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魔王様の悲鳴で目が覚めた。
びっくりして飛び起きたが怪我をしていたらしく体が動かなかった。ぎゃあぎゃあ言葉にならない声でわめいていると、金髪の男におとなしくしろとかえらそうに言って、妙に頑丈な鉄箱の中へと放りこまれてしまった。
魔王様は心配だったが体が動かない。
じっとしていると、怪我をしているはずのところが一つも痛くないことに気づいた。むしろ体の中に埋め込まれた何かがぽかぽか温かくて、少しじっとしているだけでどんどん楽になっていった。これは復活の魔法かなにかに違いない。だから魔王様の悲鳴がどんなに痛くても、じっと我慢した。
そうしているとやがて重い鉄箱のふたがあいた。
助けがきているとわかるかと言われて、そいつの顔を見た。
知っている顔だった。アイリーンにひどいことをしたやつだ。でも小さい頃、魔王様の背中を追って泣いていたやつだ。
じっと見つめ返すと、そいつはどこかへ消えた。窓の鍵は開いていた。
そうっと動かすと羽が動いた。そうわかるともう我慢できなかった。
魔王様の悲鳴がするところへ向かって一心に飛ぶ。
けれどその建物が大勢の武器を持った人間に囲まれているのを見て、ちょっと考えた。隊長たるもの、うかつな突撃は厳禁だ。作戦が必要である。それに建物の中には魔物の気配もあった。屋根の天窓からそっと中を覗くと、大体人間でいることが多い半魔と、魔王様を見つけた。
魔王様は石の棺の上で眠っていた。その周りで護衛達が頑張っている。おとなしいと思っていたアイリーンの侍女がフライパンを振り回して返り血を浴びているのを見て、今度から弱いとなめてかかるのはやめようと思った。
魔王様は眠ったままぴくりとも動かない。この間読んだ絵本の眠り姫みたいだ。
むむっとなった。アイリーンがいない。こんな時にいないなんて、なんてイケナイ妻だろうか。
そう思った時、まったく逆方向の空が光った。
見えたのは魔物を焼き殺す力。つまりアイリーンだ。
ぞっとしつつ、また空を飛んだ。
それにしても体が軽い。絶好調だ。まるで悪いところを治してもらったみたいに――でもこれは魔王様の魔力じゃない。
それでやっと撃たれたことを思い出した。でもその体の中に入った魔力は、全部魔力を吸い取って、増幅して返してくれたらしい。
いいやつだ。しかしなんでそんなまねをしたのだろうか。これだから人間はわからない。
でも嫌いじゃない。
途中、聖剣の衝撃波で吹き飛びそうになった。城と塔をつなぐ長い回廊の瓦礫が横をかすめて飛んでいった。これは近づいたらあぶない。
でも行かなければならない。
魔王様だって気にしているはずだ。
いつだって、魔王様はアイリーンの居場所を聞くから。
でも、魔王様は本当にあんな怖い女を妻にして大丈夫だろうか。
がんがん破壊され、足場だけになっていく回廊を震えて眺めながら、ちょっぴりそう思った。




