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「ドニにリュック、クォーツに――アイザックまで! まさかあなたまできてくれるとは思わなかったわ。あなた一応、貴族なのに」
「きたくなかったっつーの」
どちらかと言えば薄汚れた格好の人間が多い中、一人いかにも貴公子な格好と整った面差しをした青年が、頭をがしがしかきながら前に出る。
「でも魔王だろ? 何やってんだって思うだろ? みんな心配してきたんだよ」
「あら、有り難う。でもわたくしのことなら心配無用よ?」
「そう言うと思ったけどよ……あったまおかしーわ相変わらず。あのな。今オメーは大人しく引っ込んでしくしく泣いてりゃいいの。そういうタテマエが大事なの。んで同情集めて、その間に裏であの二人を引きずり落とす画策すんだよ」
不躾に鼻先に指を突き付け、ずけずけ言うアイザックに、鼻で笑い返す。
「そういうのはあなたが得意でしょう? 頭脳戦はあなたに任せるわ」
「ってやらせんのかよ! やらせるならちったぁ俺の言うこと聞いてみろよ!」
アイザック・ロンバール。アイリーンと同じ学園の生徒だ。商売を成功させ金で爵位を買ったロンバール伯爵家という、成り上がり貴族の三男。それだけで、特に何か目立ったところがあるわけではない。
(マークスの親戚ってくらいで、ゲームにも出てこないものね)
金で買った爵位なので、マークスとは血のつながりもないし、性格も真反対で、お互いがお互いを無視している。マークスが目立って人気がある分、アイザックはどこにでもいる学生の一人としか認識されていないだろう。
アイリーンだって、たまたまペアで課題をするくじに当たらなければ、特に気にかけなかった。その時リリアはセドリックを引き当てていたのだから、世の中の縁はうまくできている。
「――セドリック皇子はお前が思ってるような男じゃねぇって、散々言ってやったのにな」
「そう言えばあなた、あの夜会の時、どこにいたの?」
「見てたよ、遠くからな」
「……見てたの。そう」
「俺が助けられるかっつーの。皇太子とマークス・カウエルだぞ? あれに睨まれて生きていけるのはそれこそお前だけだ。俺が出て行きゃただの無駄死に、正義感の無駄遣いだ」
「分かってるわ。あなたのそういうところは信頼しているもの。――セドリック様にクビを切られてくれたんでしょう?」
事業を開始するにあたって、既に実家から商売を任されていたアイザックをアイリーンは取り込んだ。
金の流れに関してはアイザックの方が内情を把握している。しかも成り上がりとはいえ貴族だ。セドリックが積極的にアイザックを切り捨てにかかったとは思えない。
「……リリア様好みの顔だったんだろ。それだけだよ」
ぶっきらぼうに告げたアイザックに笑う。
三白眼の鋭い顔立ちをしたアイザックは、間違いなく美形の部類だ。いわゆる不良っぽくて近づきがたいので、騒がれないだけだ。
愛嬌のある顔立ちをした小柄な少年が、大人っぽく肩を竦める。
「アイザックさんは、自分で啖呵切って抜けたんですよ」
「おいドニ、いい加減なこと言うな。クビっつったのはあっちだ」
「ドニも有り難う。あなたがいれば安心して現場を任せられるわ。親方はお元気?」
「ええ、元気ですよ! アイリーン様がドートリシュ宰相に進言してくださったおかげで、第五層にも診療所ができましたから」
小柄で身軽が取り柄の少年は、第五層でも腕利きの職人だ。孤児だったところを彼が親方と呼ぶ職人に拾われ、遊び代わりに家を建てていたという経歴の持ち主でもある。手先が器用で、ろくな教育を受けていないのに図面がひける、天才建築士だ。彼とは、父親にくっついて第五層の視察に行った時に出会った。
そして、ドニの親方が通う診療所に勤めている人間に、アイリーンは目を向ける。
「リュックも。ごめんなさいね、利益が出て、やっとあなたの希望だった薬の開発ができそうだったところに、こんなことになって」
「いえいえ。薬師としての興味で言えば、魔王の森の方が何か新しい発見がありそうでわくわくします。ね、クォーツ」
癖の強い髪の毛が風になびくのを押さえながらリュックが話しかけたのは、彼の幼馴染みだ。
難しい顔をした眼帯の青年は、両腕を組んだままふいと背を向ける。
「……」
「挨拶くらいしなよ、クォーツ」
「いいのよ。クォーツもきてくださって有り難う。ドートリシュ公爵領の農園に連れていってあげられなくてごめんなさい。魔王の森の植物にも興味を持ってくれればいいんだけれど」
「……」
「……怒っているのかしら」
長い髪を一つにまとめた端整な顔立ちの青年が滅多に喋らないことは知っているが、最近は挨拶くらいしてくれるようになっていたので、不安になる。リュックが笑った。
「大丈夫ですよ、アイリーン様。クォーツが怒っているのは、自分が折角アイリーン様のために丹精込めて作った植物を、セドリック皇子が持ってっちゃったことですから」
クォーツは無口だが、植物を心の底から大事に育てる植物学者だ。植物を愛しすぎていて、商売に使うことを説得するのに随分骨を折った。だからこそのこだわりだ。
「それは、本当にごめんなさい。リュック達が考案した処方箋も、持っていかれてしまったのよね……」
「いいんですよ、アイリーン様のせいじゃない。ね、クォーツ」
「……。ああ」
答えてくれたクォーツにほっとする。
「なら、二人とも魔王の森であっても、わたくしの元で働いてくれるのかしら」
「ええ、もちろん」
リュックに続いてクォーツも小さくだが、首を縦に振った。二人とも第五層の出身だが、その才覚で特待生扱いで第四層の学園に通った優秀な人材だ。こんなに心強いことはない。
「ありがとう、本当に。頼りにしているわ」
「頑張ります。大丈夫ですよ、いざとなれば痕跡が残らない毒を開発しますから。ね、アイザック様」
「おい、勝手に巻き込んで俺を首謀者に仕立て上げようとするな腹黒薬師! 企んでないからな俺は、皇太子暗殺なんて。そういうのは流行んねーの!」
「……。魔王の森に、いい素材があればいい」
「やーめーろー。ドニ、止めろ!」
「うーん。それよりは一定以上負荷がかかると壊れちゃう橋とか……?」
「お前もか!」
「あのー……そういうの置いといて、もう仕事の話に入った方がいいんじゃねぇか。すっげぇ風吹いてて寒いんだけど!」
ずっと黙っていたジャスパーの提案に、アイリーンはふと空を見上げる。強くなった風は曇り空を連れてきていた。
「さっきまで晴れてたのに……でもどうしましょう。ほら、お城はこの状態でしょう? これだけの人数を入れるだけの場所がないのよ」
「はーいそこでやっと私めが登場ですよ!」
ドニが連れてきた職人達の一番後ろから手が上がった。驚いてアイリーンは振り向く。
「キース様! どうしてそこに」
「紛れ込んでちょっと様子見してました。いやあ、想像以上ですよ。私めびっくりー」
「……。誰だ?」
「魔王の従者だ」
アイザックの答えに、ざっと人の波が割れた。ふふっとキースが笑う。
「脅えることはないですよ。私は普通の人間ですから。……アイザック・ロンバール。元シュミット商会、今はロンバール社の三男。才覚だけなら兄達より上と噂の問題児。あなたがアイリーン様の頭脳ですか、初めまして」
「……どーも。俺はただの出納係だけどな」
「ドニ様も有名ですねぇ。建築の設計からデザインまでこなす天才肌。お抱えにならないかって貴族も多いとか」
「そんな、僕は自由にやってるだけですよー」
「リュック様とクォーツ様は第五層自慢の秀才達じゃないですか。二人で経営されてる薬局は良心的・効き目も抜群と大好評。人望も高い」
「お褒めいただき、有り難う御座います」
「……。ただの結果だ」
「でも一番すごいのはアイリーン様ですかね? これだけの人材をおさえて、これだけの人間を魔王の城の前に集まらせる。今まで誰にもできなかったことです」
達者な口を披露しながら、キースがアイリーンの目の前までやってきた。ベレー帽の下から、ジャスパーが低い声で尋ねる。
「魔王様と一緒に森に引っ込んでるって話だったが……従者はよく知ってるな。俺以上の情報通じゃないのか?」
「そりゃあ、魔王様の従者ですから。それくらいの情報収集、当然です」
人を食ったような笑みを向けた後、キースが揺れる木々を見上げた。
「ああ、いけない。おしゃべりがすぎてクロード様が苛立ってますねぇ。雨がきそうだ」
そう言ってキースがうらぶれた廃城の鉄扉の前に立つ。
「クロード様、お客様が雨に打たれないよう城をお願いしますよ。さあ、皆様。中へご案内致しましょう」
キースがアイリーン達に恭しく頭を下げる。同時に、鉄扉の門が一人でに開いた。
破れた国旗が曇り空の下で強風に煽られている。完全にホラーだ。
初めて魔王の城にきた時と同じ面持ちで、アイリーンはこくりと喉を鳴らす。それでも真っ先に自分から足を踏み出した。代表は自分だ。
溜め息をついたアイザックが次に、ドニは少し脅えながらその後に続く。ジャスパーは顰め面で追いかけるように足を踏み出し、リュックとクォーツも顔を見合わせてから続いた。その後ろには彼らが連れてきた者達が、それぞれ脅えながら、あるいは虚勢を張りながら続く。
誰もここにきて怖じ気づかなかった。それを確認して、キースは振り向く。
「アイリーン様は、本当に見込みがありますね」
薄く薄く、弧を描いた唇が笑みを象る。
「私め、気に入っちゃいました」




