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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第四部

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10



 エルメイア皇国は、皇太子であるクロード派と第二皇子であるセドリック派で勢力が二分されている。

 しかし、皇太子妃が行方不明になった件は政争の種に持ち上げられることはなかった。一緒に第二皇子の婚約者であるリリア・レインワーズ男爵令嬢も行方不明になってしまったからだ。もしただの事故ではなく何かの陰謀ならば、それはもはやエルメイア皇国に対する宣戦布告に等しいと判断されたのである。

 勢力を二分して争うのも、国が国としてあってこそ。

 皮肉にも、皇太子妃と第二皇子の婚約者が行方不明になったという事実は、警戒という形で皇城内の勢力を一時的に結束させることになっていた。


「――私の妃がどこに行ったのか、聞きたいのは私の方だ」


 故に、次期皇帝として玉座に座るクロードが、ハウゼル女王国の使者を冷たく睥睨しても、止める者はいない。


「妃が乗船せず逃げたのだという馬鹿げた疑念をこちらに向けるほど、女王はもうろくなさったか」

「我が国を侮辱されますか!」

「先に侮辱したのはそちらだ。そちらの指定した船に乗り行方不明になったのは私の妃。弟の婚約者の行方も未だ知れない。他にも大勢の乗客が行方不明のはずだ。なのにそんな事故は起こっていないだと? そちらの国には神隠しでも頻繁に起こるのか」


 皮肉にも使者はひるまなかった。ふてぶてしく咳払いをする始末だ。


「姫巫女が治められる国です。そのようなこともありましょうが、ない事故をあると主張されるのは困ります」

「……そうか。ならば再度通達しよう。我が国からは私の妃が、弟の婚約者が、その護衛と侍女としてついていた二人の女性があなた方の指定した船に乗っていた。そしてそのまま行方知れずになった。早く調査を進め、有益な情報をあげていただきたい」

「ですから我々の指定した船にそもそも乗船させたその証拠を見せて頂きたい」

「――証拠がないならば貴殿の首だけを帰せ、と女王は仰るわけか」


 低くなった声に、青くなった使者が喉を鳴らした。

 クロードは組んでいた足をほどき、王座から立ち上がる。


「少し頭を冷やされるといい。――使者殿を丁重にもてなせ、ルドルフ」

「御意」


 にこやかに王座の下で一礼した宰相に背を向け、クロードは王座からウォルトとカイルを連れて離れる。できるだけ魔力を使って移動しないのは、人間の王でもあるという意思表示だ。


「聖なる力で船が消えたんだから、ハウゼルの仕業で決まりでは? あんな使者をよこしてくるわけだし、アシュメイル王国の魔竜がこっちの仕業だってことにしたいんでしょう」


 誰もいない回廊に出たところでウォルトが冷笑した。カイルがそれに答える。


「だったらアイリーン様だけを行方不明にすればいい。船ごとはどう考えてもやりすぎで、メリットがないのでは?」

「うーん確かになあ。……にしたって船はどこに消えたんだか。あちこちの国から乗船してた百人ほどいる令嬢を穏便に隠してクロード様の魔力でも探知できない場所なんて、そうそうないでしょ」

「心当たりはある」


 ぽつりとつぶやいたクロードに、護衛達が目をまたたいた。ウォルトがしかめ面で言う。


「だったら教えてくださいよクロード様。オーギュストが怖いんだって、マジで」

「真っ先にセレナが何かしたのかと叫んでいたからな……」

「今、裏を取らせている。もうそろそろ報告が――」

「おい魔王様! ビンゴかもしれないぞ!」


 回廊の曲がり角から現れたジャスパーに、クロードは目を向ける。走ってきたジャスパーは息を少し整えてから、まっすぐにクロードを見上げた。


「アシュメイル王国だ。ここ最近、後宮に百人単位で女が増えているらしい」

「……そうか。では可能性は高いな」

「えっアシュメイル王国って魔竜の? あー……ハウゼル女王国とグルの路線か」

「それはまだわからないが、あそこは聖なる結界で魔物を一切寄せつけない国だと魔物達から聞いた。僕の魔力が無効になってもおかしくない。だが、知っての通り情勢が最悪だ。ハウゼル女王国が仲介しているこの状態で、皇太子の僕が踏みこむわけにはいかない」


 何かあればすぐさま国際問題だ。そして魔物を向かわせるのも論外である。そもそも入れるか、入れたとしてもアーモンドなどただのカラスになってしまうだろう。


「なんか教会から裏技で潜りこむとかできないのかなーと、オジサンは思うんだけど」


 ジャスパーのさぐりにウォルトは首を横に振った。


「あの国、聖剣の乙女を認めてないから教会とも仲悪いんだよね。聖王なんてまがい物だって教会は言ってるし、あっちも教会って存在価値あるの的な態度で」

「ああ、そもそも魔物が出ないアシュメイル王国は教会と仲良くする理由がないわけか……俺もさぐってはいるんだけどあの国、超閉鎖的だろ。フスカ家しか窓口がなくて、なかなか情報が入ってこねぇんだわ」

「そうか。ならばやはり僕自ら出向くしかないな」

「は?」


 全員がそろってクロードを見る。いやいやと真っ先に声をあげたのはウォルトだ。


「さっきクロード様が言ったんでしょーが。皇太子として踏みこむのは――」


 察しのいいウォルトが黙りこむ。そのあとをカイルが請け負った。


「まさかまたお忍びでふらふら出歩かれるつもりですか!? 俺は断固反対です! キース殿も言っておられたでしょう、あなたは次期皇帝です。たとえ妃のためとはいえ執務を投げ出せば、今後にどんな影響が出るか」

「大丈夫だ。エレファスを使う。ドートリシュ宰相には借りを作ってしまうが」

「意味がさっぱりわかりません!」

「魔王様。オジサンも、次期皇帝が国ほっぽり出してっていうのは反対だわ。皇太子殿下の評判に関わるわけで……アイリーンお嬢様も怒り狂うぞそれ。とりあえず、俺らが調査は続けるからまかしとけって。な?」

「つまりオベロン商会なら潜り込める算段がある、ということだな?」


 言質をとられたジャスパーが口をつぐむ。涼しい顔でクロードは言った。


「アシュメイル王国に潜入する用意をしてくれ」

「あー……いやでも、アイザックがなんていうか」

「後宮という場所がどういう場所かわかっていて、そしてそこにアイリーンがいる可能性があっても、君たちはそう言えるのか?」


 沈黙が広がった。遠い目で大きな窓の外を見つめながら、クロードは続ける。


「どうしてだろうか……まだそこにいると決まったわけでもないのに、僕は今からアイリーンがアシュメイル王国の後宮で寵愛を受けている気がする……」

「…………」

「そんな馬鹿なと笑ってくれてかまわない。むしろ笑ってくれ、僕の目を見て」

「……………………」

「ふふ、冗談だ。魅力的な妻を持った夫というものは、気苦労が絶えないな」


 唇だけで笑ったあと、沈黙し続ける三人を見据える。


「僕の目を見て笑えないなら、アシュメイル王国に向かう算段を今すぐつけろ」


 クロードの感情を極限まで抑えた命令に、賢明な三人はこくこくと何度も頷いた。




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