護衛達の婚約(7)
気が抜けたというか、なんというか。
(まあ、アイリちゃんたちの勘がはずれることもあるか。そもそもドレスが場違いだったわけだし、センスがないだけなのかもな)
たまたまなのだろう。考えすぎなら考えすぎで、別にいい。
女性が肌を隠さなければならない理由なんて、大抵ろくなものではないのだ。
「きてくださって有り難うございます、リラ嬢」
「何言ってるの、無理矢理つれてこられたのよ……!」
日傘をさしたリラが悔しそうにしている。まあこれはしかたないだろう。ちょっとウォルトもまずかったかな、と思っている。
「すみませんでした。ルヴァンシュ伯爵に叱られてませんか」
びっくりしたように顔をあげたリラのあどけなさに、何気なく尋ねただけのつもりだったウォルトも驚いてしまう。
「あ、いえ。私がルヴァンシュ伯爵にも知らせてしまったので、その結果、無理強いさせられたなら、申し訳ないと……」
「……」
「その。今度からはあなたにだけ連絡します。ルヴァンシュ伯爵に怒られないよう」
元気なリラが黙っていると、妙な焦りがこみ上げてくる。
(まずいな。だいぶこっぴどく怒られたのか?)
足元に視線を落としてから、やっとリラが口を動かした。
「……。そういう、ものなのかしら」
「はい?」
「なんでも報告するものではないの?」
「……。ルヴァンシュ伯爵に、ですか?」
リラは反応しなかったが、否定もしない。なら、答えは明白だろう。
何より、これはチャンスだとウォルトの勘が言っている。だからことさら優しく、だが決してうさんくさくはならないように言った。
「俺はあなたに求婚しているわけですから、あなたの味方です。なんでも打ち明けてくれれば――」
「……今日の服は、どう?」
「は?」
思いがけない方向の質問に、いい雰囲気を作ろうとしていたウォルトの舌が止まる。リラがものすごい目でにらみながら、怒鳴った。
「今日の服はどうかって聞いてるの!」
「似合ってます。可愛いですよ」
ろくに見ずに答えた。女好きなら呼吸のようにできる応答、つまりほぼ反射である。
だがリラは、みるみる頬を赤くそめて、それを隠すように日傘に入ってしまった。
「そ、そう」
「……」
「な、何よ。言いたいことがあるなら言えば!?」
自分で引っこんだくせに自分から出てきた。だがまだ顔が赤いままだ。
つい、真顔になった。
「可愛いですね」
「そ、それはさっき聞いたわ。でも別に大した服じゃないのよ」
「いえ、服ではなくあなたの反応が」
ぼんっと頭から見事に湯気を出し、リラがあとずさる。
「ば、馬鹿にしてるでしょう! 何もわからない、世間知らずだと思って。そんなことはないのだわよ!?」
「……その、無茶はなさらないほうが……」
口調からもう動揺しているではないか。つい憐れみの目を向けると、これまたいい反応が返ってきた。
「わ、私だって、やればできるの!」
「何が?」
「公園を一周するくらいよ!」
涙目で堂々と宣言されたあたりで、限界がきた。
口を押さえて笑いを必死で噛み殺すウォルトに、リラがますます怒り出す。
「何!? それともあなたに行き先の希望があるの!? 聞くだけならいいわよ!」
「い、いえ……十分、おもしろ、いえ、歩くだけで満足です」
「勝手にすれば!?」
負け惜しみも完璧である。ふんと踵を返して公園内の小道を歩き始めたリラに、口元を押さえたままウォルトも続いた。
(は、反応が素直すぎる……! なんかここまでまっとうな反応、久しぶりだな)
妙に夢見てうっとりされるのは優越感を満たしてくれるし、互いの意図を勘繰り合うのは刺激的だし、どれもそれだけの楽しみがある。
だがほめたら照れる、からかったら怒る、それだけの普通のやり取りはある意味新鮮だった。
「機嫌を損ねたなら謝りますよ」
「少しも悪いと思ってないくせに謝らないで!」
それはそうだな、とウォルトは苦笑した。
(悪い子じゃないんだろうな。だからって許されるわけじゃないけど)
自分だって同じだ。悪いことをしている人間だから、騙してもいいなんて話ではない。
そんなことを考えたからか、つい、本音が出た。
「ごめん」
リラがぴたりと足を止めて、振り向いた。
「でも、俺は味方ですよ、リラ嬢」
堂々とした嘘つきを、まっすぐな目が見ている。だが、ウォルトは目をそらさなかった。
それが仕事だからだ。
「……。敬語はやめて」
「……と、言うと」
「さっきのが素なんでしょう」
ほんの少し、瞠目した。ついウォルトが漏らした謝罪が素だと、ちゃんとこの子は嗅ぎ取ったらしい。勘のいい子だ。
「あと、リラ嬢っていうのもやめて。なんだか馬鹿にされてる気分になるから」
「そう言われても」
「リラでいいわよ。ありがたく思えば?」
さばさばした言い方は傲慢にも、さっぱりしているようにも聞こえた。苦笑して、ウォルトはそれに応じる。
「なら、お言葉に甘えて、リラ。公園一周以外にも、買い物につきあってほしいんだけど」
「買い物? どこに」
「オベロン商会に」
ウォルトは今、アイザック・ロンバールだ。まずそこに疑いを抱かれないようにしなければならない。それには小さな仕込みの積み重ねが大事だ。
そして皇后が発案しアイザック・ロンバールが会長を務めるオベロン商会は、庶民から貴族まで幅広い年齢層の女性の憧れの店だ。アイザック・ロンバールが本気で女性を口説くのであれば連れて行って当然の店。
(現実は全然違ってたけどねえ。あーレイチェルちゃんかわいそー。いやでもレイチェルちゃんにとっちゃあれはアイリちゃんとアイザックの店かぁ。うわあ複雑)
だがそのあたりとはまったく関係ないリラは、普通のご令嬢らしく頬を赤くしてそわそわし出した。
「オ、オベロン商会に……何を?」
「ルヴァンシュ伯爵に怒られないよう、デートがうまくいった証拠があったほうがいいよね?」
「だ、だからおとなしくついてきて、受け取れってわけ」
頭の回転も悪くないと、ウォルトは彼女の評価を訂正する。
(まあそうか。打てば響くような反応って、要は反射神経がいいってことだもんな)
頭の反射のよさは浅はかさとは紙一重だ。悪く転べば禁色のドレスを着るし、いいように転べば本質を突いてくる。
ウォルトは偽っている身だ。あまりなめてかからないほうがいいかもしれないと、気合いを入れ直して尋ねる。
「ついてきてくれるよね?」




