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「白百合姫に与えられる賞品が魔香!?」
「――っていう怪文書が、うちの新聞社宛に届いたんだよ。タレコミだ」
息を切らしながら、警備隊に与えられた部屋で報告したのはジャスパーだ。学園祭中は新聞記者が出入りしても不自然ではないと、足を運んでくれた。
他にもリュックやクォーツも研究室からこちらへ移動してきている。もちろんアイザックも、アヒルのかぶり物をとった生徒会メンバーも、皆にお茶を配るレイチェルもいた。すでにレイチェルにも、オーギュストに説明したのと同じ話を聞かせている。
「差出人は不明?」
「そうだ。魔香って単語がアタリすぎるだろ。えーと、アイリー……」
「アイリ」
そっとリュックがジャスパーにささやき、ジャスパーはベレー帽をかぶり直しながら頷く。
「そうそう、アイリに知らせろって言わんばかりだろ。どうする?」
ジャスパーに文書を渡された後ろで、アヒルのかぶりものをはずしたオーギュストがゼームスにささやく。
「アイリって知り合い多いよな。すごいなーこれが秘密組織ってやつか」
「お前は単純でいいな……」
「あれが懇意にしてるっていう新聞記者なのかねーどう思う、カイル」
「確かにただの新聞記者にしか見えないが……それよりアイリは何者なんだ、本当に」
「なあ、あいつらなんだ?」
ひそひそ話に気づいたジャスパーがアイザックに尋ねた。アイザックは端的に答える。
「新しい下僕候補」
「……。まだ若いのに……頑張ろうな。何かあったらおじさんに相談してくれ」
ジャスパーにぽんぽんと肩をたたかれたゼームス達がなんとも言えない顔をしている。
――白百合姫に与えられる賞品は魔香だ。
それだけしか書いていない怪文書を確認したアイリーンは、まずウォルトに問いかけた。
「そっちにこういう情報はあった?」
「俺は聞いてないね。カイル、お前は?」
「俺もない。とにかく今すぐ内密に賞品を持ち出して確認すべきだ」
「無理だ」
切って捨てたのは、さっさとアヒルの着ぐるみを脱ぎ捨てたゼームスだった。
「賞品はもう会場に運ばれているが、白百合姫が決まるまで中身は開けない決まりだ。こっそり確認しようにも見張りがいる。賞品は高価なものと決まっているからな。以前、盗もうとした学生がいたせいで、管理はかなり厳しい」
「正攻法で見せてもらうために説明するのも難しいしね……生徒会の要請でも駄目かな?」
「無理だろうな。白百合姫を決めるのは百合の貴婦人たちの管轄だ」
オーギュストが両腕を組んで考えこんだ。
「うーん、じゃあ白百合姫に見せてもらって、魔香なら譲ってもらうってのは?」
「白百合姫の一番の候補はセレナ・ジルベールだろう。今から頼んでおくか?」
カイルの言に、アイリーンは首を振った。
「それだと不確定だし後手だ。今、できることはないかな」
「あの……いいですか?」
そう言ってレイチェルが恐る恐る手を上げた。
警備隊という形で魔香の調査をすることになったため、レイチェルにはオーギュスト達にしたのと同じ説明をしてある。
「よくわかっていないかもしれませんが……白百合姫の賞品が欲しいんですよね、アイリ様」
「うん、そうだよ」
「なら……私、審査に出ましょうか? し、白百合姫になれるかはわかりませんが」
ぽん、とアイリーンは思わず手を打った。
「それだ! そうだよレイチェル、頼める!?」
「は、はい。お役に立てるなら、頑張ります!」
「大丈夫かよ。舞台立った瞬間ぶっ倒れるんじゃねーの。社交能力とか低そうだろ」
眉間にしわをよせたのはアイザックだ。だがアイリーンが苦言を呈する前に、レイチェルが声を上げた。
「で、できます! 私、伯爵令嬢ですよこれでも!」
「……他に適任いるんだけど……まあ、これはこれで仕方ないか」
「仕方ないってどういう意味ですか!? そ、それに適任って誰のこと――」
「レイチェルってセレナの対抗馬って言われてたよな。俺は大丈夫だと思う!」
なっとオーギュストが周囲に同意を求めると、ウォルトが頷いた。
「セレナちゃんの次点での白百合姫候補はレイチェルちゃんだ。アリなんじゃないかな」
「俺にも特に異論はない」
「いざとなれば白百合姫になった人物に交渉すればいいだろう。私はどうでもいい」
学園の現役生徒に言われてはアイザックも反論できないらしく、肩から息を吐き出した。
「なら、それでいいんじゃね。リュックは?」
「僕は生徒ではないので、判断はお任せします」
「……リュックに同じくだ」
「おじさんも。あ、でも支度とか大丈夫なのか、お嬢ちゃん」
ジャスパーの言葉に、レイチェルが慌てた。
「そ、そうですね。ドレスとかお化粧の準備が……あっドレス、私、売ってしまって」
「大丈夫、まだ昼過ぎだ。夕方の舞踏会には間に合うよ。ドレスはジャスパー、ツテでいいの用意できるだろう。アクセサリーも、アイザックと二人で選んできて」
「えっ? ア、アイザックさんとですか……!?」
「なんで俺が。めんどくさい」
「流行には敏感だろう? それが君の本分だし、できないとは言わせない」
アイザックはレイチェルがおろおろしているのを見て、舌打ちした。
「わあったよ。行くぞおっさん」
ジャスパーはアイリーンとアイザックを交互に見てから、最後にレイチェルに親指を立ててみせた。
「まかせとけ、お嬢ちゃん」
「は、はい。でも……いいんでしょうか……その、ドレス……」
「いいんだよ。あ、化粧品はオベロン商会のものでいいかな」
「えっ……あ、あるんですか!? う、噂には聞いたことあるんですオベロン商会! でも皇都じゃないと手に入らないって……!」
目をきらきらさせたレイチェルの助けになればいい。
快く頷いたアイリーンの後ろで、リュックとクォーツが化粧品を持ってくるために立ち上がった。




