護衛達の婚約(4)
「リラお嬢様、こちらへどうぞ」
遅れたことについて謝罪のひとつもなく部屋に入ってきたのは、ふわふわした金髪の髪に線の細い顔立ちをした美少女だった。
確かにぱっと見の可憐さが、妖精っぽい。
だが、深緑の瞳はきりりと吊り上がっている。ドレスの色は目をひそめてしまうような妖艶な赤。胸元から裾に向かって薄くなっていき、裾部分が白くなっている。並大抵の職人では染色できないだろう。袖口の細かい黒のレースの意匠も、華やかで美しい。夜会でもないのになかなか豪華な装いだ。特に胸元に輝く大きなダイヤのブローチは、わかりやすく羽振りのよさを物語っていた。
(けど……なんか、ちぐはぐだな。金をかけただけっていうか)
威嚇でもしたいのか、化粧がやたらと濃い。それこそ妖精らしく可憐なお嬢様のほうが似合いそうなのに、完全に方向性を間違っている気がする。しかも、こちらを検分する目力が強い。
それでいて十六歳らしい幼さの残る顔立ちをしているものだから、評価がしにくい。
(気合いが入りまくっておかしくなった田舎のお嬢さん、みたいな?)
だが、たとえ化粧がはげてもこちらを睨む目力は本物だろう。
これで妖精はない。やはり、初心な相棒の審美眼はまったく信用できないようだ。
内心で肩をすくめたウォルトは、伯爵家三男らしく、先に礼をする。相手は名門伯爵家の一人娘だ。下手に出るのが大人の対応である。
「初めまして、リラ嬢。アイザック・ロンバールです。この度はお招きいただき」
「招いた覚えなんてありません。時間がすぎている時点で、招かざる客だということは察することができるでしょ。間抜けな男ね。十五分も遅れたのよ? 十五分」
わかりやすい上からの嘲笑だが、時間をきっちり把握しているあたり律儀だ。しかもなぜ自慢げに繰り返すのか。
(十五分の遅刻って、まあそりゃ失礼だけどね?)
どう反応しようか決めかねるウォルトの前で、少女はまくしたてるように、つんと顎を上げて続ける。
「私、成り上がりの貴族なんかと結婚する気はないの。だって私はルヴァンシュ伯爵家本家の娘なのよ。皇帝陛下に嫁ぐことだって夢ではない立場で、うだつのあがらない三男坊なんかと結婚するなんてごめんだわ」
「……社交デビューした舞踏会ではずいぶんご活躍だったと聞いております」
それとなくさぐりと嫌みをまぜてみたが、なぜかふふんと挑発気味に笑い返された。
「そうよ? なのにお見合いなんて叔父様が勝手に決めて困っているの。私から断ったという形でかまわないから、帰ってちょうだい。迷惑だわ。あなただってそのほうがいいでしょ。高望みせず、あなたにお似合いの女の子をさがすことをおすすめするわ」
しっしと手で犬を追い払うような仕草をされるが、ウォルトのほうは仕事だ。そうですかとは引けない。
「それは……困りましたね」
「えっ」
なぜそこで驚く。奇妙さに本人も気づいたらしい。焦ったように言い足す。
「で、ででででも、あなたは皇后陛下の覚えめでたいんでしょう? 私が断っても、そちらの傷にはならないはずよね?」
「いえ。そうではなく、私の……俺の、気持ちが」
少女が、ぱちぱちとまばたいた。そうするとやはりあどけなく見える。
(見た目も頭もお花畑で、腹芸が下手。つまり――ただの馬鹿な子どもだ)
にっこりとウォルトは優雅に、大人びた笑みを浮かべる。
「信じてもらえないでしょうが、今、一目見てあなただと思いました。帰れなどとおっしゃらず、せめて俺に機会をいただけませんか」
クロードが身近にいると自分は平凡だと思うが、これでも容貌に自信はある。甘ったるい微笑を向けられて、喜ばない女はいない。
魔王の妻だとか、そういう例外を除いて。
「え……えっ!? なっに、を」
案の定、真っ赤になったリラが口をぱくぱくさせたあと、行き場を失った視線をうろうろさせ出す。
「じょ、冗談はやめてちょうだい。そ、そんな、わた、私に都合のいい話があるわけないでしょう!」
「都合がいい?」
「い、いえ! なんでもな――そ、そう。言ったでしょう。わ、私は成り上がりの、伯爵家の三男坊なんかと結婚する気はないって。だって釣り合わないもの!」
目が泳ぎまくっている。本音だろうとなんだろうと、動揺しているのが丸わかりだ。いっそ微笑ましくて、大袈裟にウォルトも演技が続けられる。
「確かに、同じ伯爵家でもあなたのほうが格上です。だから俺もあなたと同じ理由で、このお話を断ろうと思っていました」
「……そ、そうよね? そうよね、普通そうよ。でなきゃどうかしてるんだわ」
「そう、どうかしてしまったんでしょう。今はそんなことを考えていたことが信じられない」
「な、何!? 何が言いたいの!?」
ここで望む言葉を言ってはいけない。
穏やかな笑みを浮かべたウォルトは、胸に手を当てて、少しだけ身をかがめて、警戒と期待を全身で表す素直な少女に願う。
「お願いします。せめて、俺にこの気持ちを確かめる時間を与えてください、レディ」
少女は何かを言おうとして、真っ赤になって黙ってしまった。
にらまれても、これで詰みだ。
次に会う日時をさっさと取り付けて、また今度というひとことを有無を言わさず押しつけ、ウォルトは立ち去ることに成功した。紳士らしく、その手の甲に挨拶のキスを落とすのは忘れずに。
(まぁ、こんなもんでしょ)
見送りの使用人に帽子にステッキを渡された。
紳士の装いは窮屈だ。さっさと外へ出て、屋敷を振り返る。
古いが手入れの行き届いた屋敷だった。装飾品や絨毯もきちんと整えられていたし、使用人の格好もきちんとしていた。伯爵家という名家の派手さはまったくないが、ぎりぎり貴族の体面は保てている。今の伯爵が建て直した、というのは本当なのだろう。
そこへあの派手な格好をした傲慢そうなお嬢様だ。
屋敷から感じる堅実さと、あのお嬢様の派手さには、確かに齟齬がある。加えて伯爵は質素倹約で有名なのだ。人々が十六歳の小娘相手に噂を立ててしまうのは当然だろう。
「名家なのに質素倹約な暮らしやうるさい叔父様にうんざりして、悪いことに手を出しちゃったかな」
年若い少女にありがちな反抗期だろうか。だが魔香に手を出したとなると笑えない。
いずれにせよ、派手な暮らしを手に入れた少女が次に望むとすればいい男だ。自慢のアクセサリーになるような――でも一方で、あの年齢なら甘い恋も捨てがたいだろう。
甘い夢を見る少女に夢を売るのは、得意分野だ。あの調子で攻めていけば、いずれ自分に『誰にも言えない秘密を告白』してくれるだろう。
少し甘い顔をみせただけだ。簡単だな、と嘲りまじりの苦笑いが浮かぶ。
そもそも魔香なんてものに手を出すお嬢様が、そう賢いわけがない。例外がいることは否定しないが、あくまで例外なのだ。
――以前と違うと自覚しないと、いずれ境界線がわからなくなるぞ。
ふっと相棒の警告が蘇ったが、なんの罪悪感も持てない自分には、いらぬ心配だ。むしろあのどこからどう見ても普通な少女を妖精だとか勘違いした相棒の目のほうが心配である。
(あーあ、あとはどうやってカイルの目をさまさせるかねー……)
そちらのほうが悩ましいなと思いながら、ウォルトはぐるんとステッキを回した。




