護衛達の婚約(13)
本妻に浮気がばれた男の気持ちって、こんな感じだろうか。
「で? 僕にリラ嬢を見逃せと、お前はそう言うのか?」
「そ……そうしていただけたら、嬉しいなーって、はい」
「なぜ僕がそんなに心を砕かないといけないんだ?」
クロードが執務椅子に座ったまま冷ややかに尋ね返す。
会議室から執務室に一瞬で連れ去られたウォルトに、逃げ場などない。執務室の出入り口にはカイルが立っているし、クロードのそばでキースがお茶の用意をしている。エレファスもシュガーを抱いて、部屋の隅から溜め息をついていた。
「お前からの話を総合すると、リラ嬢は魔香売買に関して黒だ」
「それは……ですが」
「入れ替わりをしていようが何をしていようが、黒は黒だ。なのに見逃せ? 魔香は魔物にとって危険だ。お前も、それはわかっているはずだと僕は信じていたんだが」
「わかってます! それはわかってます、ちゃんと」
「そもそも、僕は箝口令をしかなかったか? 命令違反したあげく、なんの根拠もなく僕に何を要求する気だ? わきまえろ」
返す言葉もない、とはこのことである。
(だよな。初歩的なミスすぎて……いや、クロード様の命令を、忘れたわけじゃないんだけど)
そうとられてもしかたないことはした。クロードの目が一掃冷ややかになる。
「なんだ。言い訳もできないのか」
「すみません……」
「わかった、もういい。――キース。リラ嬢はお前にまかせる」
「了解しました、我が主」
ざっと血の気が引いた。
公の立場はどうであれ、キースはクロードの信任を一番得ている臣下だ。その気になれば今日中にでもリラを罪人として牢にたたき込めるだろう。
「カイル。お前も動けるな?」
「はい」
「カイル、お前……っ!」
ウォルトの話で、カイルは妖精の実在を感じ取ったはずだ。だがこういうところで鈍感で割りきりのいい相棒は、クロードの命令を優先する。
「以上だ。ウォルトはカイルと交替。僕の護衛をしてもらう」
「待ってください、クロード様!」
「何を?」
冷たく問い返されて、喉に言葉が詰まった。
クロードは部下に甘い。だが初歩的なミスをなかったことにしてくれるほど、甘くはない。
(何してんだ馬鹿、考えろ! こういうの誤魔化すのは、得意だろうが……!)
アイザックほど頭が回るわけでも、エレファスほど用意周到でもない。キースほどクロードを理解しているわけでも、カイルほど割り切って動けるわけでもない。
でも立ち回りだけは、一番うまいはずだ。
だからここまで生きてこれた。それを今、使えずにどうする。
「――クロード様に、不名誉なことをさせるわけにはいきません!」
執務机を叩いてそう言ったウォルトに、クロードが目を向けた。
「いいですか、リラ嬢は真っ黒です! 真っ黒すぎて逆にあやしいんですよ。完全にこっちは誘導されてるだけじゃないですか、そのまま呑むなんて、まんまと魔王がのせられてるってことですよ!? それでいいんですか? いいわけないでしょう!」
「リラ嬢を捕らえればすべてわかることでは?」
「それだと彼女にとって都合のいい話しか出てこない! それも、もし本当に入れ替わりがあるなら、どちらか一方の話になる可能性がある」
――あの子を助けてくださる?
あの言葉の意味を、きちんとさぐるべきだ。
「いいですか、ただでさえ一度しくじってます。彼女の両親が事故死したときに、それで終わりだと片づけたせいで、今回のことが起こってるんです。同じミスをクロード様にさせるわけにいかないでしょうが!」
「さもそれらしく言っているが、お前が彼女を捕らえたくないだけじゃないのか? 僕への忠誠心を上回る、私情で」
「何馬鹿なこと言ってるんですか、俺は本当に彼女がクロード様の敵なら――」
そこまで言って初めて気づいた。カイルがクロードの命令に抵抗しない理由がわかってしまったからだ。
「クロード様に仇なす女になんて、俺は興味ないです」
何か理由があってくれ。そう願っていた。
でも何か理由がないのであれば、ただ彼女に失望して、自分の目も節穴だったなと笑うだけだ。
まっすぐなカイルはそんな疑いすら抱かない。妖精はクロードの敵ではないと思っている。そうでないなら、そもそも妖精ではなかったのだ。
そういう残酷さは、お互い様だ。
「俺は恩知らずですけどね。誰が俺を人間にしてくれたか忘れるほどじゃないですよ。クロード様を裏切ることだけはあり得ない」
クロードが赤い目を眇め、ウォルトを眺めている。そこから視線はそらさない。
「そんな俺が言うんです。彼女には何か理由があります。俺はちゃんとわきまえてます! たとえば、舞踏会のあの彼女のドレス。あれは俺が知ってるリラ嬢がやったことでしょう」
「なぜ妖精ではないと? お前は舞踏会にいなかっただろう」
「話を聞く限りあれはリラ嬢ですよ。もし妖精のほうなら、俺に魔香を渡したように、魔香をその場でぶちまければよかったはずだ。でもしなかった。おそらくは魔香を持っていなかったからです。だから禁色のドレスを着て、魔香の存在をにおわせるだけにした。彼女と妖精は多分、互いに目的と手段が違うんです」
魔香を渡して、あの子を助けてと願った妖精。
なら、舞踏会で禁色のドレスを着て奇行に走った彼女の目的は。
「クロード様に、何かを訴えたかったんじゃないですか」
舞踏会には皇帝陛下がいる。魔物を守るため、魔香の取り締まりにとても厳しい魔王だ。
そして皇后陛下を溺愛していると聞く。
――禁色のドレスを着て、皇后陛下に喧嘩を売るような真似をすればきっと、耳をかたむけてくれる。調べてくれる。
「何か助けがほしいなら、素直に僕に申し出ればいいのでは?」
「だからそうできない理由があるんでしょうが! それもわからないまま彼女を捕まえて、はいおしまい。そんな皇帝でいいんですか。俺は、彼女が助けを求めたクロード様が無能だなんて思われる結末だけはごめんです」
もう一度机を叩いて、ウォルトはクロードの目をじっと見る。
「で? 俺の言ってること、やろうとしてるところのどこがお気に召しませんか」
「……」
ふうっと長い息を吐いたクロードが、足を組み直して椅子の背もたれに体重を預け直した。
「お前は本当に、口がうまい」
「おほめに預かり光栄です」
「リラ嬢を助けたくて僕の命令を忘れて暴走しただけのくせに、そこまで言われると僕のためなのかもしれないと思わせるから厄介だ。――どう思う、キース」
「ミスはミスです。同じようにまかせるわけにはいきません」
クロードにお茶を出したキースが、笑顔で言い切った。そうくると思っていたウォルトは、キースに振り返る。
「キース様、俺は――」
「ですがリラ嬢の見合い相手として実際に面識があるのはウォルトです。それなりに関係も築いているでしょう。ですので、調査のためにウォルトは続投。ただし私めの指揮下で、ということで」
「それだと現状、何も変わらない。罰を与えろとは言わないが、再発防止は?」
「大丈夫です。私めの命令を無視するほど命知らずじゃありませんよ、ウォルトさんは」
ねえ、と微笑みかけられて背筋がびしっと伸びた。
「はい、もちろんです! 絶対大丈夫です! なんなりと!」
「待て。僕の命令は忘れることがあってもお前の命令は忘れない? おかしくないか?」
「あと半年減俸、休みなしで」
うぐっとウォルトは詰まったが、それだけですむなら御の字だ。無視されたクロードが眉をひそめる。
「なぜ誰も答えないんだ。僕の命令の価値について」
「さて、私めとしては――いえ、我々としては我が主の汚点になるような結末はさけねばなりません。犯人の取り逃がしはもちろん、ヤケを起こして魔香をばらまかれるのも困ります。ミーシャ学園のときのようにね」
オーギュストはセレナを見捨てた形になったのを、気に病んでいた。
誰から見てもオーギュストに責任などない。セレナの境遇に同情すべき点はあるが、それだけ。そう思っていた。でも、その気持ちが今ならわかる。
オーギュストはそれでもセレナを助けたかったと思ってしまっただけだ。セレナに言わせれば、もう今更だったのだろうが。
(でも俺は、慎重だからね。助ける前に、知りたいんだ)
あのとき自分が見違えた瞬間は、本物だったのか。
「まず、シュガーが追跡してくれた売人をさっさと捕まえましょう。エレファスさん、シュガーさんと一緒に捕縛を今日中に。カイルさんとウォルトさんは、クロード様とアイリーン様の周囲に警戒を。ひょっとしたら何かくるかもしれませんからね」
「何か?」
尋ね返したクロードに、ウォルトは神妙に答える。
「明後日のオペラ観劇ですね」
ウォルトが皇帝夫妻を前にしたリラの反応をうかがうために用意した席だ。デート先の歌劇場に、たまたま時間のあいた皇帝夫妻もやってくる。そういう状況を仕込もうとした。
「ルヴァンシュ伯爵が姪の代わりに弁明にくるのか、それとも素知らぬ顔で令嬢がさぐりにくるのかはわかりません。ですが直接接触した売人が捕まった直後、非公式で接触できる場所となれば、必ず誰かが弁明にくるでしょう。ウォルトさんには一芝居打って、さぐりを入れてもらいますよ」
「疑われているらしいと伝える役ですね。あと、皇帝夫妻がくるとも知らせる」
「ええ。助けになるとかなんとか、適当に騙すかあおるかして動くよう仕向けてください。できないとは言わせません」
「もちろん、できますよ。得意分野なので」
クロードのためにリラを騙すのだ。
自分がどこの誰なのか、何をすべきなのか、胸に刻んで頷き返す。
「いかがです? クロード様」
「まかせるが、僕の命令より効果がある理由についての答えは?」
「決まっているじゃありませんか。全員、クロード様に甘えてるからですよ。私めに甘えは一切、通じませんので」
ね、と目を向けられたウォルトだけでなく、カイルもエレファスもシュガーまでこくこくと何度も頷いている。
それを見たクロードも嬉しそうにそうかと納得したので、やはり、魔王の従者には逆らってはならないというのがこの職場の絶対の不文律である。




