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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第二部

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「……この手紙を、オーギュストに?」


 まっすぐな銀髪がきらきら日の光にすけている。

 ぴんと伸びた姿勢、すっと整った顔の輪郭、きりりとした眉――前作主人公だったリリアと違い、彼女はお人好しだが面倒見がいいしっかり者という設定で描かれている。料理がうまいまでセットだ。

 しかし、彼女の家庭事情は複雑だ。

 彼女はれっきとしたジルベール伯爵令嬢だが、幼い頃両親が死に、叔父一家に家を乗っ取られてしまう。そして財産を食い潰した彼女の叔父は、ミーシャ学園卒業と同時に彼女を二回り以上年上の成金親父に、借金と引き換えに嫁がせることを決めてしまった。つまり、ミーシャ学園での時間が、彼女の最後の自由時間だ。

 ミーシャ学園に入学する直前――オープニングで、彼女は憧れの人物に手紙を書く。

 きっと私もあなたのように運命を変えてみせる、と。

 ミーシャ学園は通常、一年間しか在籍できない。ただし成績優秀者は研究生となり大学院に進めるので、在籍時間は最大三年まで伸ばせる。ゲームでもそれは同じで、パラメーターや攻略状況によって卒業時期が変わり、同時にミルチェッタ公国の壊滅時期もセレナの攻略状況で左右される。つまり最短エンディングは一年だ。


(アシュタルトがもしゲームと関係してるなら――ひょっとして一年で壊滅のバッドエンドルートまっしぐらだったりしないかしら、今……)


 アイリーンはその場にとどまり、観察を続けることにした。

 廊下には昼休みのために他の生徒も出てきているため、少し距離をとればこちらには気づかれない。


「はい、オーギュスト様に渡してもらいたいんです。セレナ様ならそういう相談のってくださるって聞いて……さすが白百合姫ってみんな言ってたから」


 恥ずかしそうに女子生徒がうつむく。セレナは少し困った顔をした。


「でもあなた、つきあってる人がいたんじゃ……大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です! この間……その、恋人……を怒らせてしまった時、オーギュスト様が間に入って止めてくれて。そのお礼だけでもと思って……」


 ゆっくりセレナがその手紙を受け取って、笑顔で頷いた。


「わかったわ、まかせて。でも、私はまだ白百合姫じゃないわよ」

「な、何言ってるんですか。今年はセレナ様しかいないですよ! 綺麗だし成績もいいし、頼りになるし、伯爵令嬢だからって威張り散らしたりしないし……!」

「ありがと。でも私、礼儀作法とか苦手だし……」

「わ、私はセレナ様が白百合姫になると思います。セレナ様みたいに女子の力になってくれる方が白百合姫になってくれれば、私みたいに好きでもない男子の恋人に無理矢理させられるとか、なくなると思いますし……」


 泣き笑いみたいな表情でうつむいた横顔に、アイリーンは眉をひそめる。


(ゲームでは女生徒に対する扱いがここまでひどいとは気づかなかったわ)


 セレナはパラメーター次第で白百合姫――学園祭で選ばれる学園一の淑女で、彼女だけは男子生徒も尊重しなければならない不文律がある――になる。それに攻略が進めば最初は「女のくせに」だった評価が「女なのに」と変わっていくので、気づきにくいのだろう。


「ひょっとしてあなた、何か困ってるの?」

「……そ、その、私なんかにとても有り難い話だって、分かってるんですけど……こ、断ったら他の男子に何されるか分からないぞとか言われたら、怖くて……」

「なら私、別れ話を代わりに切り出してあげようか?」

「えっ……い、いいんですか?」


 驚きと喜びの入り交じった顔に、セレナは力強く頷き返した。


「話、してみるわ。まかせて」

「あっ……有り難うございます!」


 アイリーンは両腕を組んでそのやり取りを聞く。


(……まあ、アリ、かしら? やり方を間違えるととんでもないことになるけれど)


 そこは主人公補正でうまくいくのかもしれない。


「でも、あなたも自分で言えるように、もう少し強くならなきゃ」

「は……はい。すみません」

「聖剣の乙女であるリリア様だって、皇太子位からおわれたセドリック・ジャンヌ・エルメイア様を支えていらっしゃるわ。多少の困難でくじけちゃだめ」


 ――ああやっぱりなのか、とアイリーンは天井を仰いだ。


 庶民から男爵令嬢に、そして愛しい人の婚約者になり、聖剣の乙女にまでなるリリア・レインワーズ。運命を変えた同じ年頃の女性――それが彼女の憧れであり希望なのだ。

(リリアが聖剣の乙女じゃなくなったから、変わっている可能性を考えたけど……そこは変わらなかったのね……)

 なんだろう、それを知っただけでげっそり疲れた。そこへ突然、ぽんと肩をたたかれて飛び上がりそうになる。


「よっアイリ」

「オ、オーギュスト!」

「あ、ごめん。驚かせた?」


 ははっと軽くオーギュストが笑う。

 平らな胸を押さえ、アイリーンもつられて笑った。


「びっくりしたよ。何か用事?」

「ん……ほら、昨日お前が助けた女子がさ、なんか俺に言いたげな顔してて。そしたら教本が破られてたとか噂、聞いたから……落ち込んでないかな、と思って……」


 頬をかきながら言うオーギュストは心配してくれたらしい。


「大丈夫だよ、教本くらいなくたって」

「お前、ちっこいのにかっこいいよなあ。でも無茶すんなよ。俺も相談のるし――」

「オーギュスト!」


 途中で声がかぶさってきた。頬を紅潮させたセレナが廊下を小走りにやってくる。まさか目当ての人物が自分からきてくれるとは思わず、反応が遅れた。


「ね、今日の放課後、一緒に帰れないかな? 相談に乗ってほしいことがあるんだ。さっきね、女子から相談受けたの。最近、こういうの多くって……でも困ってるって言われたら断れないし。オーギュストも気になるでしょ?」


 アイリーンは眉をひそめた。先程のことなら、微妙にセレナの話と印象が違う。


「困ってるなら、まあ、気になるけど……本人は?」

「私が間に入るから別にいいでしょ。二人きりでどう?」

「……それって、今、ここでじゃだめなのか?」

「だめよ! デリケートな話題なんだから、どこかの喫茶店とか、他の学生が少ない場所じゃなきゃ」


 そのわりにはアイリーンの目の前でべらべらしゃべっている。同じことを思っているのかいないのか、オーギュストはあいまいに笑った。


「うーん……でも学園祭も近くて忙しいだろ。相談あるなら、生徒会室で聞くよ。放課後二人きりで喫茶店とか、変な誤解されたら俺だってセレナだって困るだろ?」


 オーギュストの回答にアイリーンの方が固まる。


(今の時点で放課後一緒に帰れるほど好感度が上がってないの!? まずくない!?)

 すでに秋学期も半ばをすぎている。一年でこのゲームが終わるならもう後半戦だ。いやだが好感度が友好なら放課後一緒に帰れるかどうかはランダム、と無理矢理希望を持とうとしたとき、セレナがふとこちらに視線を向けた。


「――オーギュスト、この人は?」

「あ、アイリっていうんだ。ほら昨日、転校してきた奴」

「あなたが? ……聖剣の乙女には従わないって言った?」


 セレナの口調が一気に冷たくなったのは、気のせいではなかった。


「オーギュスト。誰でも仲良くするのはいいけど、友達は選んで。リリア様を悪く言う人なんて信じられない。オーギュストは魔物の味方するの?」

「えっ……い、いや、アイリは女子を助けて、それで」

「レイチェルさんでしょ。あの子、最近夜中にこそこそ誰かと会ってるって噂があって、それに婚約者が怒ってるって聞いたけど。婚約者同士のケンカに口を出すなんて野暮でしょ。かかわっちゃだめだよ」


 先ほどまさにその野暮を引き受けたセレナ自身なのだが、気づいていないのだろうか。

 じろじろ上から下までアイリーンをぶしつけに眺めてから、セレナは肩をすくめた。


「――じゃ、私はお昼休みいくね。あ、また生徒会に差し入れ持ってくから、楽しみにしてて」


 オーギュストに笑顔で手を振って、セレナは行ってしまった。

 ほぼ反射で作られる愛想笑いで突っ立っているアイリーンに、オーギュストが申し訳なさそうな顔で振り向く。


「ごめん、アイリ。あいついいやつなんだけど、聖剣の乙女にすごく憧れてるからさ……」

「――聖剣の乙女ってリリア様のこと? でも、もう変わったんだっけ」

「それセレナの前で言うなよ、めちゃくちゃ怒り出すから。アイリーン・ローレン・ドートリシュは希代の悪女、魔物の手先だリリア様に聖剣を返せって、最近特にすごいんだよ……」


 希代の悪女か、素晴らしい。

 ふふっと思わず悪役令嬢らしい笑みまで浮かべそうになってしまう。


「アイリ、怒ったか? 悪いな、なんか……」

「ううん、ぼくは決めたよ。――オーギュストに頼みたいことがあるんだ」

「俺に?」


 目立つな。

 アイザックが口を酸っぱくして言った協力の条件を、アイリーンは笑顔で踏みにじることにする。


 学園に攻略キャラとヒロインまでそろっているのだから、ゲームは確実に始まっている。アシュタルトのことは分からないが、ゲームが始まっているならゼームスがいずれミルチェッタを滅ぼす。だからそれを回避するのがクロードのために自分ができることだ。

 あの様子だとセレナはオーギュストに好感を持っているのだろうが、そこはもうあてにしない。まずセレナとわかり合うのが無理だと判明した。ならば、次の策にいく。


(希代の悪女の力を見せてやろうじゃない?)


 なんといってもラスボス攻略を果たした自分だ。

 きっと、2のラスボス化だって止められる――ゼームスを、止めるのだ。



「ぼくが生徒会に入れるよう、協力して欲しいんだ。――この学園の女子を守るためにね」



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