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左右から走る魔物めがけて放たれた矢に、アイリーンは舌打ちして叫んだ。アイザックの予測が悪い方に当たったらしい。
「ブルー、イエロー、ブラック! 魔物を傷つけさせないで!」
「もう私がこの格好をするのはこれっきりだ! これっきりだからな、絶対だぞ!」
「はははははは、イエローがんばりまーすいっくぞー!」
「仕事だ、耐えるんだ、俺……!」
馬の速度にも平気で追いついてきた着ぐるみのアヒルが三匹、屋根を蹴り、銃をかまえて矢の中へと突っこんでいく。空を飛んで馬の横に並んだエレファスがぼそっと尋ねた。
「あの、どうしてアヒルなんです……?」
「正体を隠すためよ」
「正体って、もう魔物しかいませんが」
その魔物はけなげなほどにまっすぐ、馬車を持って走っていた。クロードが聖なる結界の外に出た瞬間に手を出してきたのだ。図体が大きいだけで、知能は高くないのだろう。
それでもただ、クロードを人間の手から守るために。
その気持ちはクロードに伝わっているだろうか。聖剣を派手に輝かせたまま、アイリーンは豆粒のようなクロードを見上げる。リリアが抱きついているのが見えた。
「……」
「アイリーン様、もうすぐアイザック様が指定した位置です。ウォルト様とカイル様は手が放せないようですが、どうしますか。……アイリーン様?」
エレファスの声にはっと我に返る。
「いけない、手元が狂ってあの馬車を壊すところだったわ。ベルゼビュート達は広場についてるわね」
「どきどきそわそわ出番を待ってます」
それは大丈夫なのか。眉をひそめたアイリーンは、嘆息する。悩んでいる時間はない。
「仕方ないわね、わたくしがやるわ。エレファス、受け止めて!」
「は? って、ちょ!」
馬の背から飛び降りたアイリーンを、慌ててエレファスが抱き留めた。
「本当に無茶をされる御方ですね」
「いいから上空へ! 聖剣の力をそのまま魔物にぶつけたら殺してしまうわ!」
エレファスは呆れ顔のまま、アイリーンの腰を抱いて高く空へ上昇する。
魔物への矢の攻撃はまだ続いている。アイリーンは大きく息を吸った。これだけ距離を取れば大丈夫だ、ただの衝撃ですむ。
「邪魔よ! 全員、どきなさい!!」
空から聖剣の力を落とす。それは雷のようにまっすぐ、魔物の背を撃った。そのまま魔物が広場に倒れこむ――がそのはずみで、馬車が放り出された。
「あ」
顔を青ざめさせたアイリーンを抱いたまま、エレファスが人差し指で円を描く。風が吹いて、クロード達の乗った馬車がぼよんとはじかれるように浮かび上がった。
「……た、助かったわ、エレファス」
「お役に立てて幸いです」
口調はいつも通り丁寧だが、ちょっと声が冷ややかだ。呆れているらしい。
エレファスに抱かれたまま、アイリーンは魔物が昏倒し、馬車が浮いたままの広場へと降りた。最初に出てきたのは、ベルゼビュートだ。
「アイリーン。もう魔物が倒れているのだが……俺の出番は……?」
「次回に期待してちょうだい」
「王を助けるかっこいい俺の出番が……っ」
膝から崩れ落ちて嘆けるのは、まだまだ余力があったという証だろう。
「それよりも早く、この魔物を森に連れて帰るわよ。他のみんなは?」
「はい、いますよ。念のため注射しときましょうか」
茂みから出てきたリュックが昏倒した魔物の足にぶすっと何かを刺した。アヒルのかぶりものを取ったゼームスが、顔を青ざめさせている。
「そ、その注射の中身はなんだ……?」
「大丈夫、起きますよ。魔王様向けと違いますから」
「魔王向けはどうなっているんだ!?」
「それが起きるんですよ……起きないはずなんですけどねえ……」
「すみません手伝ってくださーい。この台車に魔物乗せて運ばないと」
広場の奥から魔物達を使い、巨大な台車を運んできたドニに皆がわらわらと動き出す。エレファスが感心したようにつぶやいた。
「手際がいいですね……」
「まあ、これくらいはね。もういいわよ、クロード様達を下ろして」
エレファスの魔法で馬車が浮いたままになっている。ベルゼビュートとゼームスを含む魔物勢が一斉に振り向き、アイリーンのうしろにそわそわと並んだ。
作業をしろと言いたいが、こればかりは仕方ないだろう。
「えっと、あとは俺が魔王様達を皇城に送り届ければいいんだよな?」
「ええ、聖騎士団が保護したという形をとればどんなに胡散臭くても体裁は保てるわ」
きちんと指示通り、聖騎士団の制服を着て広場にきたオーギュストが襟元を正し、ゆっくりと降りてきた馬車の前に立った。
「あの、ご無事ですか。魔王……じゃない、クロード皇太子殿下」
呼びかけにしばらく応答がなかった。エレファスがつぶやく。
「馬車、乱暴に扱いましたから、怪我でもされているかもしれませんね」
「えっ」
再度青くなったアイリーンのうしろで、ざわっと魔物達に動揺が走る。だが騒ぎ出す前に、馬車の扉から手が出てきた。
長い黒髪に顔を隠した待望の人物が出てくる。気絶しているリリアを抱いて馬車から引っ張り出し、石畳の上に横たえ、腰を下ろす。ゆっくりと持ち上げられた瞳の色は赤ではない。それでも眉間に刻まれたしわの形まで美しい魔物達の王が、唇を動かす。
「……よ……」
「よ?」
「酔った……」




