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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第二部

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10


「もう当分、クロード様と顔を合わせたくないわ……!」

「そりゃ潜入がバレたら今度は大雨じゃなくて山が噴火しかねないしな」


 カンテラに灯りをともしたアイザックが先に寮から出る。その腕には、警備隊用に即席で用意した腕章がつけられていた。


「そうじゃなくて! わたくしも早く会いたいだとかさみしいだとか、あんな恥ずかしい手紙を書かされたことが納得できないという話よ!」

「へえ、大雨が降って川が氾濫しかけてもそう言えるのか」

「そ、それはわたくしのせいだとは限らないでしょう……」

「だといいな。でもあれは書かされた手紙だとか絶対、魔王様に言うなよ」


 アイザックの目が本気だったので、渋々、アイリーンは反論をやめた。だが内心は不満だ。


(アーモンドもすねて出てこないし! 他の魔物も、ここにいることをクロード様にまだ黙ってくれているけど、ちょっと返事を適当にしたくらいであそこまで……)


 一緒に魔物達まで嘆き、アイリーンを責めるのだから理不尽だ。

 愛が重い。


「でー? 誉れ高いミーシャ学園警備隊は二名のみか」

「あら、これから増える予定よ?」

「……今更だけど、お前、男のカッコでその口調やめろ気持ち悪い」

「ああ、すまない。誰が聞いているか分からないし、気をつけるよ」

「……アイリーンだと思うとその口調も気持ち悪いな」

「いいから行こう。まずは見回りだ」


 ミーシャ学園は遠方からきた学生達のために寮があるため、消灯時間もある。それ以後に動き出す不審な学生や、帰宅せず残っている怪しい学生もこれで見つけられる。


「寮生活はどう? ぼくは君と同じ部屋でよかったんだけど、打合せしやすいし……」

「俺が魔王様に殺されるフラグをこれ以上たてるな。お互い一人部屋が平和だ。……なあ、この学園ちゃんと警備員もいるんだろ。見回りする意味あんの?」

「警備員より先に見つけたら、何をしてるのかさぐれるじゃないか。特に魔香を作ろうとする学生が動くかもしれない」

「……魔香ねえ。ほんとにそんなもん存在するのかよって言いたいけどな、俺は」


 そう言いながら、アイザックは先を歩く。アイリーンも周囲に目を配りつつ歩いた。


「それと、吸血事件も。アシュタルトと関係ないと言い切れない」

「でもなあ、ミルチェッタを滅ぼすって声明出した魔物が学園で女生徒襲ってるとか、なんの冗談――」


 途中でアイザックが足を止めた。静かにするよう仕草で示され、頷く。建物の陰に隠れたあと、素早くアイザックはカンテラの灯りを消した。なんだかんだ言いつつ、きちんとアイリーンの意図する見回りをしようとしてくれている。

 月明かりの中で視線をこらした先には、二つ、影があった。木々に姿を紛れさせて、何か話している。だが一歩前に出た一人の女生徒の横顔に、アイリーンは目をまばたいた。


「……レイチェル?」

「知り合い……ってか、お前が転校初日に助けた女だっけ」

「待って、待ってください! 話が違います」


 レイチェルが大声を上げた。その先にある影が振り向く――大きい。男性だ。


(……男性と会ってるって噂はほんとだったのね。まさか浮気現場……)


 だとしたらあの婚約者の憤りは正当だろうか。いやでも殴るのはないだろう、と真面目に考えている向こうで会話が続く。


「あ、あの子を助けてくれるっていうから、私は……っ」

「なんだ、私はちゃんと助けてやっただろう」


 その声に聞き覚えがあって、身を乗り出しかけた。

 あれは、この間教本のないアイリーンをつるし上げようとした陰険数学教師だ。


「へえ、ケーニヒ教授だね」


 とっさにでかかった声を口をふさいでこらえた。突然背後からかかった声に、アイザックはぎょっと身を引いている。

 着崩した制服姿のまま、ひらりとウォルトが手を上げた。


「やあ、警備隊の諸君」

「ウ、ウォルト、先輩……! ど、どうしてここに」

「生徒会の役員だって警備隊に加わるのはアリだろう?」

「監視か」


 短いアイザックのつぶやきを、ウォルトは聞き逃さなかった。


「そうとも言えるかな。それよりほら、あっち。吸血事件の真相っぽくない?」

「あの女生徒はちゃんと、婚約を破棄されたじゃないか。嫌な男と別れられて、幸せじゃないのかね」

「そ、そんなはず、ないじゃないですか……! 魔物に穢されたってみんなにさけられての婚約破棄ですよ! 実家にも勘当されそうだって……っ」

「それくらいなんだ。嫌ならば、最初から婚約者に従うべきだっただろう。殴られようが蹴られようが」

「そんな」

「で、どうなんだ。金を払うのか、払わないのか? 私はこの手紙を公開したっていい」

「やめてください! そんなことされたら、あの子、退学になります……!」

「なら真相を語ってもいいんだよ。君がこの吸血事件を依頼した真犯人だとね」


 ――いきなり事件が解決してしまった。だが少しも喜べない。


「じゃ、あの二人を犯人として突き出そうか」


 ウォルトが気楽に言う。それをアイリーンはにらんだ。アイザックがため息まじりに言う。


「知ってたわけだ、先輩は」

「そんなわけないよ。びっくりさ。――ところで、君は? アイリ君の友達? 君も秋学期が始まると同時に転校しきたんだよね」

「調べたらわかるんじゃないすか、それくらい」


 アイザックはうまくかわしつつ、挑発的に返す。

 そう、アイザックとアイリの関係はちゃんと作られている。アイリは成金商売人の息子。対するアイザックはそれに金を貸した資産家の息子で、二人は古いなじみの関係。学園で偶然再会したという設定だ。

 その一方で、アイリーンは確信する。ウォルトは監視にきただけではない。


(ひょっとしてわたくしたちをあやしんでる? となると、カイル先輩もね。だってゲーム通りなら、彼らは――)


 いや、それよりもレイチェルだと意識を切り替える。

 レイチェルは震えながら、硬貨を差し出したところだった。それを数えたケーニヒが、あのいやらしい笑みを浮かべる。


「たりないな」

「す、すみません。思ったよりドレスにいい値がつかなくて……で、でもすぐ用意します。だから、あの手紙を返してください」

「これだから女は。手紙を返したら、あとは知らん顔するつもりなんだろう?」

「そ、そんなつもりは」

「だが、私は心が広い。手紙をわたしてやってもいいぞ」


 あからさまにレイチェルはほっとした顔になった。

 だがケーニヒの目がにたにたと細められたのを、アイリーンは見逃さない。ゆっくりと腰から下げた細身の剣の柄に手を忍ばせる。


「君が、その体を差し出すというならね」

「えっ?」


 手首を突然つかまれ、引き寄せられたレイチェルが小さな悲鳴を上げる。ケーニヒが下卑た笑いを浮かべながら、その口をハンカチでふさいだ。途端、暴れていたレイチェルの目がとろりと力を失う。


「何、君も目が覚めたら吸血鬼に襲われているだけだ――ぐぁッ!」


 物陰から素早く飛び出したアイリーンは、警告もなくケーニヒを横から蹴り飛ばした。

 レイチェルにしか意識を向けていなかったケーニヒは、あっけなく横に飛ぶ――が、そのままバネのように起き上がった。年齢から考えられない敏捷さだ。

 そして、そのまま逃げ出した。


「アイザック、レイチェルを頼む!」

「ア、アイリ……様……?」

「あー……やると思ったけどな……無茶すんなよー」


 視界の片隅でアイザックがレイチェルに近寄ったのを確認して、そのままケーニヒが逃げ出した方向へ走り出した。がさがさと鳴る足音を頼りに、木々が生い茂る広大な裏庭を進む。

 だが、足音がどんどん遠ざかっていく気がした――それも、とてつもない速度で。

 ケーニヒは男性、運動神経に自信はあってもアイリーンは女性だ。追いつけなくてもおかしくはない。それでもここまですぐに引き離されるなんて、足が速すぎる。


(しかも何か、変な、甘いにおいが……)


 まさか――魔香。


 ゲームでは甘いにおいと描写されていた。

 可能性がよぎったそのとき、がさっと茂みが鳴る。誰かが走り去っていく音が聞こえた。

 音の軽さから言って女性だ。だがその音を、悲鳴がかき消す。



「う、あ、うああぁぁぁぁ!! 化け物!!」



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