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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第一部

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 ほどなく、化粧水の試作品が完成した。

 秘匿性を考え、アイザックが選んだ富裕層の女性にモニターしてもらった結果、評判は上々。手応えは十分あった。

 問題は売り方だ。


(わたくしが売り込もうとしても、今は名前だけで門前払いだわ。前はドートリシュの名前だけで信用は十分だからって、宣伝のことはあまり考えてなかったのよね……)


 ジャスパーに調べてもらった、夜会出席予定者のリストに目を通す。

 皇太子が初めて自ら夜会を主宰する場だ。ドートリシュ公爵家に劣らぬ大物貴族の名前も並んでいる。ここでうまく演出できれば、軌道にのる。


(いいものができたもの、使ってもらえれば確実に評判になるはず。問題はどうやって使わせるかよ。頭を下げて頼む? いいえ、そんなことをしたら足下を見られるだけ……)


 がさりと音が聞こえた。

 羽ペンを持ち、ランタンの灯り一つで自室の机に向かっていたアイリーンは、先に口を動かす。


「アーモンドでしょう。クロード様に言いつけましてよ。まったくあなたは懲りもせず――って」


 振り向いたアイリーンは目を丸くする。

 そこにいたのは蝶ネクタイをつけたカラスではなくベルゼビュートだった。


(……。そうね、彼、魔物だものね。使えるのよね、私の影)


 微妙に間抜けたことを考えてしまう。

 こんな真夜中に、淑女の部屋に忍び込む。魔物とはいえ青年の格好をしている以上、許されざる所業だ。だが、彼に限って夜這いなんてことはあるまいし、ただ困惑が勝る。


「……娘。頼みがある」

「……。まあ、いったいどういう風の吹き回しで?」


 皮肉ではなく本気で首をかしげると、ベルゼビュートは眉間のしわをさらによせた。


「俺だとて、頼みたくはない。だが、お前が適任だと小僧から聞いた」

「ドニのことかしら。まったく、わたくしは便利屋ではなくってよ。でもいいでしょう、言ってご覧なさい」

「……王が、夜会に行かれるだろう。俺もそれについていきたい」


 ぱちり、とアイリーンはまばたきした。ベルゼビュートは深くため息を吐く。


「キースがついていくのは知っている。だが、それだけでは心もとない」

「夜会についてきたとしても、従者は隅にいるくらいしかできませんわよ?」

「それでもだ。……夜会とは、王を追いやった人間共の集まる場所だろう。そこは王にとって戦場だ。王は強い。負けない」


 ゆるぎない信頼が宿る瞳で、ベルゼビュートは続ける。


「だが、傷つかないわけではない」

「……」

「夜会という場所で王に恥をかかせないためには、マナーという力が必要だと聞いた。俺は、その力が欲しい」

 せめて、そばにいるために。


 そう訴える瞳に、苦笑いしてしまった。――これは、断れない。


「分かりました」

「俺にマナーの力を授けてくれるのか」

「ええ、授けましてよ? まだ一か月あります。とりあえず形にして差し上げますわ。あなたはクロード様の右腕で、騎士なのですから」

 ぱっと嬉しそうな顔をするベルゼビュートの純真さは本物だ。

「クロード様は幸せ者ね。……何より、不思議な方だわ」

 ベルゼビュートが首を傾けた。

 それがまぶしくて、うらやましくて、アイリーンはぽつりと胸の内をさらす。

「ここまで周囲を動かすなんて、どんな方かしらと気になってしまう」

「魔王だが?」

「そうね。それでこそ魔王なのかもしれないわ。……危険で、謎めいていて、何が起こるか分からない。だからこそ誰もが無視できない……――それだわ!」


 まさに天啓だった。立ち上がり、夜会の出席者のリストをもう一度見る。


「……狙うならこことここと……確かこの二人は仲が悪かったわね、それを利用して……!」

「おい、娘。俺は早くマナーを授かりたいのだが」

「ええ、もちろんよ。あなたにも他のご令嬢がときめく騎士になってもらわないと」

 いけるはずだ。にいと悪徳商人の笑みを浮かべたアイリーンは、早速ベルゼビュートに向き直る。

 そして両腕を軽く組み、優雅に微笑んだ。


「そういうわけで、まずはわたくしに跪くことから覚えましょうね?」



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