゼームスを魔物にしたんじゃないか!」
うつろな顔をゼームスがオーギュストに向ける。
セレナが顔をこわばらせた。
「も、元々魔物なのにっ……ウォルト先輩! なんとか言ってください、あなたは魔物の味方なんかしませんよね……!? だって、あなた達は魔物を斃すための人だって」
「ああ、否定はしないよ。――けど、俺達は君の味方になった覚えなんかない」
「……それにゼームスは今、人間だろう。俺達は人間を殺す命令は受けてない」
その回答には、できればゼームスを手にかけたくないという情がにじんでいた。
それを感じ取ったのだろう。ゼームスが一度、まばたきをする。
「嘘、そんな……そんなのおかしいでしょ!? 私、私はただ――」
「おい、あれなんだ!?」
誰かの大きな声に、セレナの言葉がかき消えた。
ゼームスに吹き飛ばされた会場はがれきに囲まれているだけで、ほとんど屋外と同じ状態になってしまっている。
周囲を見てウォルトが銃をしまった。
「……話はあとだな。さあセレナちゃん、一緒にきてもらおうか」
「待てウォルト。あれを見ろ――空」
カイルが宵闇にそまった空を指さした。
アイリーンもその指先を追って、瞠目する。
放心したような静寂が訪れたのは一瞬だけだった。真っ先に学生達が悲鳴を上げる。
「魔物だ!」
「どうして魔物がっ……あ、あれがアシュタルトかよ!?」
「――しまった、セレナ!」
ウォルトが気を取られた隙をついて、セレナが逃げ出す。
混乱している周囲にまぎれてしまって追いかけられず、ウォルトが舌打ちした。
「くそ!」
「魔物の対処が先だ、ウォルト。魔香に引き寄せられている、まだくるぞ」
「――そりゃ、原液ぶちまけられちゃね……!」
空を埋めつくすようにして魔物がうごめいているのが見える。それらはまっすぐにこちらを目指していた。あのおぞましい煙こそゼームスの一撃で吹き飛んでいたが、香りはまだ充満している。その匂いによってきているのだ。
魔物達の目が異常にぎらぎらと光って見える。おそらく、正気を失っているのだろう。
最悪だ。アイリーンは息を吐き出して、吸う。そして立ち上がった。
「……あなたたちは逃げなさい。わたくしがなんとかするわ」
「何言ってるんだ、アイリちゃん」
「アーモンド。他にみんなも、出てきては駄目よ」
魔香の香りは魔物を狂わせる。今、この場は魔物にとって危険な場所だ。
月明かりを頼りに影に語りかけるアイリーンに、カイルが眉をよせた。
「何を喋っている。いいから早く、逃げるんだ」
「あいにくだけれど、あなたたちに守られるほどわたくしは弱くないの。わたくしより先に生徒達を避難させなさい」
髪をうしろに払い、まっすぐに立つ。ああ、と皆に微笑んだ。
「自己紹介が遅れたわね。わたくしはアイリーン・ローレン・ドートリシュ」
右手に力をこらす。まばゆく輝き剣に変わっていく光に、誰もが目を見開いた。
だが正気を失った魔物達はひるまない。
(殺しては駄目よ、聖剣)
心の内で語りかけると、聖剣がそれに呼応するように輝いた。
「――わたくしは、魔王の妻になる女よ」
魔物は殺さない、人間だって守る。
そういう魔剣の乙女になるのだ。




