護衛達の婚約(1)
『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』8巻発売御礼小説
ある日、エレファスの婚姻届を執務机の真ん中において、魔王様が尋ねた。
「お前達はどうなんだ、そういう相手はいるのか」
赤い目が据わっているので、相棒と目配せし合ってウォルトは答える。
「相手がほしいくらいですよ」
「今のところ仕事で手一杯です」
「だがいずれ結婚するんだろう。そして僕を置いていくんだ、エレファスみたいに……」
とっくの昔に署名を終えた部下の婚姻届をわざわざ取り出してまで、魔王様が何やらこじらせている。素早く原因に目を向けると、魔王の魔道士は穏やかに笑った。
「いや、俺は売られたんですよね?」
「だがほだされてしまった。僕に貞操を貫くと信じていたのに」
「嘘ですよね。完全に俺を政略結婚のダシに使いましたよね? 被害者ぶっても駄目ですからね?」
「お前、最近キースに似てきてないか。昔はもっと僕の機嫌を取ってくれた」
「褒め言葉だと思っておきます。そうだ、クロード様の意見を取り入れて妻が新しい写真機を試作してますので、近々持ってきますね」
「そうか。楽しみに待っている。写真を撮るとアイリーンが恥ずかしがって可愛い」
クロードの理不尽な非難をかわしたうえにご機嫌までとったエレファスは、確かにうしろでお茶を用意している魔王の従者に似てきている。
「で、お前達はどうなんだ。僕に隠している女性がいたりしないだろうな」
また話が戻ってきた。ウォルトは呆れて言う。
「そんな恐ろしいことしませんよ……」
「そうです。そんなことをしたら仕事が増えます」
「いないんだな?」
「「いません」」
ぴったりふたり、声をそろえて言う。こういうあたりはこの魔王の護衛になってから得た特技だ。ついでに、もうひとこと付け加える。
「さっき言ったように、ほしいくらいですって」
「そうか。ならよかった。これがお前の釣書だ、ウォルト」
「はい?」
ものすごい角度で振ってきた話に、ウォルトの笑顔が固まった。
釣書。お見合いの前にくる、履歴書代わりのやつだ。
「……えー、聞き間違いですかね?」
「僕は言い間違えてない。お前にはいずれ適当に爵位を与えて適当な女性と適当な時期に適当に結婚させるつもりだったからな」
「適当連呼しないでくださいよ、適当すぎでしょう!」
「なぜ怒る。適切なという意味なのに」
「いや違いますよね、テキトーって意味ですよね」
「言葉遊びはいい。とにかく来週だ、適当に行ってこい」
「いやいやいやいや待ってくださいよ! 俺だけ!? カイルは!?」
横で目を丸くしているカイルを指さすと、クロードが難しい顔をした。
「いくらふたりでひとつの僕の護衛とはいえ、妻も共有するのはどうかと思う」
「違いますそういう意味じゃないです! こいつはお見合いしないのかっていう」
「ひとりくらいは結婚させてくださいと言い出すのを待とうかと思って」
その回答に確信した。執務机に身を乗り出して、ウォルトは唇の端を持ち上げる。
「遊んでますね、クロード様」
「エレファスは一週間もたなかったからな」
ついエレファスをにらむと、素知らぬ顔をしていた。
結婚して落ち着いたのか、最近ますます態度がふてぶてしい。
「お前なら大丈夫だと思うが、相手に粗相のないように。護衛の仕事は当然こなしてもらう。今日の夜会も忘れるな」
「いやあのですね、俺、まだ承諾してませんけど」
「僕がせっかく用意したのに?」
「小首傾げればお願い聞いてくれるのはアイリちゃんだけですよ!」
「アイリーンから聞いた。愛人役は得意だそうじゃないか」
ぎくりと身をこわばらせると、クロードがとてもさわやかな笑顔を浮かべていた。
なお、花瓶のつぼみは閉じたままなので、本当に笑っているわけではない。回答を間違えれば突風で窓がわれるほうの笑いである。
「僕が行けと言っているんだ。わかるな?」
そして答えは一択である。
「はい、喜んで!」
「自業自得だ」
横で呆れた相棒の言い様に足を踏んづけてやろうとしたが、さっとよけられた。
「そうだ、お見合いについてもうひとつ注意がある。お前はウォルト・リザニスじゃない」
「はい?」
「僕の護衛でもない。どこかの貴族の三男坊だ。アイザック・ロンバールとかいう」
「はあ!?」
叫んだウォルトの横で、カイルが眉をひそめる。
「それはつまり、身代わりですか? でもなぜ」
「相手について知り得た情報について、僕とキース以外に報告はしないこと。不必要な口外は、たとえカイルとエレファス相手でも禁じる。もちろん、アイリーンにもなしだ。最終的にお前の婚約は僕が決める。魔香を売っているなんて、噂だけを鵜呑みにするわけではないが」
ただの身代わりではない。同じことを察したカイルが口をつぐみ、ウォルトは肩から息を吐き出す。
(魔香売買の、潜入捜査)
「見合いとはいえ、せっかくの機会だ。僕の護衛としての品位を損なわず、紳士的に、仲良くやってくるように」
「まかせてください。女の子と仲良くなるのは得意ですからね」
クロードが差し出した釣書をウォルトは笑顔で受け取る。
アイリーンの愛人役を申し出たことを魔王様が忘れてくれますように、と願いながら。




