護衛達の婚約(5)
見合いの翌日、やっぱりお見合いはお断りしますとリラから、ぜひこのまま姪との見合いを進めたいとルヴァンシュ伯爵から、それぞれ手紙が届いた。
姪と叔父で言っていることが真反対である。
「ってことで俺は叔父様の手紙を採用して、リラ嬢とおつきあいしようと思いまーす」
執務室でふたりきりになった隙を狙って報告したウォルトに、クロードが嘆息した。
「肝心の本人には断られているが……どんな感触なんだ?」
「そうですね。正直、そんなに賢いお嬢さんだと思えないので、確実に裏に誰かがいると思います。証拠がつかめないんでしょう? 反抗期でのぼせたお嬢さんの悪さにしてはできがよすぎる結果だ」
「そうか。お前も僕と同じ印象か」
クロードのつぶやきに、ウォルトはああと声をあげた。
「クロード様、舞踏会で口説かれたんでしたっけ。何か覚えてないんです?」
「いちいち僕が覚えていると思うか?」
堂々と言い放つ主に、一瞬だけ青筋が浮かびそうになった。
「アイリちゃん以外、詳細を認識しないのはどうかと思いますよ……それともいちいち覚えてられないっていう自慢ですかね? うっわ、むかつく」
「そうじゃない。ただアイリーンは違うようだったから気になったんだ。ドレスがおかしいと言っていて」
「そりゃ皇帝主催の舞踏会で禁色の紫を着てきたら確実に頭がおかしいでしょ」
「そうではなく。肌が露出していない、と」
ウォルトは件の舞踏界に出ていない。だが、見合い当日の姿は思い浮かべられる。
(ああ、そういえば……派手な色と飾りだったけどきっちり着込んでた、な?)
高そうな格好だな、ということに目が向いて気づかなかった。
「……寒かった……とかではないですよね?」
「最近は夜でもそこそこ暖かくなってきたし、舞踏会は室内だった」
確かに、とウォルトは頷く。
「禁色のドレスで派手に着飾って、しかも皇帝にいきなり粉をかけてくる。それだけ自分の容貌に自信があるわりには、胸元だけでなく腕もすべてレースで覆われたドレスなのはおかしいと、アイリーンが言うんだ」
「……。そのレースだって相当お高いんでしょう。見せびらかしでは?」
「ドレスは女を美しく見せる武器、しかも皇帝を口説きにきたならば、自分を美しく見せることを最優先に作るはずだと。しかも、僕の好みは肌を見せるほうだと知れ渡っているとかで……」
遠い目で言葉をにごしたクロードの気持ちはうっすら察することはできたが、同情はできない。アイリーンの装いを見れば一発でわかることだ。自業自得である。
「体型に自信がないならわかるが、そういった性格ではなさそうだろう」
「まあ、どっちかっていうと体型はいいほうな気はします」
「あえて脱がす楽しみを思い起こさせるような大人の女性なら、あんなに態度が直球にはならない。逆に慎ましやかなタイプで僕の気を引こうとしたのであれば、ドレスの形は合う。だが今度は色も態度も合わない。つまり僕の妻いわく、外見と中身の印象が一致しないそうだ」
「はあ、なるほど。俺も化粧があってないなーくらいは思いましたが、そこまでは……」
意外な女性視点の分析に感心しながら、ふと背筋が寒くなる。
「……女の人っていちいちそこまで考えてドレス着てるんですか……?」
「怖くなるからやめてくれ。レイチェルやあのセレナとかいう女官も加わって分析した結果だ。そもそも僕好みにしあげるなら、とか……僕はそのままのアイリーンでいいんだが」
「いやそれは嘘ですよね」
「僕の好みを反映してくれるのがそのままのアイリーンじゃないか」
ぬけぬけとのろけられても、鼻白むだけだ。
「話はわかりました。ちょっと注意してみます……考えすぎじゃなければ、何か理由があるのかもしれません。実は結婚したくなくて非常識に振る舞った、とか」
「本物の世間知らずで考えが及んでおらず、ただ目立ちたかっただけという可能性も十分にあるが。まぁお前なら見誤ることはないだろう。まかせる」
「おっ嬉しいこと言ってくれますね、クロード様。じゃあお願いがあるんですけど、もうちょっとしたらデート先にちょっと協力してくれません?」
組んだ両手を頬の横に当てておねだりの姿勢をみせたウォルトに、クロードが呆れた顔で応じる。
「またろくでもない悪巧みか?」
「そのための俺でしょ。赤子も平気で屠って、可愛い反抗期の女の子にハニートラップしかける人間兵器ですよ」
「何を言う。こんなに情の深い人間兵器がいるか」
意外な返答につい言葉をつまらせたウォルトに、クロードがルヴァンシュ伯爵とリラ嬢の手紙を返す。
「調べに必要ならつきあおう。キースに頼んでおけば、僕の予定に入るはずだ」
「……わっかりましたー。そっちも何かつかめたら教えてくださいね」
「ああ……それが、実は難航している。カイルがあの状態だろう」
背もたれに深く腰かけ直して、クロードが大きく肩を落とす。別の問題に、ウォルトは頬をかいた。
「まだ妖精がとか言ってるんですか、あの馬鹿。もう一週間たちますよ」
「言っている。うかつにルヴァンシュ伯爵の名前を出せない。怖い」
「舞踏会の話はしたんですか?」
カイルは生真面目だ。主に礼のなっていない令嬢を受け入れるとは思えない。
「一応それとなく伝えたんだが、それは妖精とは別人でしょうとあっさり切り捨てられた……」
現実のほうを受け入れなかったらしい。恋は盲目とはこのことだ。さすがにウォルトは毒づく。
「あんの馬鹿……あーもう、なら妖精をさがさせて現実を突きつけてやりましょうよ」
「その結果、お前とかちあって修羅場ったらどうするんだ」
あり得る。つい想像してしまって、ウォルトは天井を仰いだ。
「もちろん、カイルの言うとおり、妖精とやらはただリラ嬢のハンカチを持っていただけで、リラ嬢とは別人だという可能性はある。だがはっきりさせようにも、カイル自身がさがす気がないらしくてな」
「はぁ? 現実拒否ってさがす気もないんですか、あのヘタレ野郎」
「妖精は人間界にはそう現れないそうだ」
しんとした沈黙の間に、クロードが執務机の上で両手を組んで微笑んだ。
「しかも魔の側に属す自分には彼女の羽根の光もまぶしすぎるとか言われて、僕はまだまだだなと」
「張り合わないでくださいよ!?」
「あと少し悲しくなってしまって。僕のそばにいるせいでカイルは妖精と会えないと思っているのか、と……」
「いや、そもそも妖精なんぞいませんからね。クロード様まで変な方向いかないでくださいよ?」
「カイルが妖精がいると言うんだ。いるだろう。つまり、僕の妖精はアイリーン……ひょっとして魔王の僕は妻に会う資格がないのでは?」
「結婚してもう一年以上たってるくせに何たわごと言ってるんですか。これ以上話をややこしくしないでください!」
「外まで聞こえているぞ。何をそんなに騒いでるんだ、ウォルト」
当の本人が出てきた。慌ててウォルトは振り向く。
「カイル……びっくりさせるなよ、ノックは」
「したが応じなかったのはお前だ。クロード様、そろそろ会議の時間です」
「あぁ、そんな時間か。少し待ってくれ、これをすませてから行く」
羽根ペンを取って執務机に向かったクロードに頷き、カイルがウォルトの横にやってきた。
「例の件の報告か?」
「まぁ、そんなところ。あとお願いも」
「クロード様に手間をかけさせるなよ」
むっとしたウォルトはカイルを冷たくにらむ。
「そういうお前こそ、妖精だなんだのぼせあがって仕事おろそかにするんじゃないよ」
「俺は妖精を貶めるような愚かな真似はしない」
きりっとした顔で言われてしまった。だがちょっと引いてしまう自分は悪くない。聞き耳を立てていたのだろうクロードだって、疲れ切ったような溜め息を吐いているではないか。
「いっそ妖精に気を取られて僕への監視の目がゆるめばいいものを、お前は……」
「何かおっしゃいましたかクロード様。俺は万が一にもまた満月の夜に妖精に出会える奇跡が許される日まで、まっとうに生きるしかないのです」
「うわーめんどくさい方向にいったなお前!」
「何がめんどくさいだ。俺にはまた会える日を夢見て祈ることしかできないだけだ……」
「そうだな。僕もアイリーンと満月の夜に出かける日を夢見て祈ることしかできな」
「なら俺と一緒に善行に励みましょう、クロード様。まずは仕事です」
羽根ペンを置いて祈ろうとしたクロードを容赦なくカイルが引っ立てていく。
頬を引きつらせてウォルトはそれを見送った。
(やめとこ。妖精がどうこうあいつを突くの)
仕事に悪影響は出ていないようだが、変に張り切って回りが迷惑なやつだ。とばっちりをくらう。
ただでさえ真面目なカイルの厳しい目は、主に背負ってもらおう――何せ、魔王なのだから。




