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やっと出口にたどり着いたら、空がうっすら明るくなりかけていた。
「ま……まさか本当にダンジョン攻略させられるとは思わなかったわ……」
しかも出口が暖炉の中だ。灰まみれで這い出し、アイリーンはぐったり壁に背を預けて座り込む。
舞踏会のドレスは城で脱ぎ捨ててきて本当によかった。
「ここで終わりか? もう罠はないのか? 少ないのでは?」
「うーん、そうですねえ。もうちょっと工夫した方がよかったかなー」
ここまで大活躍だったベルゼビュートとドニは元気そうだ。
雨水がたまった桶の水で手を洗ったリュックとクォーツはけが人がいないか見て回っている。
今にも崩れ落ちそうな古い屋敷は埃っぽく、歩くたびぎしぎしと床の音が鳴った。
「最後の皆の魔力を集めて作ったっていう魔王様の幻影とか、こりすぎじゃない?」
「アイリの聖剣で吹き飛ばされてたけど普通に強かったよなーあれ」
「心臓に悪かったぞ、あれは……一体誰の提案だ」
続いて出てきたウォルトとオーギュスト、カイルがぶつぶつ言っている。
ゼームスが灰を払いながら素っ気なく答えた。
「あれを仕込んだのはエレファスだ。魔石というものを使った魔法らしい」
その名前にそれぞれが微妙な反応をする。アイリーンも嘆息した。
「エレファスの件はわたくしの落ち度よ。でも今は逃げることを考えましょう。先行してるキース様達は無事かしら……」
「あっちは大丈夫だろ。なにせ魔王様の命令だからな。あの従者ほんとこえー」
「当然だろう。王が選んだ人間だ」
ベルゼビュートが胸をはる。
キースは最後の最後で『魔王の代行』という切り札をみせてくれた。クロードが不在の際、一度だけならキースの命令をクロードの命令と同じように扱い、遂行するというものだ。
一度きりなので使いどころを見極めていたのだろうが、そのおかげですべての魔物達が皇都からの脱出に同意し、協力しあっている。火竜が飛んできてその背に魔物達を乗せて飛んでいった時、魔王の力というものをあらためてアイリーンは痛感した。
「今度またクロード様が不在になった時にそなえて、わたくしも権限が欲しいわね」
「それは魔王様許さねーだろ。お前、魔王様と相反する命令を平気でするから」
アイザックの指摘にうんうんとジャスパーが頷く。
「オジサンもそう思うわ。一番いいのがあの従者さんで、次点ゼームスじゃないか?」
「……次回からの課題は置いておくとしてだ。ここにも竜が迎えにくるんだろう。荷物が多いが、大丈夫か」
そう言ってゼームスがちらと背後を見る。
そこにはきりっとした顔でおすわりするフェンリルの集団と、この間クロードを誘拐しようとした一つ目の魔物がいた。フェンリルはその背に、一つ目の魔物は両腕にいっぱいの食料を抱えている。
アイリーン達が地下迷宮に入ったのは、次々やってくる魔物を竜やら何やらに乗せて運び出すのと城を封鎖するのに手間取ったせいで、軍に周囲を囲まれてしまったからだ。空を飛ぶのは有効な手段だが、城から飛び去ることで向かう先を悟らせたくなかった。
ついでだから地下迷宮に運び込まれた食料や金銭を持ち出した。先立つものはこの先絶対必要だ。
「優先して運ぶのは魔物よ。どうしたって目立つわ。いざという時のために、各自最低限の食料と水と金を携帯しておいて。合流地点は皆、わかっているわね。もし何かあった時はそこへ向かうように――」
説明の途中でごうっと強風が屋根を吹き飛ばしていった。上からのぞきこんだのは竜だ。
いささか派手な登場だが、早い到着は有り難い。
「リボン、お前達から乗れ。ほら」
ゼームスの指示でぞろぞろと並んだフェンリルが竜の尻尾から昇っていく。寝そべった竜はくすぐったそうにしていたが、我慢していた。一つ目の魔物は相当大きいのだが、それをものともしないあたり、魔物達の世界も奥が深い。
なにげなく竜の横顔へ移動する。
地面に伏せている竜はぎろりと大きな目でアイリーンを見た。顔だけで自分の身長より大きい。こんな魔物をクロードは従えているのだ。クロードがその気になれば、世界征服も可能だろう。でもあの人はそんなことを望まない。
「……お願いね」
すいと竜は目をそらし、空を見た。何かあるのかとアイリーンも見上げると、まっすぐに向かってくる白いカラスが見えた。
魔王空軍、副隊長にして第二部隊を率いるシュガーだ。
「伝令、伝令! 騎馬隊! クル! 備エヨ! 備エヨ!」
古めかしいしゃべり方をするシュガーが空を旋回しながら告げる。
ゼームスが舌打ちした。
「兵士はともかく馬がまずい。下手したら追いかけられるぞ」
「すげー高く飛んだらいいんじゃないか?」
オーギュストが空を指さす。ウォルトが首を横に振った。
「駄目だね、魔物はともかく高度を上げすぎると人間がもたないよ」
「戦うしかないか? 消耗戦になるが」
「……。囮を出して攪乱させる」
アイザックがまっすぐにレイチェルを見る。
アイリーンがその意味を察して何か言う前に、レイチェルが前に出た。
「わかりました、私がアイリーン様になりすまします」




