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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第二部

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19


 共同研究室に生徒会の面々を連れて現れたアイリーンに、アイザックは「あ、そう」しか言わなかった。リュックは全員分お茶がいるねと用意を始め、クォーツは席を準備する有様だ。

 全員、順応が早くて結構である。


「つまり、アイリ達はミーシャ学園に魔香っていうヤバイものが出回ってるのを調査しにきた、エルメイア皇国派遣の秘密組織ってこと!? すげーなんかかっこいいな!」


 目をきらきらさせてオーギュストが話をまとめる。アイリーンはにこやかに頷いた。


「そうなんだ。ウォルト先輩とカイル先輩は、まだ見習いで学生なんだけどね。学園の異変に気づいて上司のぼくに知らせてくれたんだ」

「えっ、ちょ、まさかアイリちゃんが上司?」

「ですよね? それともウォルト先輩達はぼくと違う組織から派遣され――」

「そうなんだよオーギュスト、アイリちゃんは俺たちの上司でね! なあカイル!」

「そうだな……」


 教会のことを知られたくないウォルトが明るく話にのってくる。カイルは諦めたのか、嘆息しただけだった。

 共同研究室にある一番大きな円卓をぐるりと囲んで全員が座っている。アイリーンの横にいるアイザックがつぶやいた。


「下僕が増えたな、また。俺、知らねー……」

「はは、人手が増えるのはいいことじゃないかな……多分」

「……。問題は男ばかりということじゃないのか……?」

「あれっ? そういえば、レイチェルって仲間じゃないのか?」

「彼女は君も知っての通り、この学園で初めて会ったんだよ。それに女性をあんまり危険なことには巻き込みたくないし」

「ああ、まあそうだよな。女の子だもんな……」


 オーギュストは引き下がったが、横にいるアイザック、その横のリュック、クォーツからそれぞれ物言いたげな視線が向けられる。

 当然、無視した。


「というわけで改めて紹介するよ。警備隊のメンバーだから知ってるだろうけど、まず隣の彼がアイザック。ほら、挨拶」

「どーも。で、俺の隣にいるのが腹黒薬師のリュック。飲み物気をつけろよーなんか入っててもおかしくないぞ」

「どうも、お世話になります」


 生徒会の面々が一瞬ぎょっとした顔をする。だが眉一つ動かさず、笑顔でリュックは頭を下げ、一言付け足した。


「緊張が和らぐものしか入ってませんよ」

「えっなんか入ってるのはマジなんだ……?」


 オーギュストが飲みかけた紅茶をそっとソーサーに戻した。全員それにならう。


「で、その隣の辛気くさそうな顔したのがクォーツ。植物学者だ。話しかけてもあんま答えないけど無視してるわけじゃねーから、植物としかしゃべれねーだけだから」

「……」


 無言でクォーツが目礼した。頬杖をついたアイザックが、雑に説明を続ける。


「この二人が魔香を調べる役だ。研究生っていうのもあながち嘘じゃない。で、ウォルト先輩とカイル先輩が、情報収集の雑用」

「雑用……」

「はは、そう言われると新鮮だね……」


 いささか傷ついた顔のカイルとウォルトがひとりごちる。

 だが打合せもなしの咄嗟の紹介としては十分、素晴らしかった。現にオーギュストはすっかり信じた様子だ。


「そっか。あ、警備隊ってその調査もかねてたのか?」

「まあね。ただ女子の扱いが目に余ったのも本当だよ」

「……その魔香というのは、人を凶暴にするとさっき言っていたな」


 ずっと黙って話を聞いているだけだったゼームスが、口を開いた。

 余計な知識をもたせないため、魔香に関しては人間への効果のみ話した。その方がウォルト達も都合がよかったのだろう。横にいるウォルトが率先して答えてくれる。


「ああ、そうだね。体が強靱になるのも、精神状態に作用するからと考えられている」

「……ここ最近、女子への当たりがひどかったのはそのせいじゃないのか」


 思わず息を呑んだのは、アイリーンだけではなくウォルトやカイルもだった。

 オーギュストがああと手を叩く。


「そういや俺も、最近ひどいと思ってたんだよな。殴る蹴るとか、前はそこまでじゃなかったのにさ」

「……言われてみれば……そうだね。そういう学校だっていう頭があって……」

「――まさか、男子生徒に魔香が流行っているということか?」

「リュック、どう思う」


 アイリーンに尋ねられたリュックが、テーブルの真ん中に置いたパイプを取った。


「調べてみないとなんとも言えませんが……危険と知らずに使っている可能性は高いと思いますよ。濃度によって効能が変わるんでしょうし」

「濃度を薄めて、大本を持っている人間が売りさばいてる可能性もあるな」


 アイザックの推理に、ウォルトが苦々しく笑った。


「あり得そうだ」

「なあ、俺も協力するよ。なんか、やばいもんなんだろ」

「オーギュスト。お前は素人だ。気持ちは嬉しいが、首を突っ込まれるのは困る」


 カイルは心配して言ったのだろうが、オーギュストは首を振った。


「男子に話、聞くくらいならできるしさ。な、アイリ。いいだろ」

「――そうだね」


 頷いたアイリーンをウォルトとカイルがにらむ。

 素人をまきこまない、それは玄人の鉄則なのだろう。だがオーギュストは、聖剣を借りて聖騎士になるような人物だ。

 この先を考えても、引き込んでおいて損はないとアイリーンは判断する。


「じゃあ、無理をしない範囲でお願いしてもいいかな。妙な遊びとか、男子の中で流行っていないか確かめて欲しいんだ」

「よっし。まかせろ!」

「アイリ!」

「何か不満が? 上司はぼくじゃなかったかな、ウォルト」


 薄く微笑むと、ウォルトが舌打ちしてそっぽを向いた。こちらを隠れ蓑にしようとしたのだから、これくらいの指示には従ってもらう。


「な、ゼームス。お前も協力するだろ。生徒会にも関係ない話じゃないし」


 オーギュストが隣にいるゼームスに話しかける。

 ゼームスは両腕、両足を組んだまま、鼻で笑った。


「協力? まだ何か隠しているこいつらにか」

「えっ……」

「その魔香とやら。人間にとって危険だという話だったが、それだけか?」


 不意をついた鋭い質問に、しんと静寂が広がった。

 だが彼が疑問に思うのは当然だ。彼はこの間、魔物に変化しかけている。ゲームでも彼がオピムを見つけ出せたのは魔物としての嗅覚によるものだったし、効能に気づいたのも幾度か自分で試した結果だった。


(でもゼームスは今、魔香の効能を分かってない。ということは、魔香を手にしてないし作ってないってことになるよね……?)


 魔香がこの学園にはびこるのは、ゲームどおりの展開だ。だが使われ方や出所が違う可能性が出てきた。

 そう、まるで誰かが表面上だけゲームをなぞっているような――そう考えこんだ時、ゼームスが椅子から立ち上がった。


「この件は学園長に報告する」


 ぎょっと全員が顔を上げた。アイリーンに至っては頭から血の気が引く。

(あ、でも今なら、ひょっとして説明すれば……)

 と思ったが、あの美しい笑顔の後ろで火事や地震が起こっている地獄絵図しか思い浮かばない。


「ゼームス。これは俺達の仕事なんだよ。学園長はアシュタルトの件で手一杯だろうし」

「学園長に報告するのは生徒会長の仕事だ。それとも、報告されては困る理由があるのか?」


 冷たいゼームスの挑発に、再び沈黙が落ちた。

 アイリーン達はもちろん、ウォルト達も魔王に干渉されるのはさけたいのだろう。彼らには魔物を殺す任務がある。だがクロードはそれを許さない。

 沈黙が答えだと言わんばかりに、ゼームスは鼻で笑って立ち上がる。


「では私は寮に戻る」

「ゼームス! なあ、アイリ達は仕事なんだから、秘密があるのは仕方ないじゃんか。それでも信じることはできるだろ」

「お前は単純でいいな、オーギュスト。――私は誰も信じない」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、ゼームスは出て行ってしまう。

 ウォルトとカイルが目配せし合う。名もなき司祭は、目的のために手段を選ばない。

 事実、そうすれば彼らは目的を一つ達成する。――だが。


「ぼくが説得するよ。みんなは待ってて」

「アイリ」

「みんな仲良くできた方がいいだろう?」


 アイリーンの言動に、ウォルト達は気の抜けた顔をする。

 オーギュストはほっとした顔をし、アイザック達はいってらっしゃいと手を振ってくれた。



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