護衛達の婚約(27)
「どうしてそうなった……」
呆然とした魔王の言葉は、執務室にいる全員と同じ感想だった。
当の本人だけがわかっていないらしく、カイルが真顔で首をかしげる。
「どうと言われましても。そういうわけで、彼女が戻ってきたら結婚させてください」
「確かに、僕は言った。そう頼まれてみたいと。……だが……」
半ば呆然としたまま、クロードが意を決したように尋ねた。
「求婚、したのか。ヴィオラ嬢に」
「はい。指輪を受け取っていただきました」
「詐欺ではなく」
「そのようなことをする女性ではありません。俺もそんなことはしません」
「今までヴィオラ嬢と会話をした回数は」
「先ほどが二度目です。きちんと自己紹介をしました」
魔王が青い顔でふらりと背もたれにもたれかかる。さすがに気遣ったのか、キースがクッションを入れ直した。
「我が主。お気を確かに。窓がガタガタいい始めておりますので」
「……。だめだキース、理解できない。僕は現実が受け止めきれない……」
「まさかのカイルさんが予想の斜め上をいくとは……」
エレファスが感心したような呆れた顔でつぶやく。ウォルトは肩をすくめた。
「こいつ極端なんだよ」
「なんだその言い方は。きちんと求婚してきちんと返事をもらっただけなのに」
「その前がおかしいんだよ。でも、ほんとーに万事がうまくいったのか?」
「いや……その。リラ嬢にものすごく反対されて」
曰く、信じられない。政略結婚だってもう少し考える。とにかくだめ、自分は認めないふざけるな云々――彼女が言いそうなことである。
「僕はリラ嬢を応援するぞ」
いささか顔色を取り戻したクロードがつぶやいたのを聞いて、ウォルトは退散時を感じた。ここは混乱している間に逃げ出すべきだ――クロードは、カイルは自然消滅するかもと思ってウォルトの案は見逃してくれたわけで。
「俺、仕事だから。お前のせいだろ、なんとかしろ」
「あ、ああ」
そっと耳打ちすると、カイルは馬鹿正直に頷き返す。
(こりゃ、クロード様を出し抜けるのは今回だけだろうな)
かく言う自分も、カイルは黙って見送るかもしれないと思っていたので、衝撃を受けている面々のことを笑えないのだが。
「クロード様。心配なさらずとも俺は彼女と連絡を取るつもりはありませんので」
「なぜ!? いやそれでいいんだが、なぜだ!?」
「彼女の研究の邪魔をするわけにはいきませんし、俺も仕事があります。戻ってきた彼女を苦労させないよう、出世せねばなりませんので」
「カイルが出世とか言い出した……僕のカイルが……」
「我が主、しっかり。また窓が風で揺れ始めてます」
「あーそうですよねえ。ルヴァンシュ伯爵家を継ぐのはリラ嬢ですもんねぇ……」
続く会話を背にこそっと執務室から抜け出したウォルトは、古城の小さな応接間に向かう。
一応、非公式の打ち合わせなので人目をさけて古城を指定したのだが、魔物がうろうろする場所に彼女は脅えていないだろうか。
(いやいや甘い顔したらだめだろ、うん)
自分はエルメイア皇国に残った彼女が、見事ルヴァンシュ伯爵家の立て直しをするまでの監視役だ。
襟を正して、応接間の扉をノックする。中から少々硬い応答があった。さすがの強気なお嬢さんも、緊張しているらしい。
その証拠に、顔をのぞかせたウォルトにほっとして、照れ隠しのように怒り出す。
「ねえ、なんなのあなたの相棒! いきなりお姉様に求婚したのよ、なんなの!?」
「あーまあでも、ヴィオラちゃんもオッケーしたって」
「お姉様もお姉様でどうかしてるのよ! そういうとこがあるのよ!」
絶望的な顔で姉を糾弾したあとで、額に手を当てて苦悩を始める。
「ああもう、本当にお姉様、あんな性格でこれから大丈夫かしら……もらった婚約指輪を眺めていて船から落っこちないかしら」
「そこまで心配する?」
「やりかねないのよお姉様は! だって初めての渡航で、しかもひとりで」
勢いこんだ彼女がそこで何かを堪えるように黙る。
きっと本当はさみしくてたまらないのだ。
だが、いつまでも依存されていては困る。静かにウォルトは言った。
「お姉さんは大丈夫だよ、もう。君への人質でもあるけど、アシュメイルでは魔王の客人だ。聖王様は基本いい人だしね。カイルが本気なら、変な虫だってつかない」
「……そう、ね。まずは、お姉様のことより自分よね」
ぎゅっと拳を握ってから、リラはまっすぐウォルトに目を向けた。
「それで、どこにいるの? 早く会わせてちょうだい」
「誰に?」
「私の婚約者とは名ばかりの、監視役よ」
「ああ、それ俺ね」
にこにこしてしまうのは、彼女の反応が楽しみでしかたないからだ。
リラはぽかんとしたあと、うろたえるように視線を泳がせてから、真っ赤になって怒鳴った。
「ど、どういうこと!? 冗談も休み休みにして!」
「だって俺にしか話さないって言ったの君だし。効率を考えると当然でしょ」
「そ、それは、でも、だって」
「俺はあいにくカイルと違ってきちんと外堀を埋めてくタイプなんだよね」
少し前、アイリーンに教えてもらった。とりあえずつかまえて、愛を育むのなどそのあとでいい。
それが恋だ。
賢いリラは逃げ場がないことに気づいただろう。可哀想にぱくぱくと金魚のように口を開閉して、半分涙目になっている。
あんまりにもその反応が普通で、ウォルトは微笑む。
「初めまして、ウォルト・リザニスと申します」
胸に手を当てて、今までで一番紳士的に礼をした。
そしてあの日、床に転がって返せなかった口紅を、堂々と彼女に差し出す。
「リラ・ルヴァンシュ伯爵令嬢。どうか俺に、俺にこの気持ちを確かめる時間を与えてくださいませんか」
さあ、諦めず、逃げ出さず、まっとうに、普通の恋から始めよう。
そして、いつか魔王を招いて、素敵な結婚式をするのだ。




