小さな白い花たちの冒険(1)
祝★アニメ放映
祝★コミックス4巻発売
祝★原作10巻&11巻発売予定
ということで、アイリーンたちの子どもたちのお話です。
「もーーーこっちでもないしぃ、白い花の咲く湖ぃーーー!」
最初に音を上げたのは、同い年の従姉妹だった。そろそろだと思っていたクレア・ジャンヌ・エルメイアは振り向く。
「まだふたつめだぞ、アリア」
「そうだけどお、すぐ見つかるって思ったのにぃ。もーやだ、休みたい」
「しかたないな。エステラ姉様、ちょうどいい。いったん休憩にしようか」
「そうですね。四つある内のふたつは確認したわけですし。アリア様、お茶をお持ちでしたよね」
地図をたたみ、エステラ・シャー・アシュメイルが背中に背負った鞄の中からシートを取り出した。月明かりがわずかに差し込む木の下に広げて、休憩場所を作る。
「お菓子は持ってきてあります。焼き菓子と、干しぶどう」
「やったー! アシュメイルの果物大好き!」
調子のいい従姉妹は切り替え早く、お茶の準備を始める。やれやれと、クレアは上空を見あげた。満月はまだ昇り始めたばかり。
理想の王子様と出会わせてくれる湖を見つける時間はある。
■ ■ ■
話のきっかけは確か、年下のあの子が婚約するんだって、という従姉妹からの他愛のない情報だった。知識はあっても、自分の身近に起こった『婚約』という言葉はとても刺激的だった。ひとつ年上で隣国アシュメイルの王女であるエステラも目を丸くして話を聞き入っていた。
そこから、自分達の恋愛へと話題が流れるのは何も不思議ではない。まだ子どもと言われる年齢だが、恋の憧れくらいは抱く。両親には恥ずかしいから内緒だけれど。
特に従姉妹のアリアは皇城内の情報にも長けていて、あの子とあの子は両思いだとか、あの騎士は報われない片思いをしているだとか、いつも大人が教えてくれないどきどきする話を耳打ちしてくれる。両親に付き添ってたまにやってくるひとつ上のエステラが加わると、聞き手が増える分饒舌になって、一晩中語り合うこともざらだった。もちろん、そういうときは双子の弟たちを部屋から追い出している。まだ十歳とはいえ、女の子たちの間に入るなど許されない。
「アリアはぁ、お父様みたいなひとがいいなークロード伯父様も顔は捨てがたいけど、わがまま聞いてくれなさそうだもん。そこがいいんだけどぉ、お父様タイプならわがまま言い放題でしょ?」
「それはセドリック叔父上が可哀想な気がするんだが……」
昔、何やらもめたようで母は嫌っているが、クレアは叔父が嫌いではない。特にあのひとの描く絵は綺麗で好きだ。行ったこともない場所を描いて見せてくれるのは、父の魔法に匹敵する能力だと思う。
「でもお母様がお父様はあげないって言うの。いっつもお父様をいじめてるくせに、ケチなんだから」
「リリア様もアリア様も、セドリック様がとてもお好きなんですね」
「エステラお姉様ほどじゃないよお。エステラお姉様は、お父様大好きっ子でしょ」
あまり表情豊かでないエステラが、見事に固まった。
聖王バアルの愛娘、次代の聖なる女王。砂漠に咲き誇る花、星屑の姫と詩で謳われるアシュメイル王女エステラは、近寄りがたい高潔な雰囲気がある。だが、完璧な王女であると同時に、大好きな父親に恥じぬ娘でありたいと頑張っている可愛い女の子だ。小さな頃から見知っているからか、わりあいクレアやアリアにはこうして素の顔を見せてくれる。
「バアルおじ様ってすっごい親馬鹿だけど、さらっとかっこいいよねえ。ふざけてるように見せかけて油断ならないっていうか? ああいうのも素敵だなーいいなー迷うなー」
「お、お父様は……偉大な聖王なので……」
いや、エステラが素を見せるのは、実はアリアの性格からくるのかもしれない。怖い物知らずのアリアは物怖じしない。ひとつとはいえ年上にも遠慮なく、敬遠されがちなエステラにもぐいぐいいく。険悪な雰囲気もアリアがいるといつの間にか和やかに変わってるのはしょっちゅうだ。天性の才能なのだろう。ひろいんたいしつ、とか叔母から聞いたことがある。意味はよくわからない。
「クレアお姉様の理想は、やっぱりクロード伯父様?」
「ん? どうだろうな……父上のことはもちろん尊敬してるが……結婚したいよりはいつか倒したい」
顎に指を当てて宣言したクレアに、きゃあっと声をあげて喜んだのはアリアだ。
「やっぱりクレアお姉様はかっこいい! さすがアリアの騎士~~!」
「ク、クロード様を倒したいんですか。なぜそのような発想に?」
「だって私が理想の王子様と会えないのは父上のせいな気がするんだ」
腰に抱きついていたアリアが顔をあげ、エステラがまばたいた。
「エステラ姉様だって、同世代の男の子と話そうとするとバアルおじ様が邪魔しにくるじゃないか、いっつも。父上もそうだ」
「お、お父様は確かに露骨ですが、クロード様も……?」
「それとなーく遠ざけるんだよ、私を。そのせいでぜんっぜん出会いがない」
「クロード伯父様、クレアお姉様の婚約話ぜんぶ蹴っちゃうもんねえ。まだ早いって」
「で……ですが、クレア様はまだ十一歳でしょう? 結婚なんてまだ先の話、婚約するにもまだ早いかと」
「んーアリアもまだ早いって言われてるし、クレアお姉様に先をこされるのはやだなあ」
「でも母上は私ぐらいのころ、もう婚約してたんだぞ?」
しん、と沈黙が落ちた。飛び上がるようにまず起き上がったのはアリアだ。
「えっじゃあひょっとしてアリアたち婚約してないとか、みんなより遅れてる!?」
「少なくとも私もエステラ姉様も、親が邪魔をしているのは確かだ」
「……そ、そうなん、でしょうか……?」
「じゃあ聞くがエステラ姉様、同世代で仲のいい男の子はいるか? 最近話したのは? ルクスとシャルルくらいしかいなくないか?」
エステラが固まった。それが答えだ。いち、にい、と指折り数えていたアリアも叫ぶ。
「待って、アリアはたくさん友達いるけど、王子様はいない! えっなんで!? このままだとアリアもルクスかシャルルしか残らなくない!? そんなのやだあああぁぁぁ!」
「アリアはルクスでいいと思う」
「そうですね、わたくしもアリア様にはルクス様がよいかと」
「なんでよお、絶対やだあんな脳筋! 無神経! 仮面皇子! アリアの理想はあんなんじゃないぃ!」
エルメイアの第一皇子をそんなふうに言うのもアリアくらいなのだが、話がややこしくなるので黙っておく。
「とにかく、私たちに婚約話のひとつも持ちあがらないのはおかしいんだ。それどころか出会いもないなんて……絶対に父上のせいだ」
両手の拳をにぎり、クレアは叫んだ。
「私はもうすぐ十二歳になる! エステラ姉様もぼうっとしてたらすぐに大人になってしまうぞ! しかも来年には神女学院に入る予定だって話じゃないか、ますます出会いがなくなる。下手をすればそのまま政略結婚だ、それでいいのか!?」
「い、いいのかと言われても……わたくしたちの結婚は国の事情もからみますし、どうしようもないのでは……」
「アリアいいこと知ってる!」
枕に突っ伏して嘆いていたアリアが、唐突に挙手した。
「魔王の森の奥にある、白い花が咲く湖の話! 湖に映った満月に白い花を浮かべてお願いすると、運命の人と出会えるんだって……!」
「満月? って……」
「……今夜、ですね」
魔王の森は、クレアたちがごろごろしている皇城のすぐ裏側に広がっている。
そして奇しくも今夜は三人の両親は夜会だなんだかんだと、監視の目がゆるい。行かない、という選択肢はなかった。
■ ■ ■
その灯りを先に見つけたのは、椅子に座って窓の外を見ていた双子の兄ルクスだった。
「おい、シャルル。姉上たちが森に入ってくぞ?」
「姉上たち?」
寝そべって本を読んでいたシャルルは目を細め、手招きするルクスの横に椅子を持っていく。窓の外を見おろすには少し身長がたらないので、背伸びをいけないのが腹立たしい。
「どこ」
「あそこだ」
「見えないよ……」
皇城から見える森の方角は誰が見ても真っ暗だ。顔をしかめるシャルルに、ルクスが指をさす。
「あそこだって」
この兄は、魔力がない。だが聖なる力を示す菫色の瞳は、兄に尋常でない動体視力を授けていた。たまに時間もこえた先を見ている節がある。とにもかくにも、常人には見えない世界を見ている。
こういうときは相手にしないか、シャルルも常人ではない力――すなわち魔力で視るしかない。大抵シャルルは前者を選ぶのだが、今回は『たち』に引っかかっていた。
今夜は大きな夜会があって、隣国アシュメイルも招待客として招かれている。
姉のクレアも従姉妹のアリアも、彼女も、兄と同じで常人にはない力がある。慎重に気づかれないよう、視界と感覚を広げた。――確かに、魔王の森に入っていく女の子たちが三人。想定通りの人物だった。
「……何しにいくんだろ、こんな時間に」
「ひょっとして冒険か!?」
「お前じゃないんだから」
「そうなんだよな……お前の言うとおり、エステラ王女はしないよなぁ」
「そ、そうは言ってないだろ」
「どうする? 姉上とアリアとエステラ王女相手じゃ、父上も聖王も気づかないかもしれない」
「魔物が報告するよ、どうせ」
「アリアがさせると思うか? 姉上だっているしなぁ、大事にならない限り無理だろう」
魔物たちは父親に忠実だが、姉には甘いし、アリアやエステラには弱腰だ。
「あんなこそこそ出てって、何するんだと思う?」
「僕が知るわけない」
「あの森はお前の庭みたいなもんじゃないか。父上が知らないことだって知ってるくせに」
「……お前の勘違いだよ」
「なんで俺に声をかけないかなあ、アリアは。どうせ泣きつくことになるのに」
「そんなに気になるなら追いかければいいだろ」
「おれひとりでか?」
じろりと横目で見ると、正面から見返された。
「……。じゃあ、父上たちに言いにいけば?」
「それじゃ、あの三人が怒られちゃうだろ。アリアはいつものことだし姉上も平気だろうけど、エステラ王女は可哀想だ。あの子は真面目だし、アリアの口車にのせられて巻きこまれただけだよきっと。お前だってそう思うだろ」
似ていない双子の兄の視線は意味深だ。シャルルはふいと顔をそらし、椅子からおりた。
「追いかけるのか?」
「なんで。ぼくは知らないし関係ない」
「素直じゃないな」
「うるさいな、視とくよ。それでいいだろ」
ぶっきらぼうに言い捨てると、兄は満足げに頷き返した。
「アリアがなんかしたら教えてくれ。エステラ王女に迷惑かけたら悪い。魔物にも」
「お前、そういう言い方するからアリアに嫌われるんだぞ」
「お前はそういう態度とるからエステラ王女に伝わらないんだぞ」
「うるさいな、関係ないって言ってるだろ!」
怒鳴ってシャルルは寝転がり、元通り本を開く。窓の外を見たルクスが笑って「今夜は長くなりそうだな」なんてかっこつけた台詞を言った。
いつも読んでくださって有り難うございます。
アニメから読みにきてくださった方も、突然の子世代ですが本編終了後のおまけだと思ってお楽しみください。全3話です。




