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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第三部

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22


 よろりと馬車にもたれかかったクロードに、遠巻きに見ている魔物達が慌て出した。


「魔王様! 魔王様!」

「王、王、大丈夫か! 死なないでくれ、王……っ!」

「泣くな騒ぐなうっとうしい、ただの馬車酔いだろう。おい酔いざましの薬はないか?」

「あーありますよ、はいこれ」


 一人冷静なゼームスがリュックから薬を預かり、それから何かを決めたように一歩踏み出した。その様子を見て、アイリーンは初めて気づく。

 魔物達は騒ぐわりに誰もクロードに近寄ろうとしない。まるでクロードの拒絶を知っているかのように、固唾を呑んで距離をとっている。

 ゼームスだけがゆっくりと前に進み出る。

 クロードが人影に気づいたように、顔を上げ――そして目をむいた。


「オ、ウ……王……助ケル……!」


 背後で起き上がった魔物に、アイリーンは振り返る。

 だがその時にはもう、最後の力を振り絞るように台車を踏み潰して、魔物が駆け出していた。まだ意識が混濁しているのか、目測を誤ってつまづき、倒れる。その衝撃で、魔物の目の前に気絶したリリアが転がった。

 さすがに魔物に殺されてはこちらが困る。リリアめがけてその大きな掌を振り下ろそうとしているのを見て、舌打ちしたアイリーンは地面を蹴ったその時だった。


「駄目だ、殺すな!」


 クロードの命令に、ぴたりと魔物が動きを止めた。

 立ち上がったクロードが駆け寄り、リリアを抱き上げ、魔物をにらむ。そして一歩もひるまずに、命じた。


「人を傷つけるんじゃない。さがれ」


 振り上げた手をおずおずと下げた魔物が、困惑したようにクロードを見て、つぶやきを落とす。


「……デハ、誰ダ? イラナイ人間……王ノ望ミ……」

「――なんのことだ?」


 一瞬、脅えるようにクロードの瞳が泳いだ。

 その視線を追うように、魔物がふと振り向いて、アイリーンを見据えた。


「オ前カ」


 真っ向から視線と敵意をぶつけられたアイリーンは、瞠目する。


「王ヲ、ワズラワセル」


 ――魔物は、魔王の感情をそのまま反映する。


「王ノ、邪魔。消エロ」


 だからこの言葉は、そのままクロードの言葉だ。


(わたくしが?)


 魔物が突進してくる。両眼を開いたままアイリーンは動けなかった。とるべき行動などいくらでもあるのに。


(わたくしが、いらない女?)


 記憶をなくしたから。もう愛していないから。片思いだから。

 もうすぐ、婚約破棄をするから。


「アイリ! 何をしている、馬鹿、動け!」


 ゼームスの叫びにアイリーンの唇に歪んだ笑みが浮かぶ。

 動いて、なんになるのか。

 彼はアイリーンの名前さえ呼ばないのに。


「ウォルト、カイル! そいつを殺せ!」

「……駄目よ。殺しては」


 それでも、そう言ってしまう。襲い来る魔物でさえ、慈しみたいと思う。


「クロード様が、悲しむわ」


 だって愛している人の、大事にしているものだ。愛されていなくても。


「――馬鹿が」


 低い声と一緒に、魔物が地面に沈んだのは、その一瞬のちだった。


「王恋しさに、命令を読み違えるとは」

「……ベルゼビュート……」


 長い髪をなびかせて、ベルゼビュートが魔王と同じ美貌をのぞかせる。その赤い瞳でアイリーンを見て、それからすぐにそらした。


「こいつは連れて行く。――王」


 ベルゼビュートがクロードの方に向き直り、跪いた。


「我らは、あなたの望みのままに。我らがいらぬというのなら、目の前から消える」


 クロードがリリアを抱いたまま、なんとも言えない顔で見返す。ベルゼビュートはそのまま立ち上がり、背を向けた。

 そのまま魔物達は、今度こそ昏倒した魔物を森へ運ぶ作業へと戻る。


(……ベルゼビュートはすごいわ)


 いらないと言われても、嘆きもせず、ただ尽くす。あれが愛だ。

 アイリーンには、そんな真似はできない。振り向いて、両手を組み、わざとらしく明るい声を上げる。


「……クロード様ったら。……魔物に始末させようと思うほど、わたくしが気になってしかたないのですね!」

「っ僕はそんな、君を気にして、など……」


 さあ、笑え。

 いつも通り、セドリックに婚約破棄を突きつけられた時でさえ、自分にはできたのだから。


 クロードが息を呑んだことにも気づかず、アイリーンの目がその腕の中に抱かれるリリアを発見する。

 片思いだ。わかっている。筋違いだ。なのに――手が上がった。


 ぱんと乾いた音が虚空に響く。


 叩かれた頬に手を当てて、クロードが呆然としている。何もわかっていないその顔もまた綺麗で、無性に腹立たしい。


「そんなに邪魔ならええ、消えて差し上げます。舞踏会にだって出ませんから!」


 ――自分は頭に血が上ると猪突猛進になるところがある。

 だが言ってしまったものは引っこみがつかず、アイリーンはじりじりクロードをにらみながら後退し、きびすを返した。




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