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半分魂が抜けたような顔でリリアはマークスに戸惑いがちに捕縛され、セドリックと一緒に回廊を引き上げていった。
セドリックは正式な処罰があるまで、リリアと監禁されるべく西の幽閉塔に自ら行くと言っていた。その足取りが嬉々としていたので、監視をつけようとはかけらも思わなかったが、クロードの命令で一応アーモンドがついていった。
「……異母兄弟でも似るんでしょうか」
「何の話かさっぱりわからないわエレファス」
余計なことを気づかせようとするエレファスをにらんだが、逆に心配そうな顔をされてしまった。その意味など決して察しない。氷の牢とかそんなものは存在しなかった。
埃をはらい、立ち上がったところでクロードが振り向いた。
「アイリーン」
体の方が先に反応して、ぐるんと背を向けてしまった。心臓が緊張でばくばくする。
一瞬だけ見えた瞳の色は確かに赤。
でも、今はこう、なんだかまともに見る勇気がない。
「怒っているのか?」
「そ、そうではありませんわ。ただこう……そう、心の準備が」
胸の前で無駄に指を組み合わせたりして、唇をかみしめる。自分がなにを望んでいるのか、わかるようでわからない。
「すまない」
「で、ですから怒ってません。ただ、わたくしは」
「怖かっただろう」
胸をつかれた。じわりと浮かんだなにかを、喉を鳴らして飲みこむ。
(怖くなんてありませんわ。だってわたくしはあなたの妻になる女だもの)
そう胸をはって、走ってきた。不安にも恐怖にもかまっていられなかった。
魔王の不在におびえる魔物達がいる。助けてくれる仲間たちがいる。泣いてる時間がどこにある、迷う理由がどこにある。強く、前を見据えて、決して揺らぐな。それが自分の役割で、使命で、誇りだ。
でも、本当は。
「よく頑張ってくれた。もう大丈夫だ。おいで、アイリーン」
いつだってアイリーンが欲しい言葉をちゃんとくれるのは、ただ一人。
嗚咽をかみ殺して胸に飛びこんできたアイリーンをクロードは抱き留めてくれる。怖かったなんてつぶやきは、彼にしか聞かせない。
「み、みんな、は、無事、ですか」
「心配するな、無事だ。ゼームスとウォルトとカイルは怪我をしていたが、リュック達のところへ放りこんでおいた。レイチェルにも怪我はない」
「あの、あの、エレファスは」
「ああ……」
ぱちんと慣れた指の音が響いて、ぼんっと背後で北の塔の床が爆発した。
「その下にレヴィ一族の人質が閉じ込められている。助けにいくといい」
ほっとして、アイリーンはまぶたをおろし、クロードの胸に額を当てた。
「目も治すからあとで顔を出すように。アーモンドの件もわかっているから、逃げようなどとは思わないでくれ。君には聞かねばならないことがある」
「……はい、クロード様。俺が誰に仕えてあなたに何をしたか、すべてお話いたしま――」
「そんなことはどうでもいい。それよりアイリーンと関係があるとかなんとか言った件だ」
クロードの口調がやや物騒なものになり、エレファスが凍りつく気配がしたが、もうまぶたが重かった。
「詳細を話してもらおう。君だけではない。全員、個別面談を行う」
「えっ……いやそれは、あの」
「決定事項だ」
「お、お待ちください。――アイリーン様! 説明を……アイリーン様?」
ふわりと足が宙に浮く。横に抱き上げられたアイリーンは、がんばってまぶたを開いた。視界いっぱいにクロードの優しい顔が映る。
「あとは僕にまかせて、眠るといい」
まぶたの上に唇が落ちる。
愛しているという甘いささやきを最後に、アイリーンは意識を手放した。




