護衛達の婚約(3)
相棒がおかしくなった。
いつもこちらが辟易するくらい細かくきちっとしているのに、ふと気づけば何やらぼうっと宙を眺めている。かれこれもう三日はすぎたのに、治る気配すらない。
どこか気を取られがちな様子にクロードの機嫌が悪くならないかと案じたが、クロードも「妖精はいるんですね……」というひとことに引いてしまい、触れてはいけない案件――もとい、見守る方向にしたようだった。あの魔王様は存外、危機管理能力が高い。
(仕事にミスはないからいいんだが、大丈夫かねー。……いや問題はそこじゃないか)
話が空中分解してよくわからないが、カイルの話をつなぎ合わせると、先週の夜会で妖精にハンカチをもらったらしい。妖精というのは現在頭がお花畑のカイルの比喩だろうから、わかりやすく言えば意中の女性ができた、ということだろう。
妖精みたいな女性などいない。いるとしたら妖精に化けた女性だ、というのがウォルトの持論だ。のぼせあがっているカイルに言うほど野暮ではないが。
いや、言えない理由はそれだけではない。思わず溜め息が出てしまう。
「――わざと仕組んだんじゃないだろうな?」
カイルがのぼせている女性の名前は、落としたハンカチから察するにリラ・ルヴァンシュ。
アイザック・ロンバールになりかわったウォルトの、これから始まる見合いのお相手の名前である。
(別人じゃないと、ものすごくめんどくさいんだけど)
掃除の行き届いたルヴァンシュ伯爵邸の応接間をぐるりと見回す。見合いの時間までもう少しだ。
待たされている間に、わかっていることを頭でおさらいする。
端的に言えば、カイルがのぼせている妖精――リラ・ルヴァンシュ伯爵令嬢には、魔香売買の疑いがあるのだ。
ことの発端は他でもない、彼女の身内。数年前に亡くなった彼女の両親に代わってルヴァンシュ伯爵となった、彼女の叔父からだ。
両親のこともあるし、早く結婚して落ち着いてもらいたい。そう夜会でやたら気を揉んでいるという話がクロードの耳に入った。皇帝が一介の伯爵を気にかけた理由は当然ある。
数年前、資金繰りに困った前ルヴァンシュ伯爵――リラの両親は教会と通じて魔香を売る商売に手を出し、叔父に告発されたのだ。ただ、その真偽を確かめる前に、両親とリラの姉が事故に遭って死んでしまった。おそらく教会に始末されたのだろうとウォルトは思っている。
いずれにせよ伯爵夫妻と娘――リラ嬢にとっては両親と姉――が事故死し、結局売買のルートも真相もわからないままで終わってしまった。だが、ルヴァンシュ伯爵家は長年領地の不作で困窮に喘いでいたこともあり、資金を得るため魔香に手を出す動機なら十分にあった。どの程度かはともかく黒だろう。
その後、告発者である叔父が爵位を継いでから、ルヴァンシュ伯爵家は少しずつ立ち直っていった。新しくルヴァンシュ伯爵となったリラ嬢の叔父は結婚もせず、たとえ兄夫婦が魔香を扱っていたとしても姪は何も知らなかったのだとかばい、リラ嬢を手元で育てたのだ。大層立派な話である。
そして先月、十六歳になったリラ嬢が皇帝夫妻が主催する舞踏会で社交デビューした。両親の一件があり、ずっと人目をさけていたご令嬢だ。ルヴァンシュ伯爵が堅実でしっかりしたお嬢様を育てているに違いない――そういう美談への期待もあっただろう。
注目の的になっていたリラ嬢は、一粒で屋敷が買えるような宝飾品の数々を身につけ、最高級の絹を使った華美なドレスを着て、舞踏会場に現れた。
倹約家のルヴァンシュ伯爵も姪の社交デビューには奮発したのか。そういう見方もあるかもしれない。
だが彼女はエルメイア皇族にしか許されない、禁色である紫のドレスを着ていたのだ。
真っ青になったルヴァンシュ伯爵が皇帝夫妻に床に頭をこすりつけるようにして、詫びにきた。
皇帝のクロードは簡単に不敬を許すわけにはいかない。育て方を間違ったのかと冷たく嫌みを飛ばし、それを皇后のアイリーンが取りなす。わかりやすい役割分担でその場をおさめようとしたらしいが、そこでまたリラ嬢本人が爆弾を落とした。
「皇帝に見初められれば皇族じゃない。だから紫のドレスにしたの。何か問題があるの? とっておきの香水もつけてきたわ。さあ、遠慮せずこちらにどうぞ、皇帝陛下」
もはや取り繕いようのない姪の失態に、穏やかだというルヴァンシュ伯爵もおそろしい剣幕でリラを舞踏会場から引きずり出した。
騒然とした舞踏会場だったが、そこはアイリーンが機転をきかせ、「あんな可愛い子に言い寄られたら皇帝陛下も悪い気分ではないでしょう」とすねてみせ、クロードがそれをなだめる――という形でおさめたようだ。
その日、ウォルトとカイルは非番、護衛についていたのはベルゼビュートとエレファスだったため、話はすべて伝聞だ。
だがリラ嬢の異常な羽振りのよさと傲慢な態度は、世間知らずや悪目立ちというレベルではすまされなかった。ひたすら頭をさげるルヴァンシュ伯爵に同情が集まる一方、魔香売買の疑惑が再浮上したのだ。
そうでなくとも、両親に疑惑があった。疑われるのは自然な流れだろう。両親が事故死したとき、ひとり残されたリラ嬢はまだ十歳だった。だが、今は十六歳。両親からのつながりがあれば、魔香の売買人と接触するには十分な年齢だ。
しかも本人曰く『とっておきの香水』である。
確かに甘い香水をリラ嬢は身につけていたらしい。だが、クロードとベルゼビュートは魔香だと感じなかったそうだ。ということは魔香ではないのだろうが、あやしまれて当然である。
(わざとらしいのが気になるんだよな。現場見てないからなんとも言えないけど)
同じ違和感をクロード達も抱いたため、調べは慎重に進められることになった。
だが姪の悪評に焦ったのか、社交デビューしたばかりなのにルヴァンシュ伯爵が莫大な持参金を提示してリラ嬢の結婚を急ぎだした。数撃ちゃ当たるとばかりの勢いで、ロンバール伯爵家の三男坊であるアイザックに見合い話が持ちこまれたのだ。
アイザックはレイチェルとの結婚を互いの実家に反対され、駆け落ちまがいの結婚を選んだ。そのせいで結婚が公にされておらず、ロンバール伯爵家にも見合いが持ちこまれ、ロンバール伯爵家もそれを受けたらしい。
ロンバール伯爵家の面の皮もすごいが、勝手に見合い話が進んでいると知ったアイザックもこの話を自ら持ちこんでクロードに恩を売りにきたのだから、いい勝負である。アイザックは皇帝に恩を売り、実家の面目を半壊程度に潰してレイチェルとの結婚を認めさせる。あるいは二度と手を出さないよう牽制するつもりなのだろう。自作自演の鞭と飴作戦だ。
つまり、アイザックはルヴァンシュ伯爵家が黒だろうが白だろうが、自分の名前を調査に貸した時点で見合い話は皇帝がうまく片づけてくれるので、何ひとつ損はしない。
そういう経緯で、クロードが見合いを機に本格的な調査に乗り出した。
その白羽の矢に当たったのがウォルトという流れである。
(なんか腹立ってきたな。せっかくだし、すげー浮名流してやろうかな。レイチェルちゃんと不仲になるくらい)
クロードが自分を選んだのもそういう意図がある気がする。うんそうしよう、などと思っていたら、応接間の扉がやっと開いた。
同じ伯爵家同士、だがロンバール家は最近爵位を買った成り上がり、かたやルヴァンシュ家は古くから続く名門だが、前伯爵夫妻に魔香売買の疑惑があり、すねに傷がある家だ。
対等だとくるか、上からくるか。
リラお嬢様は果たして鼻持ちならないご令嬢なのか、それともまさかの妖精か。
ちらと見た時計は、指定の時間を既に十五分すぎていた。妖精なら遅れてしまうのはしかたない。皮肉っぽい感想を抱きながら、ウォルトはやっとのお出ましに立ちあがった。




