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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第五部

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199/344



 エルメイア皇国の歴史は聖剣の乙女の伝説と共に始まる。そしてそれは『聖と魔と乙女のレガリア4』の主軸ストーリーでもある。

 つまり、4は今から七百年近く前の話だ。その内容を知ることは、歴史のお勉強に近い。

 ミルチェッタ地方に生まれたアメリアという少女が、十六歳の誕生日と同時にハウゼル女王国の女王候補生に選ばれ、女王候補生達が切磋琢磨し合う学園都市へと向かう。そこで攻略キャラたちと出会い、一番女王に近いと言われている悪役令嬢グレイスの妨害にも負けず、自分の出生の秘密を知り、そのうえで女王になるかそれとも聖剣の乙女になるかの道を選ぶ――それがゲームのあらすじだ。

 一方、歴史ではアメリア・ダルクという名前の女性が神聖ハウゼル女王国から聖剣を授かった聖剣の乙女となり、魔王を斃して、エルメイア皇国を建国したとされている。これはゲームでいう正規エンディング、聖剣の乙女エンドと重なっている。


 その4が今までと大きく違うのは、時間軸と、ラスボスの存在だ。


 1から3までは、今アイリーンが生きている現実に近い時間軸の設定だった。

 だが、4は過去も過去、エルメイア皇国建国より前の時代である。そして今までは二週目でないと攻略できない隠しヒーロー扱いだったラスボスが、4では正ヒーローも兼ねている。


 そのヒーロー兼ラスボスの名前は、ルシェル。

 学生として紛れこんだ人間とは思えぬ美貌の青年――その正体は、神に反逆し魔界に堕とされた神、すべての魔物たちの父、原初の魔王である。

 その力は想像を絶する。優しい好青年に見えるのは、表面だけ。ゲームが進めば容赦のない残酷な本性が垣間見えるようになる。いずれ聖剣の乙女になるであろう主人公を堕落させるためだけに愛をささやき、恋人になり、それでも主人公が正義を選ぶと、手の平を返すのだ。

 その凍えるほど冷たい赤の眼差しは、ヒロインですらおののかせる――。


「ちょっとアイリーン、ここに埃残ってるよ~?」


 しかしやはりゲームはゲーム、現実は現実である。

 ルシェルが、これみよがしに窓枠に落ちた埃を指さした。


「掃除、甘いんじゃないのー? これでクロードのお嫁さんとか、僕は認められないなあ」


 髪を三つ編みでまとめ三角巾をかぶったアイリーンは、はたきを片手に、にっこりと笑い返した。


「今、そこに埃を落としましたわよね、お義父様」

「えっひどい。僕がそんなことするわけないじゃない、ねーアーモンド?」

「エッ?」


 開いた窓からこちらを心配そうに見ていたアーモンドが、びくっと羽を震わせる。

 泣き真似をしながら、ルシェルはそのもふもふした黒い胸に顔をうずめた。


「アイリーンはすぐ僕をいじめるんだよ! ひどいよ、パパを守ってー!」

「パ、パパ様……ッアイリーン、イジメ、ダメ、絶対!」

「ね、ひどいよね。だからみんなで魔界に帰ろう」

「エッ。デ、デモ……魔王様、アイリーン、スキ……」


 きょろきょろとアーモンドが困ったように目を泳がせている。

 その顔をがっしりつかんで、ルシェルが迫った。


「大丈夫、この女とは離婚すればいい。さあみんなでクロードを説得しよう?」

「まあ……確かに、わたくしとしたらゴミを見落としてました」


 ふうとため息を吐いてから、アイリーンははたきを壁にたてかけ、ルシェルの後頭部を片手でつかんで、窓から外へと押し出す。


「いちばんのゴミを捨て忘れてましたわ……!」

「ちょっここ三階だよ!? 普通の人間だったら死ぬよ!?」

「ゴミは生きていないので死にませんわ」

「言いかたがひどい! うわーアーモンドぉ、あっそこにいるシュガーも、たすけてーおちちゃうよー!」

「父上ニ何ヲシテイル、イケナイ妻メ!」

「アイリーン、ダメ! パパ様、殺ス、ダメ!」

「大丈夫よシュガーにアーモンド。ゴミを外に捨てるだけよ……!」

「ぶれないなあ、君。こわーい」


 ふっと質量がなくなったと思ったら、ルシェルが窓の外に浮かんでいた。心配してアーモンドやシュガーがその周囲をばたばたと飛び回っている。魔物には当然のようになつかれているのが憎らしい。

 クロードと同等、その気になれば上位の存在だとゼームスは言っていた。ベルゼビュートもクロードとは別格で、ルシェルを認めているようだ。


(まったく、ややこしい……!)


 魔王の父――ルシェルが突然現れたその日の夜は、魔物達が喜んでそのままお祭り騒ぎに突入した。

 もちろん、初夜は完遂できなかった。

 クロードはずっと黙っていた。眉間に一本だけしわを刻み、難しい顔をしていた。

 その光景を思い出して、じんわり胸がうずく。クロードがアイリーンに告げたのは、たったひとことだった。


『――迷惑をかける、すまない』


 それはクロードが魔王でありながら人間であることだとか、魔力が不安定であることとか、ルシェルの登場だとか、「化け物になってしまう」という危険性だとか――そういう、諸々のことすべてを含んでいた。

 だがアイリーンはそんなもの、すべて承知でこのひとの妻になったのである。


『なんて無粋なことを仰いますの! 大丈夫です! わたくしにすべておまかせになって』

『気持ちは嬉しいんだが、君にまかせるのはちょっと』

『遠慮などいりませんわ。わたくし魔王の妻ですもの!』

『へーえ。魔王の妻か』


 夫婦の語らいに平然と割りこんできたルシェルを思い出して、いらっとした。


『なら僕に負けたりしないよねええぇぇ?』


 そして翌日から、ルシェルはアイリーンに絡み始めた。

 いわゆる嫁いびりである。

 アイリーンのここがなっていない、あれがどうこう、ひたすら難癖をつけてくる。「君さえやっつければクロードは素直に魔界に帰ってくれるに違いない作戦」だそうだ。

 クロードは止めようとしたが、もちろんアイリーンは受けてたつことにした。いわゆる「クロード様が欲しければまずわたくしを倒しなさい作戦」である。

 完全勝利をきすため、古城に泊まりこみでルシェルにつきあうことにした。皇太子妃の仕事は父であり宰相であるルドルフに頼んで減らしてもらっている。

 なお、突然の舅来襲について説明を受けたルドルフは、止めてくれと願うクロードに笑顔で首を振り、親指を立てて「負けたら家に入れないからね!」と力強く応援してくれた。クロードは頭を抱えていたが、これはもはや親子の問題ではない。


 舅と嫁の戦いなのだ。


 そういうことで、「ちょっと埃っぽいよねークロードの体に悪いんじゃない~?」とか言うルシェルを黙らせるため、朝日が昇る時間から古城の掃除をしていたのである。


「僕、クロードのお父さんだよ? 魔神とかそういう類いの存在だよ? いくら聖剣があるからって、怖いもの知らずにもほどがない?」


 唇をとがらせて、すねたようにルシェルが言う。アイリーンは頬に手をあてて笑い返した。


「あら、わたくしの聖剣の攻撃をうけて、魔界から出てきたはいいものの魔力もエレファスくらいしか使えない方のどこを怖がればよろしいの?」

「アイリーン様、俺を最低基準にするのやめてもらえませんかね」


 ぼそりとしたつぶやきと一緒に、エレファスが廊下に姿を現した。


「言っときますけど俺、人間の中ではわりと最強のほうですからね?」

「知ってるわ、クロード様の自慢の魔道士だもの」

「はあ、なら俺くらい強いその人につっかかるのやめてもらえませんか。アイリーン様を護衛してる俺の心臓がもちません」


 普段、ウォルトやカイルとは別行動でクロードの下で働いているエレファスは、現在クロードの命令でアイリーンの護衛についている。


「わかってます? 本当はクロード様より強いんですからね、あの方」


 ただ、どうもアイリーンを守るためというより止めるためにいるだけのような気がする。


「君もパパって呼んでくれていいよ、エレファス! 魔力を持ってる人間は親戚みたいなものだからね! でもアイリーン、君はダメだからね?」

「まあ、お義父様ひどいわ。わたくし達、もう家族なのに」


 ばちばちとアイリーンとルシェルの間で火花が飛ぶ。

 はあっとエレファスが何度目かのため息をついた。


「だから挑発しないでくださいって言ってるのに……」

「アイリーン様! 洗濯は終わりました」

「あらレイチェル、ありがとう。セレナは――」

「買い出しなら行ってきたわよ。厨房に全部置いておいたから」


 アイリーンと同じ三角巾をつけたレイチェルと、召使いのお仕着せを着たセレナが廊下の奥からやってくる。

 それを見て、窓から廊下に入り直したルシェルが大げさに顔をしかめた。


「僕はアイリーンに頼んだのになあ? これってずるじゃない?」

「おいアイリーン、昨日言ってた椅子の修繕、ドニに頼んどいたから」


 逆方向の廊下からやってきたアイザックが、書類を見ながら報告を続ける。


「あと、魔王パパ様の部屋の模様替えはゼームスに予算計算してもらって承認おろして着手済み。今、オーギュストが立ち会ってる。午前中に終わると思う」

「ありがとうアイザック」

「魔王パパ様が食べたいーってわがまま言った大昔のエルメイアの郷土料理に関しては、ジャスパーが資料とレシピ見つけてきたから再現可能。魔王様の身の回りのことに関してはあの従者にまかせといた、マントのほつれとか魔王パパ様の不満点は今日中に改善される見込み。ついでに何着か新しく作るってさ。その予算もゼームスが調整済み」

「他に終わっていないことは?」

「リュックとクォーツが用意した、お前とそこの魔王パパ様の昼食くらいじゃね?」


 アーモンドを肩にのせたルシェルが、一拍遅れて叫んだ。


「いやずるってレベルじゃないくらい他人を使いすぎじゃない!?」

「ずるだなんて。わたくしが使えるものを使っているだけですわよ?」

「普通、そこは自分ひとりで頑張るよね!? 朝早くから頑張ってるなってちょっと思ってたのにっ……義父に認められるための努力って、そういうもんじゃないの!?」

「結果を出すのが仕事であって、努力は仕事ではありませんわ」


 堂々と言い切ったアイリーンに、ルシェルが頬を引きつらせた。


「それにしたって限度があるんじゃないかな……!?」

「まあ……そういう思考回路だからお義父さまは今、独り身なのですね」


 ぴくりとルシェルが片眉を動かした。

 唇だけで笑ったアイリーンは、背後のレイチェルに尋ねる。


「ねえレイチェル、嫌よね。こういう古くさい価値観の旦那様は」

「そうですね。非合理的というか、こんな舅がいるところに私は嫁ぎたくないです」


 アイザックが不自然に視線を泳がせた。何か心当たりでもあるのかもしれない。


「セレナはどう?」

「あ、アイリいた! 部屋の模様替え終わった――」

「手作りがいいとか手抜きは心がこもってないとか、そういうところに価値を見いだす男なんてほんっっっとに全員死ねばいい。吐き気がする」


 丁度廊下を曲がってきたオーギュストが、憎しみしかないセレナの回答に、手を振る格好のまま固まった。手作りの何かが欲しかったのかもしれない。


「そういうわけでお義父さまのお考えは古いと思いますの!」

「な……なかなか精神にくる攻撃をしてくるね。ひとまず言い分はわかった、けど――」

「ではとどめをさしましょう」

「僕の話は最後まで聞こう!?」

「お義父さまはわたくしをクロード様にふさわしくないとおっしゃいますけれど、わたくしからすればお義父さまがクロード様のお父様としてふさわしいかどうか疑問です」


 愕然とするルシェルに、口元を指先で覆ってアイリーンは続ける。


「だって、ねえ。皇太子殿下のお父上と言えば普通、皇帝ですわよ? 魔物としての――ということですから多少は見逃すとしても、それでもクロード様は魔王なのだから、求められるレベルは同じだと思うのです。なのにその、ねえ。ほら、なんというか……」

「その意味深な笑いと言い方、やめてもらえないかな……!?」

「だってはっきり言うには、その。わたくし、か弱い人間ですもの。聖剣もきかないみたいですし、ああ本当のことを言ったばかりに殺されてしまったら……!」

「君、ほんっとに他人の神経を逆撫でするのうまいね……!? 何が言いたいのか言ってごらんよ、怒らないから」

「すべてが古くさい」


 アイリーン様、と青い顔でエレファスがたしなめるが、アイリーンは止めない。


「正直、テーブルマナーも……服装はなんとかクロード様のお古で対応してますけれども、それにしたって……部屋の模様替えの指示もセンスがもうとにかく……ねえ?」

「……」

「こんな方がクロード様のお父様だなんて、わたくし、恥ずかしくって――昼食だけではなくお茶会もご用意したいんですが、お誘いするほうが不敬にあたりはしないかと心配で……」


 歯ぎしりが聞こえそうな顔で、ルシェルが顔をゆがめる。ふふっと笑みがこぼれた。


「まあ、怖いお顔。でもさすがクロード様のお父様ですわ。そんなお顔も美しい……まるでクロード様をいたぶってるみたいな快感が……あら嫌だ、はしたないことを申しました」

「アイリーン、怖イ! パパ様、大丈夫!?」

「な、なるほど、ね……!? よくわかったよ、僕は君をなめていたようだ」


 不遜な笑みを浮かべて、ルシェルが前髪をかきあげる。


「昼食もお茶会も受けて立つよ、小娘が……!」

「かかっていらっしゃいな。あなたごとき、クロード様の手を煩わせずわたくしが始末してやりますわ!」

「なんの戦いですか、これ……」

「仁義なき舅と嫁の戦いだろ」


 げんなりしたエレファスの横でアイザックが冷静に言い切る。オーギュストは呑み会やろうとエレファスの肩を叩いていた。



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