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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第四部

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 誠意が伝わって満足するクロードに、リュックが白けた目でアイザックを見やった。


「早まったんじゃないですか、アイザック様」


 アイザックはため息を吐きながら答える。


「アイリーンの暴走を抑える手間を考えたら一緒だろ。リュックとクォーツはエレファスやレヴィ一族と連携とって、魔王様の症状改善目指してくれ。オッサンは魔力関係の病気とかそういうのの調査。ドニは俺とひとまず通常業務で――」

「我が主! いますね!? よしいた捕獲!」

「は?」


 指示を出していたアイザックのうしろの扉が勢いよく開き、そこから影が三つ飛び出してきた。

 なんだと顔をしかめている間に、紐がクロードと椅子をまとめて何重にも巻きつき、両側から締め上げられる。紐の先端を持っているのは、ウォルトとカイルだ。

 さすが自分の護衛、人間離れした技だと感心していると、何かの紋様が書かれた紐からぱりっと魔力が立ち上った。魔力の元は掌をこちらに向けているエレファスだ。

 アイザック達はぽかんとしているあたり、無関係なのだろう。


 だとしたら、主謀者はアイザックを押しのけて真正面に立った自分の従者しかいない。


「拘束魔法か。いったい、なんのつもりだキース」

「いいですか、クロード様。落ち着いて、おとなしく、話を聞いてください」

「おとなしく話を聞かせるためだけに、僕を縄で縛り上げるのか? 主をなんだと思ってる」

「自由すぎて困る魔王です。――アイリーン様の乗った船が行方不明になったと報告が入りました」


 がたっと音を立ててアイザックが腰を上げた。瞠目したクロードの目を見て、キースがはっきりと告げる。


「船が海賊に襲われたという話ですが、詳細はまだわかってませ――クロード様!」

「――はなせ……!」


 ばちばちと激しい音を立てて締め上げてくる魔力の紐を引きちぎるべく、力をこめる。クロードの不安定な魔力との反発が、爆風になって部屋に吹き荒れた。

 不調だとはいえ、それでも引きちぎれないこの紐は大したものだ。舌打ちしたクロードは、キースに加担して拘束魔法を構成している三人をにらむ。


「ウォルト、カイル、エレファス……! お前達は誰の味方だ?」

「あなたの味方……ぎゃー魔力増幅させるのやめてください、落ち着いて! エレファス、俺達、木っ端みじんにならないだろうね!?」

「大丈夫です、最初に木っ端みじんになるのは押さえこんでいる俺からです」

「つまり大丈夫じゃないということなのでは……!?」

「――クロード様。あなたは次期皇帝です。そこまであなたを押し上げたのは、他でもないアイリーン様です」


 キースの静かな声に、顔を上げた。

 クロードのことを一番よく知る従者は、暴風の中でも目をそらさずに言う。


「どうかアイリーン様に恥じない振る舞いをお願いします」

「……」


 力を抜くと、暴風がおさまった。

 ほっとウォルト達が肩の力を抜き、机にしがみついたり頭を抱えて床に沈んでいた面々がそろりとこちらを向く。

 長く息を吐き出して、クロードは唸るように命じる。


「……報告を続けてくれ、キース」

「現場近くにいたクラーケンから報告がきてるそうですが、クロード様の不調のせいか直接お伝えできなかったと、まずアーモンドに伝言が届きました。それによると、アイリーン様が乗った船は海賊に襲われて、消えたそうです」

「……消えた?」

「魔法みたいに、船ごとふっと。クラーケンはアイリーン様に『危ないから離れろ』と言われたと――ウォルト、カイル、エレファス!」


 キースが注意をうながしたが、もう遅い。気を抜いた三人の隙をついて指を鳴らしたクロードは魔力の紐を塵にし、優雅に立ちあがってキースに微笑んだ。


「お前と違い、まだこの三人は僕のことをわかっていないようだ」

「……みたいですね。あとでよぉく言って聞かせますよ」

「確認したいことがある。十分でここに戻ってくる」


 心配性の従者はその一言に嘆息で答えた。

 それを見届けてからクロードは魔法でその場からクラーケンがいる海へと移動する。


(次期皇帝か)


 ただでさえ魔力が不安定なのだ。心配と不安ではやる心を落ち着かせ、目を開く。そこには真っ青な海と空が広がっていた。すぐに大きな影が足下にやってきて、誘導するように海の中を進み始める。その影を追ってクロードは海の上を移動し始めた。

 やがて海面が浮き上がった。出てきたのはぬめりを帯びた巨大なイカの魔物――クラーケンである。どうやらここが襲撃現場らしい。

 周囲には人っ子一人いない。ただ青い海が続くだけだ。

 クロードは姿を現したクラーケンに話しかける。


「アイリーンを助けようとしてくれたんだな。いい子だ、怪我は?」


 ない、という答えを感じ取って、クロードは目を閉じる。


(――指輪の魔力も消えている)


 アイリーンに渡した結婚指輪は魔王の魔力がこめられた指輪だ。だからクロードは指輪にこめられた自分の魔力の気配を追えるはずだが、それもここでぷつんと途切れている。

 指輪の魔力がからになることはあり得る。アイリーンが聖剣に魔力を帯びさせれば消耗も激しいため、半刻ともたないだろう。

 だがここにはそんな激しい戦闘の痕跡も見当たらない。


「アイリーンはどうしてお前に逃げろと言ったのかわかるか?」


 困ったようにその巨体を縮めて、クラーケンは応じる――聖なる力が使われたからだと。


「気にしなくていい、お前はよくやった。聖なる力が関わっているなら、お前達には危険すぎる。あまり関わるんじゃない。ああ、また何かあったら教えてくれ」


 するりとその体を撫でてやると、喜色を浮かべたクラーケンは照れながら海の中へと沈んでいった。一人、海の上に取り残されたクロードは嘆息して青い空を仰ぐ。


(聖なる力、か。船ごと消えたのはそのせいだな。そんな真似ができるとしたら……)


 船ごと消えただけなら彼女は無事だろうが、今度は一体、何に巻きこまれたのか。

 まずは地道に海賊の路線から調査。訪問先だったハウゼル女王国に対する対処も必要だ。政治的判断をふまえて立ち回らなければ、被害者のアイリーンが皇太子妃の仕事を放棄したと難癖をつけられかねない。

 聖なる力が関わっているのならば、魔物の手も借りない方がいい。人間の助けが必要だ。

 それこそ、今まで彼女がそろえてくれた駒をすべて使わなければ。


「……次期皇帝か。厄介だな」


 だが、それが彼女の望んだクロード・ジャンヌ・エルメイアという人間なのだ。




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