表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
挿話3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/344

何度落ちたってかまわない

◆9/1『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』3巻発売御礼挿話・第3弾◆



「こっちの予定は組み直しだ。あと、手順にミスがあるから書類を作り直して欲しい」

「ああほんとですね。こちらの予算はどうしましょう、クロード様?」

「それでかまわないが、人件費が足りているか再確認を忘れないように伝えてくれ。その箱にある陳情書で印があるものは、事情を魔物に確認させたい」

「アーモンドに任せましょうかね」

「そうだな。これでひととおり午前中の分は終わりだ。あとは――」


 執務室で仕事の確認を終えたクロードは書類から顔を上げて、扉を見る。キースも少しうしろに体を動かして、同じものを見た。背後の護衛も同じ方向に視線を動かす。

 扉の影から、じっとこちらを見ているサファイアのような瞳があった。


「……いい加減、入ってきたらどうだろうか? アイリーン」


 手がやっと入るほどの隙間からこちらを凝視するだけで、何故か部屋に入ってこない婚約者に呼びかける。実はすでに数度目の呼びかけだ。

 だが、アイリーンは扉から顔を左半分だけのぞかせた状態で、同じ答えを返した。


「わたくしのことは気になさらないでくださいませ」

「そう言われてもだな……」

「――昼休みにしましょう! クロード様」


 珍しく休みを切り出したキースが、そっと身をかがめて耳打ちする。


「なんとか時間作りますから、さっさと解決してください」

「そう言われても、何も覚えがないんだが……」


 本音である。

 そもそも、アイリーンは体調がようやく戻ったばかりなのだ。昨日の見舞いでは、久しぶりに森の古城に顔を出せると嬉しそうに報告してくれて、変わったところは何もなかった。

 そして今日顔を出した――と思ったら、半分しか顔を出してくれない。


「まさかここでフラれないでくださいよ。今、忙しいのは婚礼準備のせいなんですからね――ウォルトさんカイルさん、お昼行きましょう。今は持ち場を離れて平気です」


 気を利かせた従者は護衛を誘って部屋を出て行く。クロードを守ることを使命にしているウォルトとカイルは、異議を唱えずに従った。

 出て行く三人と入れ替わってアイリーンが入ってこないかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。

 アイリーンは一度開いた扉をわざわざまた同じ角度にして、顔半分だけのぞかせる体勢に戻った。


「……」

「……」

「……まだ体調が悪いのか?」

「……いいえ」


 珍しく口調が固い。かといって怒っているというわけでもなさそうだ。

 こん、と人差し指で一度執務机を叩いて考えたクロードは、意識して甘く呼びかけた。


「アイリーン?」


 ほんのわずかに、彼女が扉の向こうで身じろぎした。

 決して怒ったのではないとわからせるために、クロードはそのまま優しく続ける。


「話してくれなくては、君のしたいことがわからない」

「……」

「それとも僕の解釈で解決してしまおうか?」


 毒のような甘さを含んだ脅しにも、返事はない。だがアイリーンが逡巡しているのは伝わってきたので、辛抱強く待つ。

 ややあって、ぼそぼそとした声が届いた。


「……ていらっしゃいますか……」

「アイリーン」

「――本当に、わたくしを覚えてらっしゃいますか」


 目を丸くしてしまう。

 アイリーンはさらに扉の向こうに身を隠して、それでも顔を半分のぞかせることは忘れずに、もう一度尋ねた。


「また、わたくしを忘れてらっしゃったりしない?」


 ああ、と愛しさが胸に広がった瞬間、彼女が膝の上に落ちた。

 ぽかんとしているアイリーンの体をそのまま抱き締める。状況を把握してアイリーンが叫んだ。


「きょ、強制転移させるなんて卑怯です!」

「大丈夫だ。僕は今日も君を愛している」


 ささやきに暴れようとしていたアイリーンの動きがぴたりと止まった。

 気まずいのか、視線を斜めに落とし、小さな声で言い訳を始める。


「べ、別に、クロード様を信じていないわけではないのです。そうではなくて」

「不安なんだろう?」

「そ、そうではありません。ただ本当に大丈夫なのか、確認しておいた方がいいのではないかと思って……いえ、クロード様があっさり記憶喪失になったのは問題ですけれども!」

「そうだな」


 大真面目に頷き返すと、調子が戻ったのかアイリーンがきっと下からにらんできた。


「そもそもエレファスにしてやられるなんて油断しすぎですわ」

「面目ない」

「それで記憶も魔力も失って、どれだけ魔物達が混乱したか。あなたは王なのです。ご自分の立場をもっと自覚してくださいませ!」


 そこで自分も不安だった、怖かったと言い出さないのがアイリーンの可愛いところだ。


「いいですか。今後はこういったことのないよう――笑ってますわね!?」

「笑ってなどいない。顔を見ればわかるだろう?」

「ごまかされませんわよ、さっきから花瓶の花が瑞々しくなってます! 反省してらっしゃらないでしょう!」


 怒った顔もまた愛らしい。

 気を抜くと笑い出しそうな表情を引き締めて、クロードは答える。


「とても反省している。すまなかった」

「……そ、それなら許して差し上げますわ。もうすんだことですし。クロード様は結局わたくしを選んでくださいましたし?」


 誇らしげにふふんと笑われてしまうと、もう駄目だった。

 片手で顔を覆って、クロードは声をあげて笑う。

 もちろん、アイリーンは烈火のごとく怒りだした。


「ど、どうしてそこで笑いますの!?」

「い、いや。じ、自覚が、ないのかと」

「自覚!? 自覚ならクロード様の方がことの重大性をわかっていらっしゃらな――」

「す、すねているんだろう、君は」


 ぽかんとしたアイリーンに、クロードは肩をふるわせながら指摘する。


「君は、もうすんだことを蒸し返して、ぐちぐち言うタイプじゃない」


 セドリックの時もそうだった。あれだけこっぴどい婚約破棄をされて、彼女は愚痴一つこぼさなかった。

 けれどクロードの記憶喪失には、嫌みなんて彼女らしくないことをしなければ、気がすまないのだ。不安で、クロードが悪いのだと言わずにいられないのだ。

 これが愛しく思わずにいられるだろうか。

 ちらと顔を見ると、アイリーンは首から頭のてっぺんまでみるみるうちに真っ赤になった。やはり自覚がなかったらしい。

 愛しさをこめて、クロードは誠実に告げる。


「大丈夫だ。今日も僕は君に恋に落ちた」

「――帰ります!! 放してくださいませ!」


 すねている、なんて彼女の矜持が許さないのだろう。

 だがもちろん逃がさない。


「だめだ。君がすねているのは、僕に責任がある」

「そ、そもそもわたくしはすねてなどいません! 責任とおっしゃるなら、お仕事にもどってくださいませ……!」

「何を言う。僕しか君の不安を取り除けないんだ」


 顔をのぞきこんで言い聞かせると、アイリーンはそんなことはないとかなんとか言い出す。

 わかっている癖に強情だ。

 だがそこがいい。


「安心するといい。今日はとけるまで君を甘やかす」


 目を細めたクロードの宣言にアイリーンは真っ青になったあと、いりませんと叫んだ。

 

 



 決してすねたわけではない。

 そう思いながら、ぐったりとアイリーンはクロードの胸にもたれかかっていた。悔しいことに勝負はたったの五分でついた。

 クロードの記憶が戻ったことがよくわかる、責め苦の五分だった。


(そうよね、クロード様につかまった時点で負けだったわ……)


 純情だったクロードが懐かしくなってきた。もう一度戻ってくれないだろうか。せめて半分くらい戻って欲しい。十分の一でもいい。

 でも、怖い思いをさせた、もう大丈夫、愛している――そう繰り返されて、やっと不安がなくなってきたことも確かで。


「そうだ、せっかくだから今度は君の可愛いところをあげていこう」

「もういいです、クロード様。記憶が戻られたのは、よく、わかりましたから……」

「遠慮しなくていい」

「してません。わたくしが間違ってました。……そもそも、もしクロード様が記憶喪失になっても、何度でも射止めればいいことですもの」


 そうわかっていたのに、馬鹿なことを言い出してしまったせいでこのざまだ。

 だが嬉しそうな顔をするクロードに、微妙に腹が立つのはしかたない。――決してすねているわけではなくて、少しくらい意趣返しをしたい。

 だからアイリーンは意地の悪い笑みを浮かべて、ためすように尋ねる。

 

「逆にクロード様は、わたくしが記憶喪失になったらどうしますの?」

「君が?」

「そうです。魔王なんて恐ろしい、婚約破棄して欲しいと泣き出したりしたら!」


 そんな自分は想像できないが、そう言われたクロードを想像するのはわりと楽しかった。我ながら性格が悪い。


(でもクロード様だって少しは困ればいいんだわ。わたくし、今回苦労したもの)


 アイリーンがそうしたように、拒まれても諦めず、何度だって恋に落としてくれるのだろうか。

 顎に指を当てて真面目に考えているクロードの返事をわくわくと待つ。


「そうだな……」

 

 やがてクロードは顔をあげ、まっすぐにアイリーンを見つめた。


「まずは監禁」

「この質問はなかったことに致しましょう!」



いつも読んでくださって有り難う御座います。

本日、「悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました」第三部の書籍化である3巻が無事発売致しました。

連載、書籍、コミカライズとアイリーン達が活躍できているの、皆様の応援のおかげです。レビューも感想も評価もブクマも、いつも励みにさせて頂いております。本当に有り難う御座います。


次回更新は個人面談の中編か、第四部の予定です。楽しんでいただけるよう、全力で頑張ってまいりますので、引き続きアイリーン達を宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆コミカライズ試し読み◆
★コミックス発売中★
― 新着の感想 ―
[気になる点] >>「まずは監禁」 この小説、本当にヒロインとラスボスをくっつける気、ある?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ