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ぶるっと横の魔王様が、まぶしい日光の下で震えた。
まさか寒いのだろうか。集合を命じられた訓練場は新入りの護衛であふれかえっており、蜃気楼が見えそうな気温だ。かく言うオーギュストも汗だくである。
「あの、まさか風邪とかですか……?」
「いや……今のは武者震いというか……僕の地雷を誰かが踏んだ気がする……」
なんだそれ怖い。だから追及ではなく、話題を変えることを選んだ。
「採用されてよかったですよね~安心しました」
「そうだな。試験なんて初めてでどきどきしてしまったが、あれでよかっただろうか」
「ばっちりですよ!」
クロードが相づちを返してくれた。ほっとしてオーギュストも帯剣を許されたばかりの、アシュメイル王国の国紋が刻印された剣に目を落とす。
アシュメイル王国に入ってすぐ、オーギュスト達は情報収集を始めた。
魔竜が復活したらしいが、神の娘がすでに現れており、魔王も敵ではないと街は色めき立っていた。特に将軍夫婦の人気が高い。神の娘はアレスという将軍の妻になっており、絶世の美姫と聖将軍だとかで、市場では写真が飛ぶように売れていた。
聖王の噂もかなり耳にした。実は将軍と神の娘を取り合って三角関係だとかで、泥沼な関係らしい。加えてその評判の悪さが目立っていた。アレスに手柄を取られたくなくて魔王討伐の命を出さない弱腰だとか、魔竜にすでにのっとられているのだとかいう憶測まで様々で、今ひとつどんな人物なのかオーギュストには読めない。
(この国の人達は神の娘がいるなら魔王様に勝てるって、信じてるんだろうなあ……)
エルメイア皇国の評判はまた微妙なところだ。魔王に支配された哀れな国、聖剣の乙女などという偽者を信じたばかりに――要約すると馬鹿にされている。愛国心はそれほどないオーギュストでも顔をしかめてしまった。セドリックとマークスは静かに怒っていた。
だがその噂話の中に、エルメイア皇太子妃と第二皇子の婚約者、あるいはその侍女達の話は一切出てなかった。つまりアイリーン達がここにいるとしても、まだ公にはされていない。
うまく身を隠しているのか、実は囚われているのか。
それを調べるために、アイザックがそれぞれの仕事を配分した。
魔竜が神の娘を狙って後宮に現れたらしく、後宮勤めの新しい護衛が募集されていた。臨時の募集なので、宦官にならなくても勤められるので――宦官という制度をアイザックから聞いて心底震えあがった――それにクロードとオーギュストが応募し、まず後宮にアイリーン達がいるのかいないのかだけでも確かめる。
セドリックとマークスは別行動だ。アイザックは二人を自由にすることを渋ったが、最終的にクロードが決断した。何をしているのか詳細は知らないが「セドリックはいい子だから裏切らない。僕の弟だから失敗もするわけがない」とさわやかに断言したクロードに、魔王がお兄さんって大変だなあとセドリックに同情した。裏切りも失敗も死だ。
アイザックは護衛になれるような剣の腕前もないし、セドリックとマークスを手伝う気もないからということで、単独行動をしている。内乱が起こるかもしれないからと手を打つと言っていたが、どうしてその結論にたどり着いたのかオーギュストの頭ではさっぱりわからない。ただアイザックがそう言うならそうなんだろうと、自分のできることをするだけだ。
すなわち、後宮に潜入して情報収集をしつつ、魔王様のお守り――もとい護衛をすることである。魔力がなくてもクロードは十分強いので護衛なんて必要ないのではと思っていたが、オーギュストは今回の旅路でつくづく思い知らされた。
魔王様に護衛、もといお世話係は必須である。服を一人で着られないとか、理由は様々だが一番は――。
「おい、お前か? 選抜試合で、アレス様を追い詰めて、サーラ様直々に護衛を頼まれたのに断ったやつは」
「……サーラとは誰だろうか?」
こういうところである。




