67
「あんたら私をなんだと思ってるの!?」
そう怒鳴りながら会議室にやってきたセレナだが、テーブルで息絶えそうな点滅を繰り返している聖具にすぐさま手をかざしてくれた。連れてきたオーギュストが消耗した顔をしているので、道中散々罵られてくれたのだろう。
心の中で合掌している間に、通信機がわりになっている聖具が光り出す。おお、とどこからともなく感嘆の声があがった。
「さすが、便利な補給係だな」
「聞こえてるわよそこの半魔、殺すわよ」
「静かにして、何か、音が……」
ぶちっと何か途切れたような音が聞こえたと思ったら、聖具がいきなりテーブルの上に姿鏡のような画面を映し出した。その中に見える人影は。
「ドニ!?」
『あっ、つながった! やった、つながりましたよエレファスさん!』
『ほんとですか!?』
『おい、アイリーンが小さいぞ!?』
そう言って画面いっぱいにうつっているのはベルゼビュートだ。その頭を押さえこんだ黒い胸元と、赤いチョーカーがうつる。
「ベルゼビュートにアーモンド、あなたもいるのね!?」
『喋ッタ!?』
『小さいアイリーンが喋ったぞ!』
『そういう装置なんだよ、どいたどいた。いつまでつながるかわかんねぇんだから。ほらほらお菓子がそろそろできあがる時間だぞー』
「ジャスパー、あなたも!」
一度だけにかっと笑ったジャスパーだが、すぐさまその場所をエレファスに譲る。
疲労の濃い顔をしたエレファスが、嘆息した。
『よかったです、うまくいって。このまま過労死するかと思った……ドニさんが信じられないんですけど、徹夜続きだっていうのにまだなんか作ろうとしてる……』
「あなた達、どうしたの。今どこにいるの、無事なの?」
『ああ、すみません。全員無事で、ハウゼル女王国にいます――いえもう国外かもしれませんが、ハウゼル女王国の空飛ぶ宮殿の中に』
思わずアイリーンはテーブルの上に身を乗り出した。
「あなた達、どうやってそこに……」
『祭場でアイリーン様が出てきた場所から入ったんですが、そのまま宮殿が浮いてしまって結界に閉じこめられてしまって――という感じですね。この厨房には結界がないんですが、それでもここの外は結界がはられてますし、白い兵隊もうじゃうじゃいるしで。とにかく連絡とろうとドニさんと頑張って、通信機っぽいものを作ってみました』
「作ってみましたって……」
話を聞きながら、感心するより呆れてしまった。
『でもあまり長くはもたないです、聖石に聖なる力を補給することができないですし。それに傍受の危険もあります。そっちはどうなってますか。宣戦布告が出たんじゃないですか。ルシェル様は?』
「ルシェル様はいらっしゃるわ。協力してくださるって」
『時間稼ぎをしている最中ということですね。では、策の方は』
「それが……」
言葉を濁らせて、アイザックのほうをちらりと見る。
だがアイザックは視線をそむけたまま、やはり何も答えなかった。
『ひょっとしてやっぱり、戦線離脱しようとしてます? アイザックさん』
ぴくりとアイザックが眉を動かすと同時に、アイリーンは画面のエレファスに振り返る。
「やっぱりって」
『いやあ、そうくるんじゃないかなーと思ってて。ならよかったです、ええ、嫌がらせができそうで! もうね、俺はこの瞬間のために耐えてた気さえしますよ!』
「……なんの話だよ?」
ぶっきらぼうにアイザックが口を動かした。それに対してエレファスの笑顔の輝きが増す。
『アイリーン様。もうひとり、ここにいるメンバーのご報告が遅れました。ここには俺とベルさん、アーモンドさん、ドニさんにジャスパーさんと――レイチェルさんがいます』
「はあ!? 敵陣のまっただ中でしょ、なんでそんなとこにいるのよ!」
声をあげたのはセレナで、椅子をゆらすほどの勢いで振り返ったのはアイザックだった。
さすがにアイリーンも驚いて怒鳴る。
「どうしてレイチェルまでまきこんだの! レイチェルは――」
『わかってますよ。戦う力も何もない、普通の可愛いお嬢さんです。だからこそ必要だと思ったんです。アイリーン様でも説得できなかったときに。ねえ、アイザックさん』
「エレファス、お前、まさか……!」
右腕に包帯を巻いたアイザックが椅子を蹴って立ちあがり、エレファスが映る画面の前までやってくる。
『助けてくださいよ、アイザックさん』
「――それだけのために連れてったのか!?」
『そうですよ。恨むなら、俺なんかをアテにした自分を恨むことですね』
「お前……!」
『さあ、考えてください。他はアテになりませんよ。俺は魔力が使えないし、ベルゼビュートさんやアーモンドさんも戦力になりません』
「……俺の方針は変わらない、その女のために変える理由もない!」
アイザックの答えにセレナが眉をつりあげたが、エレファスはそれを一笑にふした。
『レイチェルさんも似たようなこと言ってますが、それ、本当ですかね。だってあなたは、なんでもかんでも手に入れようとするアイリーン様の一番の下僕ですよ。そんな人が、アイリーン様だけを選ぶはずがない』
「……どういう意味だよ」
『アイリーン様を守ればレイチェルさんの無事も自動的に確保できますもんね?』
喉をつまらせたように、アイザックの顔がゆがんだ。
『そうそう、俺のことをほめてくださってたそうで。ありがとうございます』
『うわーいきいきしてるなあ……いっそ可哀想になるわ、オジサン』
『エレファスさん、無駄に苦労する人ですよねーあっこれとこれくっつけてみよ』
『王は自慢していたぞ、魔道士の陰湿さを!』
『クッキー、ウマイ、ウマイ! レイチェル、コッチ!』
『というわけで、最後の説得はレイチェルさんにまかせますね』
ぎょっとあとずさろうとしたアイザックを、リュックとセレナが両脇からつかまえた。
「お、お前らっ……はなせよ!」
「逃げるんじゃないわよこのヘタレ!」
「さあ椅子に座ってレイチェルさんのお話を聞きましょう、アイザックさん?」
「――心配しなくていい、逃げだそうとしたら私達で縛りあげてやる」
肩をすくめたゼームスに目配せされたオーギュストが苦笑いし、ウォルトが親指を立て、カイルが真顔で頷き返した。
青ざめたアイザックがアイリーンに目を向ける。
「お前いいのかよ、大事な侍女を危険な目にあわせたままで!」
「そうね、わたくしの侍女はなんて優秀なのかしらと感動しているわ」
「お前な……!」
『ほ、ほめてくださって有り難うございます、アイリーン様』
レイチェルの声にぴたっとアイザックが動きを止めて、静かになった。
両腕を組んだアイリーンは、エレファスと入れ替わりで出てきたレイチェルに微笑みかける。
「元気みたいね。ひとまず安心したわ。いきなりあなたがいなくなったものだから、身支度だとかわたくしずいぶん困っているのよ?」
『も、申し訳ございません。何か困っていることは、今のうちに言っていただけるとお答えできます』
「そうね。エレファスの話は聞いていたわね? アイザックがわたくしの味方をしてくれなくて、困っているの。――あなたを頼ってもいいかしら?」
レイチェルが、小さく息をのんでから、意を決したように頷いた。
『はい。私で、できる、ことなら』
「そう。なら、頼んだわ」
そう言ってアイリーンは一歩、横に譲った。




