護衛達の婚約(22)
「お前らのせいですべて台無しだ」
妙に腹に響く声でルヴァンシュ伯爵が言った。その間にも時折ぼこりと嫌な音を立てて、右腕の筋肉が膨張と縮小を繰り返している。
一瞬気絶していたのだろう。目をあけたヴィオラがはっと周囲を――おそらくカイルを気にして、そのあとに真っ青になった。
「お、叔父、様……」
「お前らのせいで、お前らのせいで、すべて台無しだ!」
「使用人はあんたの命令で屋敷に火をつけたんだろ、それで恨むのって、お門違いにもほどがない?」
意識がこちらに向かうよう、わざと明るい声で話しかける。魔香で強化――正確には変質してしまった人間は、基本的に思考が単純になる。案の定、ぎろりと上下左右に忙しなくうごく両眼をウォルトに向けた。
「お……まえ、そうだ。お前が、私を騙したせいで、皇帝が」
だがこちらにはリラがいる。気はしっかりもっているようだが、ウォルトの上着をつかむ手は震えていた。
「お、姉様……そ、それに、も、もうひとりの、あのひと、落ち」
「大丈夫」
短く即答する。それよりもここからどうやってリラとヴィオラを無事逃がすかだ。
「大丈夫って。あの男、もう、人間じゃな……」
「リラ、逃げなさい! お願い、逃げて!」
ヴィオラが叫んだ。後半はウォルトに向けての懇願だろう。ヴィオラのことを思い出したように、ルヴァンシュ伯爵が叫ぶ。
「黙れ黙れ黙れ、妻にしてやると言ったのに、この売女が!」
「誰がお前の妻になど! なるくらいなら今ここで舌を噛み切る!」
「だめ、お姉様!」
飛び出そうとしたリラの腰をつかみ、まだ燃えていない廊下まであとずさる。同時に、ものすごい音を立ててルヴァンシュ伯爵が床に沈んだ。
またも空に投げ出されそうになったヴィオラを綺麗に受け止めて、カイルが窓から廊下に飛びこむ。
「妻にされても舌を噛み切られても困る」
リラを横抱きにしたまま、ウォルトはルヴァンシュ伯爵を炎の廊下の奥へと蹴り飛ばし、カイルと入れ違いに窓から飛び降りた。
「カイル、いいから逃げるぞ!」
リラとヴィオラがいたのでは、戦うにしても不利だ。カイルもすぐさまヴィオラを抱いて三階から飛び降りる。腕の中でリラもヴィオラも真っ青になっているが、気遣っている余裕はない。
その証のように、地上に着地するなり、今度は壁を突き破って、異様な形の影が頭上から降ってくる。
「返せ、それは私のだ」
「誰が――」
「言い返すより安全のほうが先だろ!」
「お、おい、置いてって!」
リラが叫んだ。青い顔をしているくせに、ヴィオラも叫ぶ。
「だ、大丈夫ですから、置いて、いってください。ふたりで、逃げます」
「ウォルト、上!」
巨大な拳が地面目がけて振り下ろされる。飛んでよけたところで、またリラが叫んだ。
「あ、あいつの目的は私達でしょ!? 私達を、置いて、いけば――」
「震えてるくせに何言ってるんだ!」
「手伝ってあげましょうか?」
不意に背後から声がかかった。ひっとリラが息を呑んだが、ウォルトは舌打ちする。
外道魔道士のご登場だ。
「恩を売るタイミングを狙ってたな」
「人聞きの悪い。消火の準備をしてたら、ウォルトさんたちが頑張ってらっしゃるのをたまたま見かけただけですよ」
「エレファス、彼女を頼む」
ルヴァンシュ伯爵を蹴飛ばし、距離を置いたところで着地したカイルが呼びかける。ヴィオラは宙に浮いたままの魔道士の姿に目を白黒させていた。
ふわりとそのかたわらにおりたエレファスが笑った。
「はい、まかされました。ウォルトさんにも素直に頼られたいなあ、俺」
「よく言うよ、悪徳高利貸しみたいな魔道士のくせに。――まかせた」
「うーわー。まあ、いいですよ」
「あ、あの……?」
芝生の上におろしたリラがエレファスを不安げに見る。にっこりとうさんくさくエレファスが笑った。
「ではこちらに、お嬢さんがた」
「でも」
「大丈夫ですよ。かっこよく倒すと思います、おふたりで。俺と違って実戦面で優秀な方々ですから、ねえ。――っと」
嫌みに言い返す前に、地面がゆれた。どんどん巨大化していくルヴァンシュ伯爵が花壇を踏み潰して、立ちあがる。
「逃がさ、んぞ」
真っ青になったリラとヴィオラが身をよせあう。きっとそうやってこのふたりは生きてきたのだろう。
「お前らは、私のものだ。こんな、どこの、馬の骨ともわからん輩になど」
「どこの馬の骨ともわからないとか、失礼だな」
「まったくだ」
だからその前に立ちはだかる。それを見おろして、ルヴァンシュ伯爵が笑った。
「勝てると思うのか、ただの人間が、魔香で強化した私に! 魔王とて敵では」
「あーはいストップ。うかつなこと言わないでくれる。くるから、ほんとに」
「こさせるわけにはいかない。それが俺達の仕事だ」
「そうそう、どこの馬の骨でもないしね。なんてったって魔王の護衛だ」
魔銃の撃鉄を起こせ。そのために自分達はここにいる。
「カイル・エルフォード。我らが主の名のもとに」
「ウォルト・リザニス。我らの誇りにかけて」
左右対称に並んだ二人の銃口から、銀色の弾丸が飛び出た。




