魔王様はご友人を所望する
◆『悪役令嬢なのでラスボスを飼います』(角川ビーンズ文庫様)発売御礼SS◆
おしゃれは公爵令嬢の――いや全女性の楽しみである、と言ってもいい。自分はもちろん、素材がいいものならなおさら楽しい。
それが自分の婚約者なら、張り切りすぎて日が暮れるのはしょうがない。
「クロード様、これ。これも着てみてくださいな」
「まだ着るのか……」
「だってクロード様ったら何を着ても素敵なんですもの!」
「どれだ」
「よえーな、魔王様」
「いいじゃないですか、仲良しで」
「……もう五時間だ。耐えている魔王は偉い」
「魔王様何着ても似合ってますよねーすごいですよね」
「当然だ、王なのだから」
「城も改装されたおかげで荷物入るようになりましたしね、私め頑張らないと」
「そもそも魔王様が家具とか服、持ってなさすぎだよなぁ。オジサンでももう少し持ってるわ」
アイリーンの号令で集まった面々が部屋の隅で仕事をしながら苦笑している。
うきうきとアイリーンが差し出したひとそろえに、クロードはぱちんと指を鳴らす。着替えは魔法で一瞬だ。
新調したクラヴァットがひらりと舞い、濃紺を基調に上下揃えた盛装に変わる。自分の見立て、それ以上の見栄えにアイリーンはうっとりした。
「やっぱりこちらにしましょう。伝統的な形もよろしいですが、最先端の流行もおさえておきませんと!」
「そうか。ところで気が済んだらもうそろそろ」
「マント! マントはどうしましょう。やはり皇太子たるもの、威厳も必要ですわよね」
「……。さっき決めたのではなかったか……?」
「あら、中の色が変わりましたしまた選び直さないとだめですわ」
「……」
「クロード様、ファイト」
衣装だらけになった部屋の隅からキースが声援を送った。アイリーンはにこりと笑う。
「あら、クロード様が決まったらあとで皆で合わせますわよ」
「えっ」
「あ、僕たちは夜会出られないんでいいですよね?」
「……。貴族でなくてよかった。なあアイザック」
「俺は出ねーぞ絶対出ねーから!」
「僕はいっぺん出てみたいけどな! お城の中とかどうなってるんだろ」
「普通だぞ、ドニ。俺はあの軍服というのが気に入っている」
「そうですわねえ……確かにベルゼビュートは軍服のままがいいかしら? キース様はどうしましょう」
「私めは普通でいいんでお気になさらず!」
「クロード様はイヤリングをしても似合いますわよね。瞳と同じ赤にしましょうか。ふふ、これで乙女たちはクロード様にめろめろですわ……」
「君はそれでかまわないのか」
胡乱気に尋ねたクロードにアイリーンは拳を握った。
「もちろんです! 皇太子として初めてお披露目される夜会でしてよ。この! 顔を! 見せびらかさなくてどうするのです、クロード様!」
「そ、そうか」
「ふふ、クロード様の美貌にひれ伏す皆様の顔が楽しみですわね、クロード様」
「僕はあまりひれ伏させるつもりはないんだが……まあ、楽しみだな」
「まあ、クロード様も?」
あまり人前に積極的に出たがる方ではないと思っていたが、違うのだろうか。
首をかしげたアイリーンに、ほんのわずかにクロードが微笑んだ。
「友人が、できるだろうかと思って」
その時の衝撃たるや雷が背後に三連発落ちた時の比ではなかった。
アイリーンだけではなく周囲の面々も同じで、全員が動きを止めている。誰かがお茶をたおしたようだったが、それでも誰も動かなかった。
そんな中、妙にはずんだ声でクロードが続ける。
「夜会には年の近い者たちがいるだろう」
「……」
「僕はこれまで友人というものを持ったことがなくて」
「………………」
「久しぶりの社交界だ。友と呼べる人間に出会いたいと思う」
「……………………………………」
息を殺したままアイリーンは他の仲間たちと目配せし合う。
これは事実を指摘したらやばいやつだ。
お前魔王だろとか魔王に友達とかなんかとかしかも皇太子なのにとかこう、正論は禁止なやつだ。
なのにベルゼビュートが大きく頷いた。
「王が望まれるなら俺も協力する」
「そっ……そうですわね!!!!???」
「アイリーン様、声ひっくり返ってる! 落ち着いてくださいよ、我が主。あえて御身のために申し上げます」
そう言って動いたのはキースだった。さすが忠臣、言うのかと人間がそろって固唾を呑んで見守る。
「まずは挨拶を頑張りましょう!」
「そこからかよ!!」
「い、いやでも正しいよアイザック。たぶん」
「……。挨拶は大事だ」
「そ、そーだぜー社会人たるもの挨拶できねーやつははぶかれるしな!」
「挨拶……挨拶か。なるほど。そういえばこの間の夜会は空から現れてしまったしな……失敗だった。あれは人間のすることではない、魔王のすることだ」
どうしよう、どこからつっこんでいいのか分からない。
いとしい婚約者が物憂げに長いまつげを揺らしているのに、変な汗まで浮かんでくる。
ただただ純粋でまっすぐなベルゼビュートが、肩を落とした。
「……王は、魔王でいるのが苦痛か?」
「それは違う、ベル。僕はただ友人が欲しいだけだ」
「……。なぁこれ、下手したら世界が滅ぶ系の願いじゃないよな」
アイザックのつぶやきが聞こえているのかいないのか、クロードが顔を上げた。
「アイリーン」
「はいっ!?」
「君の方が社交界歴は上だから、教えて欲しい。挨拶以外に気を付けることがあるだろうか、友人を作るにあたって」
真面目にクロードに話題をふられたアイリーンは焦る。
(選択肢間違ったら世界が滅ぶ系の願いだわこれ! で、でもどうやって諦めさせれば)
目を泳がせたアイリーンに、まずアイザックが耳打ちした。
「優しく言えよ」
「でもきちんと伝えてくださいね」
リュックまで丸投げだ。ジャスパーが訳知り顔でうんうんうなずく。
「ま、現実を知るのが大人への階段ってもんだよ」
「大人って厳しい世界ですよねえ」
「……。可哀想だとは思うが」
ドニもクォーツも好き勝手言っている。
全員自分に押し付ける気だ。クロードの婚約者は自分なのだから、それは当然だけれども――だが、あのきらきらした子犬みたいな目に向かって、そんな残酷な。
(いえ、駄目よアイリーン。婚約者だからこそ、きちんとわからせなければ……!)
皇帝になろうとする者に、友人などそうそうできはしない。魔王ならばなおさら。というか友人ができる顔をしていない。無理だ。どう考えたって無理だ。
きちんとそう告げるべきだ。
そう決心したアイリーンの瞳の中で、クロードがふわりと花をほころばせたように笑う。
「君がいるおかげで、僕は人間らしいことを、もう何も諦めなくていい」
「っ…………………………わ、分かりましたクロード様!! 作りましょう!! 友達!!!!!!!」
「「「「はああああああああああああああああああああああ!!!!????」」」」
悲鳴じみた声を上げた背後をきっとにらむ。
「全員、わかったわね。クロード様に友人を用意するわよ!」
「用意するもんじゃねーだろ友人は!!」
思い切りつっこんだアイザックにリュークが真剣に考え込む。
「ドニが魂こめて人形作ったら、なんとかなるかも……」
「が、がんばります僕!」
「……植物は話しかけると成長するという話がある」
「つまり我が主の友人候補は人形か植物」
ふっと遠い目になったキースに、ベルゼビュートが顔をしかめる。
「何を騒いでいる。王の望みだ、かなえろ」
「アイリーン」
クロードの呼びかけに振り向く。極力感情を押さえて生きてきたという婚約者は、いつも通り無表情だった。
だが夜風がテラスから優しく吹き込み、花瓶にいけてあった花が盛りを思い出したように花開く。
「僕は本当に、君を婚約者にできてよかった」
もうそろそろ帰るといい。
甘い吐息のような言葉に、アイリーンは何を言われているかわからないままこくこく頷く。ぱちんと指を鳴らす音がして、気づいたら自分の部屋の寝台の上にいた。
(……だからあの顔は反則だと)
そのまま真っ白になった頭で突っ伏した。
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「クロード様、ほんとに友人欲しいんです?」
寝衣を手に取ったクロードは、寝台を整えているキースの質問に振り向いた。
「欲しいが?」
「……。ベルさぁん、これ本音です?」
「王は楽しみにしておられる」
「いやそれ友達ができるって楽しみじゃないですよね?」
「お前はさかしくていけない。もっと素直に考えるといい。友人ができたら楽しいじゃないか」
眼鏡の奥から投げられた不審いっぱいの視線に、クロードは薄く微笑む。
「できるものなら、な」
「……アイリーン様、可哀想」
「ところでキース」
「はいはいなんですか」
「着方が分からない」
寝衣を前に真顔で申告したクロードに、がっくりとキースが肩を落とした。
「このボンボン魔王…………………いつも魔力で横着するからですよ! 初夜までに自分一人で着替えができるよう特訓しますよ、アイリーン様に呆れられちゃいますからね」
「だが脱がしてもらうのもいいと思わないか」
「聞かなかったことにします」
寒いという魔王の感覚を受けたベルゼビュートは、開きっぱなしのテラスをぱたんと閉じる。
主従の会話はそれ以上もれることはなく、平穏な夜はそのまま更けていった。
◆END◆
皆様の応援のおかげで、アイリーン達が本になりました。
有り難う御座いました!
書籍には美麗なイラストがついておりますので、是非是非手に取ってくださいませ。
これからもアイリーン達を宜しくお願いいたします。




