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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第四部

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43

 毎朝、目が覚めたら見えるのは夫の姿のはず。

 だから目をあけたとき、少しここがどこかわからなかった。


「――リーン、アイリーン……!」

「クロード様……もう朝ですの……?」


 ぱちりとまばたいたクロードは、周囲を見て答える。


「朝……といえば、まだ朝かもしれないが」

「……。――そうだ魔竜!」


 一気に思い出したアイリーンは、クロードの腕から飛び起きて、まばたく。

 すっかり昇った朝日を浴びて、きらきらと輝く美しい白銀の竜がいた。人より少し大きなサイズのその竜は、アイリーンと目が合うなりさっとクロードの影に隠れてしまう。

 だがクロードより大きいので、丸見えだ。


「……クロード様。その竜……」

「ああ、魔竜……というか水竜だ」


 呆然としながら、アイリーンは周囲を見る。気を失っていたのは一瞬のようだ。

 すぐ近くにバアルが、その横にロクサネが立って、こちらを心配そうにうがかっている。他の面々はいないが、もう空に魔竜の気配はなくなっていた。

 終わったのだ。自覚した瞬間、どっと疲れが出て、クロードの胸に再度倒れこむ。


「こ……今回も疲れましたわ……」

「――エルメイアからの客人よ」


 ゆっくりとバアルが進み出た。その横にロクサネが立ち、うしろでその国の人々が跪く。

 抱き上げようとするクロードの手をとめて、アイリーンも立ち上がった。これは外交だ。

 向き合った隣国の王が、まず頭を下げる。


「我が国を救ってくださり、感謝申し上げる。――これからも、互いによき隣人でいていただけるだろうか」

「願ってもいない申し出だ」

「何か礼をしたい。まあ、これから復興だ。値が張る物はそうそう渡せぬが」

「バアル様、そのような言い方は」


 眉をひそめてたしなめようとしたロクサネに、クロードが微笑んだ。


「だとしたらちょうど頼みたいことがある。――ロクサネ妃がよろしければ、だが」

「……私ですか? おうかがいしますが……」

「この子――水竜を後宮に住まわせていただけないだろうか」


 思いがけない話に、ぎょっとバアルが目を剥く。

 アイリーンもまばたいてクロードの横顔とまだ隠れている水竜を見比べた。

 目を丸くしたロクサネが、戸惑いながら質問する。


「……後宮に住むというのは……妃にするということですか?」

「後宮は正妃であるあなたの管轄だと聞いた。彼女を聖王の妃にしたい」

「ちょっと待て、そいつは雌なのか!? いやそれより――妃だと!? 余の嫁にしろと!? どうしてそうなった!?」


 バアルに指さされた水竜が照れたように尻尾を丸め、鋭い爪で顔を隠す。意外と可愛い。


「この子は、毎晩君のところへ行く内に、なんだかそういうことになったらしい」

「さっぱり理解できん! いや、したくない……!」

「毎晩、話をしていただろう。片恋がつらいとかひとりでさみしいとか」

「アーーーーーーーーーーーーー!?」


 バアルが空に向かってものすごい絶叫をあげ、その場に崩れ落ちた。

 ぴくりと長い髭を立てた水竜が、おろおろしたようにバアルをうかがっている。


「その話を聞いて、同情したようなんだが」

「……そんな……馬鹿な……話が……」

「君が作る国ならば、水で潤してもいいそうだ」


 はっとバアルが顔をあげた。アイリーンもとんでもない展開に口を挟めずにいたが、ようやくクロードが狙う落としどころに納得する。

 そうすればこの国は、魔王とよき隣人で居続ける限り、水に困ることはない。


「わかりました、彼女を聖王の妃に」

「ロクサネ!? お前、いくら余でもこれと子作りは守備範囲外だ!」

「覚悟をお決めください」

「なん……だと……」


 よろめくバアルを無視して、ロクサネはクロードのうしろに隠れる水竜を見上げる。


「うつくしき竜の姫。あなたは魔王であるエルメイア皇太子の娘と同然の御方です。わたくしは正妃ですが、そのような位では足りぬことでしょう。長くこの国に妃として止まっていただけますよう――聖竜妃という位を新たに作ります。そして後宮の、いえこの国のどこにでも好きな場所にお住みくださいませ」

「――よろしく頼む」


 クロードが目を伏せ、水竜の背を押した。


「つらくなったらいつでも帰っておいで」

「――っそんな娘を嫁に出すような言い方でごまかされるか! お前! おもしろがっているだろう!? アイリーンをとられた仕返しか!」


 ずかずかと歩いてきたバアルが、王の顔をかなぐり捨ててクロードの胸ぐらをつかんだ。

 それに平然とクロードが返す。


「僕の妻が君にとられたことなどない」

「ほお、そうか。そうだな、まだアイリーンはお前の妻とは言えないからな……!?」

「――どういう意味だ?」

「どうもこうもそのままの意味だ。役立たずの夫が」


 ぴしっとクロードの鉄壁の無表情にひびが入った気がした。

 それは気のせいではないと、クロードが剣の柄に手をかけたことで証明される。


「それを言う君は妃だけが山のようにいるだけのさみしい男だ。魔竜も同情するほどの」

「貴様、今それを言うか!? よしわかった、アイリーンは返さぬ」

「なんだと」

「腑抜けなお前にかわって余があれを夜ごと啼かせてやろう! はっはっは」


 がきぃんと、戦いが終わったはずの後宮に剣戟が鳴り響く。魔王が抜いた剣を聖王が受け止めた音だ。


「余に魔力はきかんぞ」

「防御しか能がないくせに何を言う」

「剣が使えぬとも言っていない!」


 その言葉の通り、見事な剣さばきでバアルがクロードに振りかぶった。

 爆風が吹き荒れるのは、それぞれに魔力と聖なる力を応用して使っているせいか。


「ちょ、ちょっとお二人とも!」

「アイリーンは僕の妻だ」

「いいや余の妻だ!」


 がんがんと剣で撃ち合う二人はまったく耳を貸す様子がない。

 突然始まった魔王と聖王の戦い――といえば聞こえがいいが、ただの喧嘩に周囲はおろおろしている。


(王が喧嘩してたらまとまるものもまとまらないじゃないの!)


 ぽんと肩をたたかれる。振り向くとそこには二つ桶を抱えたロクサネがいた。


「神水です。そこでくんでまいりました。お一つお使いください」


 なるほどと頷いて、アイリーンはロクサネから桶を一つ受け取る。ロクサネが持っている分を合わせたら、川ができるくらいの量だろう。

 それをいまだに剣を撃ち合っている二人目がけて、ぶちまけた。


「…………」

「…………」


 頭からずぶ濡れになった二人がこちらを向く。桶を投げ捨てて、アイリーンは言った。


「お二人とも、ご自分が王だというご自覚が足りないようですわね?」

「どうしても続きをなさりたいのならば、どうぞ目に入らない場所でお願いします」

「……ちょっと待てロクサネ。これはまさか神水」


 バアルの質問が終わる前に、二人の足下が地盤沈下を起こした。そのまま後方に向けて一気に水が濁流のようにあふれ、水路に混ざり込んで、二人を押し流す。

 あっという間に見えなくなった二人を見送って、アイリーンはロクサネに向き直った。


「今のうちに色々条件をつめておきません?」

「そう致しましょう。誰か、お茶を」

「砂ではないお砂糖を入れてね」


 アイリーンの言葉に、ロクサネがほんのわずかに笑った。



 神水とはいえ、ただの水だ。

 驚いて流れに呑みこまれてしまったが、魔力を使えば脱出はたやすい。勢いよく運河へ向かう流れを足下に見ながら、クロードはぬれた前髪を持ちあげる。


「なんてことをするんだ、夫に対して」

「まったくだ」


 同意は少し離れた場所から聞こえた。岸に降りたバアルが肩をすくめてみせる。


「まあ、妻にさからうものではない、ということだろう」

「何をしでかすかわからないからな、僕の妻は」

「余の妻も怒らせると怖いようだ。――今日、初めて知った」


 なぜだか笑いがこみ上げてきた。バアルも同じように笑い出す。

 濡れ鼠のまま二人の王は川のほとりでしばらく笑い続け、そろって大きなくしゃみをした。




いつも読んでくださって有り難うございます。

明日のエピローグ更新で、第4部は終了になります。

第4部の書籍化となる4巻が3/1に発売致しますので、書き下ろしなどの情報を活動報告に書きましたが、明日のエピローグのネタバレみたいなものがあるようなないような感じですので、ネタバレが嫌な方はエピローグが更新されてからのチェックをお願い致します。


それでは最後までお付き合い宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 似た者同士で…w もふうかさん、クロードさんは魔力が使えなくなっているだけで、魔力がからっぽとかになったわけではないから…って理由だと思います。 感想を返信に使用してしまい申し訳ございませ…
[良い点] テンポも良く、爽快感がある。 [気になる点] 聖王編は魔王、人間になったはずなのに目の色黒くならないのが気になりました。
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