護衛達の婚約(12)
記憶を確かめるために飛びこんだ資料保管庫では、エレファスが調べ物中だった。
「ちょうどいい、手伝え!」
「はっ? 俺にも仕事があるんですけど、議事録の確認っていうとてつもなくめんどくさいやつが」
「それより緊急の用件だよ、いいから手伝え! 六年前のルヴァンシュ伯爵夫妻の事故死の記録!」
「ああ、それならここに」
軽くエレファスが指を動かしただけで、棚の奥にあった木箱がふわふわ浮いてやってきた。魔法は便利だ。
「教会側の資料は?」
「それも入ってますよ。クロード様の命令で、俺がお取り寄せしましたので。って言っても埋葬したって資料しかないですが」
やっぱりか。
舌打ちしたウォルトは箱を乱雑にひっくり返して目当てのものをさがす。エレファスがしかめ面になっているが、かまっていられない。
(事故で夫妻と一緒に死んだ、娘の資料……あった!)
ヴィオラ・ルヴァンシュ。それが一緒に事故死した少女の名前だ。事故現場の状況、そんなものはどうでもいい。大事なのは生年月日だ。ヴィオラ・ルヴァンシュの簡単な経歴の中に、それはあった。
そこにある生年月日と、リラ・ルヴァンシュの生年月日を並べる。
「――双子……」
そうではないかと思ったことが確信になり、ウォルトは長く息を吐き出す。同じものを見たエレファスが言った。
「へえ。双子の姉妹だったんですか」
「教会の埋葬資料はこれだよな」
「ええ。ルヴァンシュ伯爵夫妻と姉のヴィオラ嬢は土葬ではなく火葬したらしいので、わざわざ記録を作ってたみたいです」
つまり姉のヴィオラは死んだことになっている。少なくとも、社会的に生きてはいない。
「……あながち間違いじゃなかったってことか、妖精……」
「え……まさかウォルトさんも妖精が見えるように……?」
カイルの妖精語りを知っているらしく、エレファスがやや引いた。その首元をつかんで、ひきよせる。
「次はアイザックのとこだ、どこにいるかわかんないしさがすの面倒だから転移」
「いやだから俺、仕事中なんですけど」
「でなきゃ週末、お前が帰れないようにするぞ!」
「なんなんですか!?」
怒鳴り返しながらも、エレファスは転移してくれた。羨ましいを通りこしてもはや妬ましいあの色っぽい奥さんの元へ帰りたいのだろう。
あとは気にしてくれているのだろう、とわかっている。なんだかんだ魔王の魔道士は人の機微に聡いし、情報収集を怠らない。
ぱっと出た場所には見覚えがあった。
オベロン商会の魔物支部の会議室――すなわち、古城だ。
楕円の大きなテーブルについていたオベロン商会の面々が、顔をそろってあげる。
「な、なんだなんだあ?」
「あーエレファスさんにウォルトさんだ」
「何事ですか、ノックどころじゃなく転移なんて」
「あ、すみません会議中に。ちょっとウォルトさんが急用みたいで」
「アイザック! ルヴァンシュ伯爵やその家族と面識ないって、間違いないのか!?」
無事着地するなり詰め寄ったウォルトに、アイザックが眉をひそめて答える。
「俺の記憶ではそうだけど、なんかあったのか?」
「リラ嬢がアイザック・ロンバールの顔を知ってるような素振りだったから、確かめにきた」
ウォルトがアイザック・ロンバールを名乗って魔香の調査に乗り出していることだけは、オベロン商会の面々にも伝わっているはずだ。下手な質問をはさまず、皆、黙っていてくれている。
「いや、リラ嬢じゃないかもしれないんだけど……妖精?」
「妖精」
「最近流行ってるんですか、妖精?」
カイルのことを聞いているのだろう、アイザックには真顔で、ドニには興味津々に返される。
「いやカイルのとは違ってだな、ああもう……ええと」
「……とりあえず、落ち着いて座ったらどうです? エレファスさんも」
リュックがそう促すと、無口なクォーツが立ちあがってお茶を淹れてくれた。ドニが椅子を持ってきてくれる。
ありがたく座ったウォルトは、クォーツがくれたお茶を飲んでからこれまでを説明する。
「つまりリラ・ルヴァンシュ伯爵令嬢には事故で死んだ双子の姉がいて、生きてるかもしれないとウォルトさんは疑ってるってことですね。そっちがカイルさんの言う妖精で、アイザック・ロンバールとして見合いをしているリラ嬢と入れ替わっている可能性がある?」
エレファスのまとめに、ウォルトは頷き、持ったままの小瓶を差し出す。
「で、妖精のほうから魔香の原液らしきものを渡された。これ。まず間違いないと思うけど」
「確かに、それっぽいですね」
まずそれを手に取ったリュックが、クォーツに小瓶を回す。
「……調べよう」
「頼む。……それで、アイザック」
「言っとくけど俺にはねーから、ルヴァンシュ伯爵とニアミスならまだしも、令嬢のほうは無理がある。俺自身、ちゃんとアイザック・ロンバールですって名乗ってパーティーに年に一、二回出ればいいほう。で、ルヴァンシュ伯爵令嬢はこないだの社交デビューまでずっと屋敷に引きこもってたんだろ?」
「オベロン商会とルヴァンシュ伯爵も特に取り引きないからなぁ……一応、裏は取ったぜ」
頭をかきながらジャスパーも補足する。ふとウォルトは顔をあげた。
「あれは? こないだのドートリシュ公爵家での夜会!」
カイルが妖精だとか言い出したときの話だ。ああ、とジャスパーが手帳を開く。
「確かにルヴァンシュ伯爵も招待されてた。ただ醜聞気にしてすぐ帰ったし、姪は連れてきてないはずだ。さすがに遠慮したんだろうなぁ、禁色のドレスのあとだし」
「でもあのとき、アイザック、アイリちゃんに用事あってちょっと会場入ったよな。招待客としてじゃなかったけど……」
いつも通り裏口から入り、アイリーンに何か仕事の話を耳打ちしてまた挨拶もせず出て行った。そんなことができるのは、会場がドートリシュ公爵家だったからに他ならない。アイザックだけではなくオベロン商会の幹部の顔は、ドートリシュ公爵家の使用人なら全員把握している。
リュックが手をあげた。
「でもそれって姉のほうが生きてることが前提の可能性ですよね。ならまず姉の生死を確認すべきでは? 手っ取り早いのは墓荒らしですけど、火葬じゃそれもできませんよ」
「……。墓に遺体がなくて当然だからな」
「あ、シュガーだ!」
ぱっと立ちあがったドニが窓際に駆けていく。ウォルトが顔をあげると、開いた窓からシュガーが入ってきた。
「オイ、下僕! サガサセル、ナンタル無礼!」
「あ、ああごめん。シュガー」
「売人、追跡、完了デアル!」
テーブルの上に乗ったシュガーが胸を張った。
「売ッテイタ、アヤシイ小瓶!」
「……なんの話です?」
エレファスの問いに、ウォルトは遅れて答える。
「シュガーは、ルヴァンシュ伯爵の屋敷に出入りした怪しい男の追跡をしてくれてたんだよ。ルヴァンシュ伯爵から姪に変な連中がつきまとってるって聞いたから、頼んでおいたんだ。ルヴァンシュ伯爵不在のときにあやしい連中が屋敷にきたらつけてくれって」
「……大当たりってわけですね」
エレファスの結論に言葉を返せなかった。そんなウォルトを見上げて、シュガーがふんぞり返る。
「我ヲ讃エヨ! 魔王様ニ刃向カウ者ハ、逃ガサヌ!」
「……」
「……。ドウシタ、下僕?」
丸い目に小首をかしげられて、はっとウォルトは我に返った。
「い、いや。ありがとう、助かった……」
「何ガ不満ダ」
じいっと自分を見つめるシュガーの問いに、答えられない。
そこへジャスパーが声をあげた。
「あー、じゃあ魔香売買はまずあるとして。一応、前ルヴァンシュ伯爵の事故の記録、洗い出してみるか? あとアイザック坊ちゃんとそのリラお嬢ちゃんだか妖精だかがいつ接触できそうか、可能性から考えるとして」
「そんなややこしいことしなくていいだろ。問題を複雑にすんなって」
椅子の背もたれに片腕を乗せて、アイザックがウォルトをまっすぐ見た。
「話は単純だ。双子の姉が生きてようがなんだろうが、リラ・ルヴァンシュは確実に魔香売買に関わってる」
自分と同じ結論を断言したアイザックに、ウォルトは両目を閉じて額に拳を当てる。
ドニが首をかしげた。
「でも、双子のお姉さんと入れ替わってるかもしれないんでしょ? 無理矢理協力させられてる可能性だって」
「あのな。死んだ姉が生きてる妹と入れ替わるなんて、妹の協力がなきゃできないんだよ。入れ替わりが無理強いなら、妹は姉が実は生きてるって言えばそれだけで露見する。しかもウォルトが見たその妖精のほうは、ルヴァンシュ伯爵の屋敷から出てきてる」
「あ、一緒に住んでるってことか! 勝手に誰かがやってるわけじゃない」
ぽんとドニが手を打つ。ジャスパーが眉間に指をあてた。
「だから入れ替わりは意図的、互いの行動を把握してるはずだ。で、なんでまた姉を死んだことにまでして入れ替わりを続けているかって言ったら……」
「魔香売買のためですよね、普通に考えると。彼女は両親の事故死の際、幼いという理由で売買疑惑からはずされたわけですが、もし両親の事故死の頃からつながりがあったと考えれば不自然じゃないでしょう」
机に置き直した小瓶を見てリュックがそう言った。ドニが両腕を組んでさっきとは反対側に首をかたむける。
「でも、十歳の女の子でしょう? 思いついたとしても、そんなことできるもんですかね……」
「もちろん、もし入れ替わりが本当なら今のルヴァンシュ伯爵も少なからず何か関わってるはずだ」
声を低くしてアイザックが断言する。
十歳の女の子が、死んだことになっている姉を屋敷で隠し通すなんてことができるわけがない。ルヴァンシュ伯爵はもちろん、使用人まで屋敷ぐるみで隠している可能性が出てくる。
だが釘を刺すように、アイザックが付け加えた。
「それでもリラ・ルヴァンシュが主犯格であることは疑いようがない。入れ替わりがあってもなくても、だ。その魔香はリラ嬢が持ってたんだろ? 生きてる妹であれ、死んだ姉であれだ」
万年筆をまっすぐ、アイザックに突きつけられた。わかっているのだろうと、糾弾するように。
「そしてたった今、ルヴァンシュ伯爵の屋敷に出入りした連中が、魔香を売ってるところをシュガーが確認してきた」
忙しく首を動かして皆の話を聞いていたシュガーが、慌てたようにこくこくと頷いてから、不安そうにウォルトを見あげた。
だがアイザックは口調をゆるめない。
「なら決まりだよ。彼女を捕まえれば、芋づる式に解決。それで事件は終わりだ」
しん、と沈黙が落ちる。ウォルトは長く息を吐き出した。
(そうだよな。そうなる)
入れ替わりがあってもなくても、リラは魔香に関わっている。もしあれが別人だというのがウォルトの勘違いで入れ替わりなどなかった場合、魔香売買の容疑者からはずれるのはルヴァンシュ伯爵だけだ。
なぜ、どうして――そう考えてしまうのは愚かだ。どんな理由でも彼女は罪人だ。
「……カイルになんて言えばいいやら、だ」
そんなつぶやきが苦笑と一緒に漏れ出た。
「まあ、そんなもんだよね」
「ウォルトさん……」
「時間とらせて悪かったよ。アイザックの言う通りだ。入れ替わっててもいなくても、結論も俺のお仕事は変わらないからね」
そう言って、立ちあがる。ひどく体は重かったけれど、深呼吸ひとつでおしまいだ。
今までだってそうやってきた。これからそうできない理由はない。
ここへ魔香の瓶を持ってきたのも、ただはっきりさせたかったから。それだけだ。
「相変わらず意地悪ですよねーアイザックさんって」
近くに座っていたドニが突然、そう言った。その正面にいるリュックが肩をすくめる。
「あれじゃないですか? 公開プロポーズの仕返し」
「……だがあれの主犯は魔道士……」
「えっまさかここで俺のせいになるんです?」
「まあまあ。それを踏まえてってハナシだろ。なっ」
笑ってジャスパーが割って入る。アイザックが鼻白んだ。
「なってなんだよ。なって」
「だっておかしいですよ。わざわざ自分から魔香をウォルトさんに渡して、自白するなんて」
「……しかも、アイザック・ロンバールを名乗る偽者だと、わかっていてな」
クォーツの言葉にウォルトはまばたく。アイザックは念を押した。
「それでもその女が魔香売買に関わってる事実はかわんねーからな。そこは間違えるなよ」
「結婚しても子どもっぽいままなんですね、アイザック様は」
「じゃあお前は結婚して大人になったのかよ、陰湿魔道士」
「はいはいそこまで。じゃーまずは今のルヴァンシュ伯爵と、屋敷の周辺住民の聞き込みからだな。あと使用人も全部調査するかー。ひとまず一日は時間もらえると有り難いな」
「え、いやあの、でも」
ジャスパーに確認されて、初めてうろたえた。ウォルトを置いてけぼりに、リュックが手をあげる。
「ではこちらはこの小瓶の中身の解析を引き受けます。ね、クォーツ」
「……何かあったときのために、中和剤も、増産しておこう」
「ボクは通常業務回しとくんで、何かあったら声かけてください。皆さん頑張ってくださいねー。ほら、アイザックさんは?」
むっつりと黙りこんでいたアイザックが、嘆息と一緒に答える。
「……少なくとも、ここまでの話が全部、罠の可能性はある。あからさますぎる」
「そうですね。俺もそう思いますよ」
あっさり肯定したエレファスを、驚いて見る。
「こうなると舞踏会での奇行から疑ったほうがいいかもしれません。まるでこちらに疑ってほしくてわざとやったみたいだ」
だとしたら。
――あの子を助けてくださる?
あの言葉の意味は、ひょっとして。
「ですよね! 結論を出すのは早いですよ、ウォルトさん。ボクたちも協力するんで、もうちょっと調べましょう!」
「……そのために、ここに、きたんだろう」
「いや俺は、別に」
「オ前、アノ娘ヲ、助ケタイノカ」
まっすぐ尋ねてきたシュガーに、ウォルトは声を詰まらせてしまった。
それが答えだった。
なぜ、どうして――そんなことをあがくように考えてしまったのは、信じたくなかったからだ。何か理由があるのだと、思いたかった。
「認めたほうがいいですよ。大変なのはこれからなんですから」
ばんとエレファスが背中を叩く。詰めた息が、そこで笑いになって出た。
「そっか。……そうだな、なんかややこしい事件っぽいしな」
「それもそうですが、俺達にはそれ以上の強敵がいるでしょう。忘れましたか、箝口令」
は、と笑おうとしていた空気を再度呑みこんだ。
「いや俺もね、ウォルトさんが心配でしたし、まあちょっと思考の整理くらいならクロード様も見逃すだろうと思ってたんですけど……」
「ま、待って。エレファス、待とう。それってまさか」
「お気の毒ですが、時間がないみたいです。一応防音の魔法かけてたんですが、やっぱり気づかれました」
「やめろそれって死刑宣告だろ!」
叫んだ瞬間を待ち構えていたように、会議室の扉が派手に開いた。
手を使うことなく魔力で開かれた扉の向こうで、不穏な風をまとい微笑んでいるのは、ウォルトの主だ。
「悲しいな。僕を仲間外れにして密談なんて」
「……ク、クロード様。これは、ですね」
「何より真っ先に報告・相談・連絡すべきはこの僕じゃないのか、ウォルト?」
頑張ってくださいと小声でささやいたエレファスがちゃっかりクロード側に行こうとしたので、その首をつかんで締め上げてやった。




