ヒロインの参戦
第二部開始です。宜しくお願いいたします。
聖剣を奪われたショックで前世の記憶が戻りました。
などと言えば、いくら主人公でも気がふれたと思われるだろう。それとも受け入れられてしまうのだろうか、この世界では。
「では皆様、ごきげんよう」
花吹雪の中、青空に浮く魔王とその婚約者が優雅な挨拶をしてかき消えた。
それでようやく気が抜けたのか、隣の婚約者が舌打ちをする。
「式典の途中で抜け出すとは、相変わらず非常識な女だ。リリア、大丈夫か」
「え? あ、はい」
いつもどおりを心がけて、悄然と見えるよう表情を取り繕った。すると相手が眉を寄せてうなだれる。
「……すまない。俺がふがいないばかりに」
「そんな風に言わないで、セドリック。アイリーン様を怒らせた私が悪かったのよ」
「君は悪くない」
すかさず後ろから騎士団服の格好をしたマークスが答える。
笑い出したくなるのをこらえながら、首を振る。
そして、あくまでいつもどおり、リリア・レインワーズらしく振る舞った。
(まずはキャラを攻略しなきゃ)
覚えている。分かる。次代の宰相候補である頭脳明晰なキャラ、すでに商人として成功している冷徹な大人キャラ、明るいけれど腹黒な外務大臣になるキャラ。誰に何を言えば、自分の味方をしてくれるのか。使える人材はすべて攻略していくべきだ。
思い起こせば波乱に満ちた人生だった。だが、どうにもならなかったことなど今まで一つもなかった。
一生懸命やっていればみんな認めてくれたし、話し合えばみんなわかってくれた。君はいい子だね、と認めてくれた。
あの、魔王クロード・ジャンヌ・エルメイア以外は。
あるいはあの悪役令嬢アイリーン・ローレン・ドートリシュ以外は。
聖剣がなくなってしまった経緯を語りながら、周囲を観察する。同意を返すのは新しい皇太子クロードに反発を覚える者達だ。以前は、こういう駆け引きはよくないと思っていた。
けれどもうやめる。
(だってあんなに助けてあげようと思ったのに、全部無駄だったもの)
今の自分はほんの少しだけ、以前の自分を客観的にみられる。さぞ子供だっただろう。
悲しいことはあっても、悪い人はいない、なんて。
――この物語の主役は、わたくしなの。
「……ふふ。つまりヒロインってことかしら」
「何か言ったか、リリア」
「ねえ、セドリック。正直に答えて欲しいの」
ここは『聖と魔と乙女のレガリア』という乙女ゲームの世界だ。前世の自分はここよりはるかに文明が進んだ日本という別の世界で、そのゲームをやっていた。今でもはっきり覚えている。
自分より成績が悪い子がかわいがられる理不尽な高校生活、世間体だけ取り繕った家族。何もかもが思い通りにならない中で、唯一安心できるのがゲームだった。特にお姫様になれる乙女ゲームが大好きだった。
だがその生活も、交通事故が原因であっけなく幕を下ろした。
(でもそれでゲームの世界に転生しちゃうなんて。これこそゲームそのものじゃない?)
数ある乙女ゲームの中でも、『聖と魔と乙女のレガリア』はシリーズすべて何十周とやりこんだゲームだ。そこに転生するなんて、なんて運がいいのだろう。
今ははっきりと分かる。婚約破棄のイベントまではシナリオどおりだった。しかし何故かアイリーン・ローレン・ドートリシュは、セドリック・ジャンヌ・エルメイアに執着せず、自らの死因となるはずのクロード・ジャンヌ・エルメイアとの婚約にこぎ着けた。
悪役令嬢が、ヒロインが唯一攻略できないラスボスを攻略した。偶然と片付けるにはできすぎている。
(確かめないと――彼女が私と同じかどうか)
唇をゆがめて、リリアは恋をしていたと錯覚していた相手に微笑む。
「セドリックは本当に私が好き?」
「いまさら何を言い出すんだ、リリア」
まず必要なのは時間。そして、ゲームを使った仕掛け。
「――本当は、アイリーン様が好きなんじゃない?」
ねえ、悪役令嬢。このゲームのプレイヤーは、私なの。




