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肩から息を吐きだして、アイリーンは配膳された異国の食事を見る。
(嫌な予感はしてたのよね……魔竜とか神の娘とか神剣とか聞いた時から)
アシュメイル王国の後宮を舞台にした3の物語は、大雑把に言えば魔竜が復活したことによる『神剣』と『神の娘』にまつわる伝説の再現だ。
始まりは後宮に下女として売られたヒロインがヒーローと出会うところから。癒やしの力を持つヒロインは、千の美姫が集う女の園での戦いや皇帝以外のヒーローとの禁断の恋に悩みつつ、聖なる力を徐々に開花させ、やがて魔竜を封印できる唯一の武器である神剣を修復できる神の娘として覚醒する。そして復活した魔竜に乗っ取られ悪逆の限りを尽くす聖王を魔竜ごと神剣で封印し、ヒーローと共に国を取り戻す――これがどのルートでも出てくる大まかなストーリーだ。
まずこれを現実と照らし合わせる作業が必要である。
ゆっくりと食事をとる手を進めながら、アイリーンは尋ねた。
「レイチェル、セレナ。アシュメイル王国についてどこまで知っていて?」
「国土がほぼ砂漠ですが、神剣からわきでる水――神水のおかげで水が潤沢な国です。聖石が発掘されるそうですが、閉鎖的であまり情報が入ってきません。あとはエルメイア皇国とは建国伝説の解釈で国交は大昔から断絶状態、現在は魔竜復活とかで侵略を疑われていて、ハウゼル女王国の仲介があるものの関係は悪いというくらいしか……」
「神剣と神の娘ねえ。あんた達が聖剣の乙女って考えると、神の娘だってろくなもんじゃないと思うけど」
「失礼なことをアイリーン様におっしゃらないでください、セレナ様」
「でも実際のところ同じようなもんでしょ?」
セレナの感覚はもっともだ。似ていなければお前の国の方が偽物だなどと難癖はつけられなかっただろう。
だが、ゲームの知識があれば違うと断言できる。
「いくつか違いはあるわ。神の娘が持っている聖なる力は癒やしの力。魔物を斃すというよりは封印する力よ。それに対して、聖剣の乙女は魔を祓い打ち斃す力ね」
「へえ……まあ、あんた達は癒やしとは無縁そうだもんね。破壊のみって感じよね」
「セレナ様」
「いいのよレイチェル。攻撃は最大の防御だもの。他にも神剣は実在する武器というのが聖剣との違いよ。だから神剣は劣化する。魔竜が復活するということは、長い年月で神剣が古びて力を失った結果よ。神の娘が聖なる癒やしの力で修繕しないと本来の力を発揮できない。つまり、神の娘は神剣の使い手ではなく癒やし手なの」
安全を宣言しても毒味を押しつけるレイチェルをにらみながら、セレナは口を動かす。
「じゃ、神剣は神の娘が直せば誰にでも使えるってわけ?」
「そうよ。実在する武器だから」
「それって神剣を取り合って争いとか起きたりしないの」
「神剣そのものは魔竜と一緒に神域に封印されてるから、神の娘が神域から持ち出さない限り使えないわ。それに神剣ってね、そんなに長く力が持続しないのよ。神の娘が修繕し続ければ問題ないけれど」
給仕を終えてアイリーンのうしろに控えたレイチェルが首をかしげる。
「神剣を使うなら、神の娘の修繕もセットでということですか?」
「そう。そして神剣にはもう一つ、聖剣と大きな違いがある。――神剣の力は人間にきくの」
そこがアイリーンがバアルの脅しを呑みこんだ最大の理由だった。
「魔竜は人間を乗っ取って力を使う。それを斃す神剣は当然、人間にきくってわけ」
「え……じゃあ魔竜の復活って、竜が襲ってくるとかじゃないの?」
「こう考えたら簡単よ。魔竜の復活って要は第二の魔王様を生み出すってことなの」
勝手にしゃべり出したリリアをにらむ。だが、リリアはアイリーンと目を合わせたまま口を動かし続けた。
「だから、魔竜を封印する神剣なら、魔王様だって殺せちゃう。アイリーン様が心配しているのはそこでしょ?」
「勝手にネタバレをしないで。――いい、二人とも。リリア様はおかしな人種だから」
「わかってるわよ、つまりあんたと同類なんでしょ。全然気にならない」
セレナにそう言われて、衝撃を受けた。レイチェルが憤慨する。
「違います、セレナ様。アイリーン様はもっとすごいです!」
「それはフォローなのレイチェル!?」
「神剣はハウゼル女王国が作った聖剣の模造品だけど、人間が作ったから人間も傷つけられる聖なる武器になったって、わりと残酷な設定よね」
「だからネタバレをやめなさいと――とにかく! 神剣がクロード様に危険である以上、下手に刃向かえないわ。聖王が使ったら最悪よ。一方的に攻撃されるだけだもの。かといって何の策もなく脱走すれば、それだけで姦通罪で死刑だし……」
話がいきなり物騒になって、レイチェルとセレナがぎょっとした。
エルメイア皇国では、皇帝が何人か妃を持つことはあっても、何千という美女を集めて王の寵愛を競うような後宮は存在しない。だからその意義から理解しにくいのだろう。念のため、アイリーンはかみ砕いて教える。
「この後宮は聖王の血をつなぐための場所なの。外で聖王の血を引く子どもを生むのも、聖王の血を引かない子どもをここで孕むのも、国防に関わる大罪よ。だからここに勤めている男性達は特例を除いてすべて切り落とされてるわ。宦官っていうのだけれど」
「……切り落とされてるって、え、そういう……?」
「聖王の輩出を何よりも優先する場所なんですね」
レイチェルの的確なまとめを、嘆息まじりに肯定する。
「そのかわり、下女でも王の手つきになれば身分がなくても妃になれるわ。その分、女の争いが激しいけど――セレナ、変な野心を抱いたらオーギュストに言いつけるわよ」
「私が何しようが自由でしょ、大体なんでそこでオーギュストなのよ!」
「あなたを一番諦めなさそうだから」
考えようによってはとてもロマンチックなのだが、セレナはげっそりとしていた。
「王の寵愛なんて狙えば、エルメイア皇国と戦争になった時、間諜の疑いで真っ先にあなたを始末しなきゃならなくなるわ。わかったわね、セレナ」
「しつこいわね。わかったわよ……妃になったあんたにだけは言われたくないけど」
ちくりと刺されたことは聞かなかったことにして、アイリーンは念を押す。
「リリア様もよ」
「大丈夫。私の一番の推しはアイリーン様よ?」
そうじゃないなどと言っても無駄だ。
何をしでかすかわからないこの女を制御するのが一番の難関だと気を引き締めながら、アイリーンは説明を再開する。
「とにかく問題は神剣。だから神剣を奪ってエルメイア皇国に持ち帰りましょう」
さらっと口にした解決案に、三人がそろって絶句した。すまし顔でアイリーンは続ける。
「そうすれば戦争もしかけられない。クロード様も守れる。全部解決だわ」




